1. 召喚狂い
俺は召喚術を溺愛している。
身体中に術式を彫り込んでも良い。
というか、彫り込みたい。
それほどまでに召喚術が好きだ。
神々と精霊の気配を嗅ぎ、心の扉を開け、そして触れる。顕現させるまでの、そのプロセスは他のどの魔術よりも優美で、それでいて儚い。
人生の九割を召喚術に費やしてきた。
なぜ、何のためにと、よく聞かれる。
事のはじまりに大層な物語はない。
家族の為でもなければ、国のためでもない。ただ唯一言えることは、召喚術をとことんまで愛せるだけの才能が俺にはあった。たぶん、それだけの話だ。
そうしてのめり込んでいるうちに、いつの間にか、俺の名を知らない者なんて誰もいなくなった。
けれど。
ちっとも嬉しくない。
とても困る。
俺は研究に没頭したいのに、あちこちから邪魔がはいるから。
「アルテラ様、それで。ご準備は?」
腰の曲がった老人が、今日も今日とて俺の邪魔をする。白鬚を撫でつかながら、不躾に問う。
「問題ない」
「ほほ、流石にございまするな。姫様も、それは楽しみにしておりましたゆえ」
楽しみなのは姫だけ。
俺には全く面倒な話だ。
姫が成人を迎え、王城で催される祝祭。
勝手にして成人してれば良いのに、わざわざ俺に祝いの出し物をしろだなんて。
せっかく新しい召喚様式を思いついて、試そうと思った矢先にこれだ。
とはいえ無碍に断れるわけでもない。
嗚呼、堅苦しい世の中である。
終われば早いこと帰ってしまおう。
そんなことばかりを考えていた。
「あ」
ふと、思いつく。
だったらここで試せば良いのでは?
新しい召喚様式を。
そうだ、それがいい。
実に効率が良い。
自画自賛。
苛立っていたが、少しだけ落ち着いた。
「といっても、準備が必要だな」
出番まで少し時間の猶予がある。俺は王城の客室から出て、必要な素材を探しにいった。
素材はすぐに見つかった。
庭先の橅木の下で。
丸い黒い塊を掴んで、袋に放り込んだ。
「では、出番ですぞ。アルテラ様」
時間ぴったり。
老人が出迎えにやってくる。
祝宴会場に向かうまでの渡り廊下で、メイドらとすれ違った。
「いた?」
「いない」
「どうしよう」
なにやら慌ただしい。
探し物だろうか。
無意味な催しごとに、普段より使いパシリにされてしまうメイドらに同情する。
会場に着く。
王、姫、王子に貴族。
錚々たる顔ぶれが並ぶ。
挨拶もそこそこに、俺の召喚術を披露するときがやってきた。
姫が言う。
「アルテラ。緊張せずに」
誰が緊張するか。
好きでやってきたわけじゃない。
ムッとする。
けれど相手にすれば、無駄に時間を取られる。
俺は恭しく頭を下げた。
真っ赤な絨毯が視界に入る。
「では、早速。誠に喜ばしい姫様の成人祝い。とくとご覧ください」
俺は持参した袋を開いた。
「みゃお」
袋から飛び出てきた、一匹の黒猫。
絨毯に足を着く。
一瞬、息を呑むような声が聞こえた。
おべっか慣れした奴らは苺を口に入れてすぐに「美味い」というらしい。多分それだ。驚くにはまだ早すぎる。
俺は頭の中に描いた召喚術式を、黒猫の足元に転写させる。幾重の円が重なり、縁取る文字列はしきりに動き回る。
魔力を流す。
術式の発光は淡い青。
うむ、悪くない。
「きたれ、天馬」
唱えるのと同時。
より、まばゆい発光。
「み゛ゃあぉっ!」
黒猫だった身体は、バキボキと骨を鳴らし膨らんでいく。背中からびーんと突き出した2本の骨。次第に肉がつき、そしてふさりとした羽毛を生やした。
猫だったそれは、真っ白な馬へと変わっていく。随分と小ぶりだが。仕方ない。
生まれた天馬。
ぱからぱからと宙を踏む。
「姫に祝いを」
俺が言うと、天馬は会場の宙を駆け回る。その逞しい羽から光の残滓を振り撒いて。
美しい、と俺は思った。
デブで不健康な黒猫だった。だが、召喚の贄となり、こんな煌めきをみせるのだから、やはり召喚術は素晴らしい。
もっと準備を整えていれば二倍、三倍の身体つきには出来たかもしれない。贄の質に依存してしまうのは俺が未熟である証。姫を祝う気持ちなんてそっちのけで、自制する。
それでも、成功は成功だ。
とりあえずは良しとしよう。
ひととき馬を天を駆けさせて、俺は指を鳴らした。天馬はしゅるしゅると煙を吐き、天へと還っていく。散り様まで、実に見事である。
「私が近頃考えつきました、新しい召喚にございます。精霊界にも存在せぬ頭に描いた天の馬を顕現させるために、現世の命を媒介に」
と、言いかけて気づく。
拍手喝采がない。
異様な空気が漂っている。
「む?」
みんなが俺を見ている。
傾けたグラスからは黄金色の酒が垂れ流しになっている。
極め付けは姫だ。
目を剥き、口を開け、固まっている。
「ペ……ペーニャ?」
ペーニャ?
