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本当に大事なもの

夜7時。僕の体調があんまりよくないので、フラッグスタッフで一泊することにした。ルート沿いのモーテルを選ぶ。


未成年はヤバい。だいたいアメリカという国は子どもに旅もさせてくれない。下手したら親は逮捕されるのだ。もちろん未成年者同士の宿泊も禁止されている。


まず事務所にいる人物を遠くからチェックする。しっかりしてそうな人物のモーテルはバツ!あるモーテルは、おばあさんが係りだった。僕は童顔すぎるのでサミュエルに事務所に行ってもらう。サングラスをして、精一杯大人のふりで…


ヤバいなら、走って逃げよう!


けど、大丈夫だった。


おばあさんは目が悪いのか、背が高く柔道をして体格のいいサミュエルを疑わなかったらしい。‥‥よく見ると、顔やボディラインが子どもなんだけどね(笑)


アメリカのモーテルはほんと、安価なホテルとしてよく利用される。1泊2000円〜3000円ってトコかな?食事は基本つかない。


「はあ〜!」

「つかれたあー」


二人ともベットに体を投げ込んだ。


「サミュエル、僕シャワー浴びるよ。今休んだらもう起き上がれないから。僕のデイバックから何か出して食べておいて」

「OK! 腹へった〜」


-----------------------------------

バタン


小さくドアに閉まる音がした。

サミュエルがベットにいない。


時計を見ると3時。こんな時間にどうしたんだろう?


このモーテルは前に庭があって、大きな木が植わっている。その前にサミュエルは立って木を見上げていた。


…声がかけられなかった… 見てはいけない彼の心の表情をみたようだったからだ。


いつもの勝気な瞳の色が、子供の表情のようだった。広い宇宙にひとり、ぽつねんと取り残されたような、でもそれで満足のような顔だった。


彼の表情がフッと現実に返った。


「サミュエル」


僕は今来たように声をかけた。


「ああ、どうしたんだ?」

「それはこっちが聞きたいよ(笑) ‥‥木見てたの?」

「ん。これはバオバブみたいだな、と思って」

「え?」

その木は全然バオバブとは似ても似つかなかった。


「あのオーストラリアとかにある?」

「う…ん… いや、"星の王子さま"に出てくるバオバブだよ」

「?」


「形は全然違うけど、そんな気がしたんだ。‥‥オレはこの先どうしたいんだろう?本当に母さんに会いたいのかな?」

「‥‥」


「"星の王子さま"はよく読んでもらったんだ。けど、いっこも訳が分からなかった‥‥分かったのはバオバブが恐ろしい木だってことと、主人公の僕が飛行機に乗っていた、ってことだけ。王子さまはどうなったんだろう?」

僕は怖くて王子さまの結末を教えることが出来なかった。確か王子さまはヘビに咬まれて死んで星に帰るのだ。


サミュエルはお母さんに会うことに恐れを抱いているんだ。自分を捨てた母親に会うなんて、怖くない訳がない。バオバブの恐ろしさは彼の心の象徴みたいだ。


「友達になったキツネは王子さまに言うんだ。"いちばん大切なものは目に見えない"て。でも象徴的すぎてよく分からないよね」

「ああ、そのセリフはよく聞くな」

「その後読むとちょっと分かるんだ。主人公の"僕"と王子さまは砂漠の中に井戸を見つけるんだ。その井戸の水はふたりにとってただの水じゃなかったのさ」

「すごく元気になる水だったとか?」

「違うよ(笑) ふたりが過ごしてきた時間をもった水だったからさ。ただの水じゃない、特別な水なんだ…」

「特別な‥‥」


サミュエルはちょっと考えるような顔をした。


「確かにふたりが過ごした時間や親密さはその水に含まれている。けど見えないよな?」

「うん。そうみたい」

僕は微笑んでいた。


そうなんだ、たとえこの旅の先にどんな事が待ち受けていても、僕とサミュエルで過ごしたこの時間は特別なんだ。


「子どもの頃は飛行機乗りになりたかったんだ。だからオレは主人公が飛行機乗りだった事をよく覚えている」

「今もパイロットになりたいの?サミュエルは?」

「…分からない… 」


サミェルはしばらく黙った。


「自分が何になりたいのかなんて‥分からない。今は迷宮ラビリンスの中にいるようだ」

「だめだよ‥ ラビリンスにいたって心でものを見ないと」

「?」


「座って」

僕はサミェルに芝生に座らせた。

そのまま背中を合わせて僕も座った。

顔を見てないのに、近くなれた気がした。


「こうやっていると気持ちがいいんだ」

「…うん」

「安心するんだ」

「うん」

僕とサミュエルが安心できないのは、無条件で愛してくれる人がいない、という事実だった。母はいつも自分を生きるのに一生懸命だったし、どんなに小さな僕に対しても"人間"として接していた。尊重してくれていた、ともいえるけど、盲目に愛してくれている、という感じがしなかった。


僕とサミュエルは、不安でたまらなかったんだ。だから僕たちは双子のようなものだ。


「僕はこの時間を忘れないよ。この先状況がどう変わっても。そのせいでつらい思いをするかもしれないけど」

「オレも… すごく不安だけど、タクミが言っている事は分かる。…この木も星空も空気も‥きっと特別なものになるんだろうな」

「そうだよ。空を見上げたらサミュエルのことを思いだすよ。"星の王子さま"と聞いたらサミュエルの金髪を思い出すよ‥‥だから、この時間は特別なものなんだ」


そのまましばらく僕たちは黙って空を見上げていた。


僕たちは"未来"という不安と戦いながら、それでも前に進むのだろう。けど、"いま"を生きることも忘れてはいけない。


「タクミは将来何になりたいの?」

「うーーん、やっぱり"音楽"がしたいな‥ 何になるのかはよく分からないけど‥」

「それはいいな」

ほんとはサミュエルたちと組んでバンドデビューしたい、とは、ちょっと言えなかった。また不機嫌になられたら困るから。



「そうだ!サミュエル、日本に行ってみない?母さんが向こうにいったんだ! 柔道も禅も本場だよ!」

「にほん?!」

少しサミュエルのトーンが上がる。彼が柔道や日本の武道に興味を持っていることを僕は知っていた。


「うん。費用なんかは母さんに出させてさ、夏休みだし、いちど日本に行ってみようよ」

「うーん、面白そう…」


彼の声に力が宿るのを感じた。

「Mrアキヤマ(柔道の師匠)がよく言ってるブシドーも習えるかな?」

「Mrアキヤマに紹介状書いてもらおうよ。そしたら日本でサミュエルにしたいことも見つかるかもしれない!」

「そうだといいけど」


「なに?」

「オレ、にほんご、しゃべれないんだよな…」

「ぶっ!?」

「あ、オマエ笑ったなー」

そのままサミュエルは背中をはずして、こっちを向いた。「あー」背中をはずされた僕は転がる形になってしまった。


押しつぶされそうな母との再会の不安を胸に、サミュエルの心は少しでも軽くなったろうか?夜明けの空がしらんでくる気配を感じながら、星たちは遠慮がちに瞬いていた。



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