2.投獄
地下牢のなかで、俺は十ほど新しい術式を組み上げた。けれど、実現できねば意味がない。
術式が扉についた鍵穴であれば、鍵は魔力である。魔力を流し込み、塩梅を理解せねばならない。つまり、発動させてはじめて完成に及ぶわけだ。
「看守」
「なんだ」
「召喚術の使用を求む」
猿轡を咥えさせられそうになった。
さて、いったいどうしようか?
ちょうど、そんなむず痒さを覚え始めた頃のことだった。
「アルテラ様」
女が面会にやってきた。
看守の頼りない灯りのせいもあって、容姿がハッキリと見えないが、どうも見覚えがない。
「私、フレイ……フレイ・バーデンランドと申しますが」
バーデンランド。
その家名は聞き覚えがある。
というより、よく知っている。
公爵家の娘様が何用だ。
「いつか父が提案させていただいたこと、覚えてらっしゃいますか?」
暗がりの中で俺は頷いた。
覚えているとも。
ずいぶんと昔、バーデンランド公爵家から召喚術の研究支援を提案されたことがある。新しい研究には金がかかる。つまりは資金援助だ。
「丁重にお断りしたがね」
目玉が飛び出そうなほどの巨額を提示されたが、当時の俺は殆ど即答で、首を横に振った。
「如何でしょうか、アルテラ様の研究情報をこちらに提供いただければ、この牢獄から出られる手助けをいたしますが」
なるほど。
そういうことか。
「戦争か」
「ええ」
俺の問いに、女は当たり前のように答えた。
「国の一大事。今こそアルテラ様の極めし召喚術が日を浴びるときなのです」
女は続けて言う。
「それに、たかだか猫一匹死なせたくらいで、ねえ」
「ふ、フレイ様」
看守の声音が低くなる。
「いいんですよ。事実なのだから。それで、アルテラ様、如何でしょう?」
「断る」
これまた俺は即答した。
「は?」
「いや、だから嫌だ」
言い直す。
バカな女め。
俺が頷くわけなかろうに。
召喚術を戦争に役立てようなんて、実に野蛮。まさしく冒涜だ。いつの時代も馬鹿はいる。己の手で戦えとつくづく思う。
「ここから一生でられなくなっても?」
「その気になれば、いつでも出られる」
「じゃあなんで……」
「便利だから」
女は笑う。
「想像以上に狂ってますね、貴方」
「俺からすれば、狂っているのはお前らもだ」
投獄中の身。
もはや言葉に気を遣う必要もなかった。
そして、しばらくして。
ついに戦争が始まった。
時折、大きな横揺れが鉄柵を鳴らす。
女はしつこくやってきた。
「考え直しましたか?」
と偉そうにしてくることもあれば
「なんで!? 意味がわかりません!」
と憤慨し、
「どうかお願いです」
と頭を下げることもあった。
そして、
「恨みます、あなたを」
それが女を見た最期だった。
女が死んだと看守から聞いた。なんでも公爵家の領地はすでに敵の手に渡ったらしい。
おそらく我が国は負ける、と看守は嘆く。
随分早いな? と思ったが。
俺が気づかないだけで、戦争が始まってから二年が過ぎていた。
まあ、俺にとってはどうでもいい。
そんなとこよりも、俺は新たな扉を開きかけていた。
全てを精神世界で完結させる、まるで今までにない召喚術。構築した術式を、わざわざ現実世界で試す必要も無い、不自由で最高に自由な環境が生み出した新境地であった。
ここから、さらに俺の意識は底なしの沼に深く沈んでいく。
食事を口にすることもなくなった。
目を閉じているのか開けているのかも分からない。いつの間にか、看守の気配も無くなって、静かな時間が流れていく。
俺自身が殆ど闇に溶け込みかけていた。
そんなある日のことだ。
俺の獄中生活は、なんの前触れもなく終わりを迎えた。
身体を激しく揺すぶられて、我に返る。
といっても誰か、にではない。
猛烈な横揺れ。
火山でも噴火したのかと思ったが、違う。
強烈な魔力の気配。
刹那。
ぷつり、と意識が途絶えた。
かと思えば次の瞬間、俺の視界は眩いばかりの光に包まれていた。
ストン、と一瞬の浮遊感。
足に吸い付く柔らかな地面。
見上げれば、青と白。
空と雲だと気づくまでに数秒。
陽の元に身体が晒されている。
そして、呼吸が必要だった。
思い出すようにして、俺は空気を取り込んだ。
辺りを見回そうとして、
「避けてっ!」
状況を把握するより前に。
鋭い声が先に耳へ届いた。
何を?
疑問が頭に浮かんだときには、俺の顔面に目掛けて大きな拳が向かっていた。
◇




