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 間話「アナ'カールマダー」

 悪魔が捕えられた。

 檻の中の悪魔は羽を失った。

 それぞれから、一人ずつ生贄が選出された。

 儀式は二ヶ月で順に執り行われる予定である。


 以上。



 ◇ ◇ ◇



 悪魔が捕えられる少し前。

 アナは下の、できるだけ上に位置する高台に居た。

 朝でも夜でも、子供から大人まで様々な人が集まる。

 いや、今では……そういうのも過去になった。

 ただの展望台である。


 彼女はそこにいた。

 退屈そうに、足を前にぶら下げて、手いじりしながら。

 空を、上を見上げていた。


 彼女は待っていた。

 待ち続けていた。


 日が暮れるまで待っていた。

 人が来るまで待っていた。


 ルマを。



 足を揺らすたび、考えた。


 ルマなら来るはずだと。

 頭だってよかった。

 私が考えてないことだって、いつもたくさん考えて、いつも……

 いつも、先に動いて、隠したり、覚えてて……

 それで…………


 ──それでも、運動が上手だった……?





 ……。


 今からでも、戻るべきだろうか。

 檻に。


 いや、

 今すぐにでも戻るべきなんだ。

 檻に。



 頭ではわかっている筈なのに、体は動かなかった。

 檻のことを、

 いつまで経っても来ないルマのことを考えると、

 体がすくんで、縮こまる。



 ルマはきっと来るはずだ。


 そうやってずっと考えて、ルマを待ち続けた。



 気づけば、道端に転がっているいくつかの人が、大きな影を落としていた。

 複数の子供が、展望台の下で騒ぎを上げていた。



 そうして、展望台から一つの影が消えた。



 ◇ ◇ ◇



 アナは結局、檻には向かわなかった。

 檻を忘れて、忘れようとして、真っ先に向かったのは一つの廃墟だった。

 下にしては、随分と治安の良い地帯。

 その端に位置する石造の薄暗い家。


 アナの住んでいた家である。



 扉を開けた。


「…………。」


 扉を閉めた。



 何も残ってはいなかった。



 ◇ ◇ ◇



「……おい……! アナか……?」


 道端で、声がした。

 扉の中からなんかじゃない。

 後ろからだ。


 見てみると、見覚えのある男だった。


「そうだよな、アナだよな!

 今までどこで何してた!?」


「え。いや。何も……」


 男の顔じゃなくて、体と地面ばかりが見えた。

 手元には、いつものように配ってくれるはずの飯は無い。


「“何も”ってことはないだろ!

 捕まってたって聞い──」


「お父さんと、お母さん。

 どこに行ったの?」



「は? いや、お前の──」


「居なかったよ。」



「………。分かったよ。

 とりあえず飯でも食えよ。な?」



 ◇ ◇ ◇



 家に男女が一人ずつと、一人の子供はいた。

 それでも私の両親は居なかった。



「──なぁ、少しは食えよ。

 何があったかは知らない。

 でも、こっちだって少しくらいはな……」


「いい。」


 深いため息が聞こえた。

 息が地に落ちる間もなく、続けた。


「要らない。」


 男は片手で口元を覆って、目を閉じると、大袈裟に前に傾いた。

 何を喋っているのか、音が篭って聞こえない。


「お前が居なくなったあの日、何──

 あ、おい! 待てよ!」



 うるさい。



 ◇ ◇ ◇



 彼女は再び高台に戻った。


 どうするべきか。

 そういう思考をすっ飛ばして、そこに立っていた。


 羽の余力は無かった。


 飛んだ。


 高台の端からトン、と。

 やけに軽い足取りで、彼女はここを飛び立った。



 上に戻ろうと思った。

 上に行こうと思った。


 お父さんとお母さんがいるかもしれないから。

 だから羽を振った。


 振って、振り払って、

 何もかも忘れて笑った。



 風の気持ちよさに溺れていたら、檻の近くにいた。

 瞬きしたらそこにいた。


 その間、何も考えていたかすら曖昧なんだ。



 随分と、羽を持つ人々がたくさんいる。

 木橋か、見張り台だったか。


 私はそこに向かって、落っこちて、力尽きた。

 随分と痛かった。

 その先は覚えてない。



 ハハハ。



 ◇ ◇ ◇



 アナは生贄になった。

 本来なら、ルマが生贄として捧げられる日だった。

 ルマが生贄になるはずの日だった。


 檻から抜け出した悪魔と同じ檻に入っていたコウモリ。

 死地で、魔物に貪られるのは、他でもないルマになるはずだった。


 でも、アナになった。


 結局、ルマが生贄になることは変わらなかったが、延長された。

 先に処分しておくべきなのは、「出なかった悪魔」ではなく「出た悪魔」だった。

 と言っても「出たが、帰ってきた悪魔」だったか。

 まぁ、いい。


 アナは、三日にわたる華華しい儀式とやらを経て、

 死地の奥の、奥の台座に置かれた。


 次の日には、跡形もなくなってた。

 魔物が食った。

 血まで残さずペロペロと。


 いくつか飾られていた花束も。

 何もかも消えていた。



 そうして、アナは本当の家に帰った。



 ◇ ◇ ◇



 何もかもが消えている……。


 それを見た者も。

 聞いた者も。

 そこでやっと胸を撫で下ろす。


 何でだろうね。



 ……。


 ……え?

 撫で下ろしていなかった?


 なら、そいつも悪魔だな。

 捕えて連れてこい。


 本当に悪魔だったら、儲けものだな。

 贄にしよう。



 ……何で殺さないのか……って?


 はは、いや。

 当たり前だろ。


 人を自分の手で殺したい奴がいるか?


[名詞]Ana

原義:他のもの、もう一つ、おかわり、代わり、代替品

語義:

ある事物が既に存在し、「そのもの」または「それに付随する概念」を元に同じだと言えるもののこと。

特にそれが一つであること。

補遺:

メジャーな人名であり、意味だけでなく響きからつけられることも多い。

語根:√an

(出典:タンデアス辞典)


 ---


[固有名詞]Kālmat̂ā

原義:カールマダー

補遺:

渇血時代を代表するコウモリ亜人の部族のひとつ。

約130年前に排斥され失踪、現在は絶滅(諸説あり)。

(参考:タンデアス辞典、オクタフェルス行政記録)




 以上。

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