なんだそれは。
ついて出た、賛辞の言葉か?
確かに俺も素晴らしい召喚が完成したときに奇怪な言葉が出てくることがある。
なるほど。
あまりに美麗かつ荘厳な俺の召喚術に心を奪われてしまったか。
それも無理はない。
我ながら良い出来だった。
しかし、次は、もっともっと。
そんなこんな考えていると、突然後ろから羽交締めにされた。
「な!? なんだ貴様らは!」
騎士だ。二人がかりで俺を押さえつける。
自慢ではないが、俺は非力だ。
「ぐえ」
易々と組み伏せられた。
「ひ、姫様!? コイツらはなにを!?」
姫を見る。
青くなっていた姫の顔が赤みをさしていく。
健康的どころじゃない。
なんか、真っ赤だ。
「ここここここっこ!」
「む?」
火にかけ続けた鍋蓋みたいだ。
震えが凄い。
会場を軋ませるほどの大声で、
「この悪魔ー!!」
姫は叫んだ。
こうして俺は捕えられた。
◇
「なぜ、あんなことを」
尋問中、真っ先に聴かれた。
「なぜ、あんなことを」
俺は反芻する。
その意味が分からなかった。
天馬が悪かったのだろうか?
祝いの場に相応しい姿だと思ったが。
姫は馬にトラウマでもあったのだろうか。
尋問官は頭を抱えた。
「よりにもよって、姫様が大切にされていた猫様を……」
なるほど。ここで初めて合点がいく。
あの黒猫は姫様の愛猫だったのだ。
それを俺が別物に変えたから。
であれば、俺が悪い。
「知らなかった」
「知らなかった……で、済むか」
尋問官はため息をついた。聴けば姫様は発狂して、祝宴どころじゃないらしい。
「事情は呑み込めた。俺に任せてほしい。つまり猫を、元に戻せば良いのだろう?」
「そんなことができるのか!?」
尋問官は目を輝かせた。
「できる」と俺は即答した。
「本当か?」
「俺を誰だと思っている」
俺が会得した召喚術をあまり舐めないでもらいたい。
老いた目がマジマジと俺を見る。
そして、分かった。と膝を叩いた。
「すぐに姫様へ申し伝えてくる」
こうして、俺は再び姫様の前へ引きずり出された。
姫様はこの世の終わりみたいな顔をしていた。
胸の下で腕を組み、凄い睨んでくる。
「先ほどは、とんだ粗相を。あまりに不健康な身体付きのため、野良かと思い」
「うるさい! このひとでなし! ごたくはいい! 早く私のペーニャを返して!」
捲し立てられる。
実にせっかちな姫だ。
やれやれ、さっさと終わらせよう。
まんまる太った黒猫を頭に描く。俺が贄にしたのだ。その代償を払うのは俺でしか無い。
「では」
ぶちり。
俺は迷わず自分の小指を噛みちぎった。
鮮血が溢れ出す。
「ひえっ」と姫様。
「なっ、なにを!」と尋問官。
まあ、見てなさいよ。
ペッと小指を吐き出して、その真下に召喚術を転写した。
めきめきめき。
俺の小指が膨らんでいく。
芋虫みたいな小さな指がピクリと動く。
頭ができ、手足が生え、そして立派な黒毛が生えた。今度は少しばかし、頭のサイズがデカかった。
払うべき代償の釣り合いがとれてなかったせいだ。とて、結果良し。猫だし、毛も黒い。
黒猫は、人間サイズのデカい頭を左右に揺らしながら、姫様の足元へ擦り寄った。
「姫様、これにて私のお咎めは……む?」
俺は姫様を見る。
わなわなと震えている。
まるで氷水に浸かったみたいに顔が青い。赤くなったり青くなったり、不思議だ。
せっかく元に戻した黒猫から、一歩、二歩と身体を遠ざける。
「姫様?」
「この悪魔!」
「クソやろう!」
「な、なんだ貴様ら!?」
兵士が俺を組み伏せて、次は殴る蹴る。
「ひ、姫様!?」
意味がわからず姫を見るが、泡を吹いて倒れていた。
「み゛ゃお゛」猫が鳴く。
そして、今度こそ。
俺が日の光を浴びることは二度となかった。
◇
ふむ。
獄中生活も悪くない。
完璧な闇に包まれた地下牢で、俺はそんなことを思った。
静かで、暗い。
無限に広がる真っ黒なキャンバスは、召喚術式を描くのに都合が良い。そして、鼠もいれば、蜘蛛もいる。一日一回、食事がくる。パン、野菜。素材は意外と揃う。
次から次へと発想が浮かんでくる。
いい。
実にいい。
小便垂れ流しているのにも気づかず、夢中になったあの頃が戻ってきたみたいだ。
◇




