ハッピーエンドのその先は
「...フギャッ...フェェエッ...」
「おめでとうございます、奥様」
「おめでとうございます、元気な男の子でございます」
「旦那様をすぐにお呼びしますからね」
やっと会えた我が子の顔を見ながら、ホッと胸を撫で下ろす。痛みもふっ飛ぶくらい可愛い。本当に痛かったけど。
部屋を忙しなく医者や侍女たちが動き回る。
ふと、自分の体が重たく沈んでいくような感覚に陥った。気持ちが悪い。
「...あれ、なんだかとても寒いわ」
手足がだんだん冷たくなっていくのを感じる。
意識が遠のくなか、夫であるエドワードの声が聞こえてくる。
「ソフィー!しっかりするんだ!」
何度も何度も名前を呼ばれるけど、目を開けることができない。
待ち望んだ我が子に会えたのに。エドワード、ごめんなさい。
【彼との出会い】
私たちの生まれ育ったグレイシア帝国。
この国では古くから貴族は魔法を使って自らの領地を治めていた。
私の実家であるウェールズ伯爵家は植物の成長を助けたり、自然豊かな領地で食物の栽培を進めたことで繁栄した。
ウェールズ伯爵家にはお父様、フィリップ兄様、弟のヘンリー、家族みんなで仲良く暮らしていた。お母様はヘンリーの出産後に体調を崩されて、5年前に亡くなった。
みんな涙が枯れるほどに泣いて、それでも天国のお母様のためにもみんなで力を合わせて頑張ってきた。
フィリップ兄様は皇帝陛下の妹君であるアン様とご結婚されて、この春からウェールズ伯爵領の当主になることが決まった。
弟のヘンリーはまだ幼く、お父様に甘えてばかりのいたずらっ子で、屋敷のメイドたちは毎日手を焼いている。
私はというと、この春からグレイシア帝国のリブリア貴族学院で魔法の勉強をすることにした。
全寮制のリブリア学院では、領地を治めるための魔法を学ぶことができる。昔から貴族が魔法を使って領地を治めてきたので、帝国のほとんどの貴族の子女は16歳から20歳までリブリア学院で学ぶのだ。
「ソフィーお嬢様!荷造りは終わりましたかー?」
私の侍女のエマが部屋の外から聞いてきた。
まだ全然荷造りが終わっていない。エマのお小言は長いから早く終わらせないと。
「もうすぐよー!」
適当に返事をして山積みの本を仕分けし始めた。
私は明日、この家を出て学院の寮へ引っ越すのだ。慣れ親しんだ領地から離れて、帝国の中心地にあるリブリア学院で生活していくのは、正直とても不安だ。
お父様、フィリップ兄様、ヘンリー。
幼い頃から面倒をみてくれたエマや、辛いときも支えてくれた領民のみんな。
みんなのことを考えると、この家を出ることがとても寂しい。
けれど、私は幼い頃から人並みはずれた強い魔力を持っていて、ウェールズ伯爵家の荒れた土地もすぐに回復したり、自然災害を未然に防いだりすることができた。
この力をもっと上手くコントロールして、みんなのことを守りたい。
そのためにリブリア学院で魔法について学ぶことを決めたのだ。
「いよいよ明日なのね...」
部屋の窓から見える色とりどりの花や草木を眺めながら、お気に入りの植物図鑑を何冊かトランクに詰めた。
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学院の朝は早い。
みんな貴族のご子息、ご令嬢ばかりなので、朝は従者が起こしに来てくれた毎日だったのだろう。
朝礼の時間になってもほとんどの生徒は支度が間に合わずにモリス先生からお叱りを受けていた。
私はお母様が亡くなってから、ずっとヘンリーを起こす係だったので朝早くても全然平気。
大広間で学院長の話を聞いていた。
朝礼も終盤に差し掛かってほとんどの生徒が揃って静かに話を聞いていたとき-
後ろのドアが開いて、1人の生徒が入ってきた。一番遅く入ってきた彼に、主に女生徒たちのヒソヒソ声が高まった。
「あの方ってグレンブルク侯爵家のエドワード様よね」
「今年ご入学されるって噂は本当だったのね」
「なんてかっこいい方なのかしら...」
噂の的になっている彼をちらりと見ると、確かに整った顔立ちに透き通るような綺麗な銀髪で、思わず見入ってしまいそうになった。
寝ぼけているのか、制服のボタンをかけ間違えていて、周りの生徒たちからクスクスと笑われている。
グレンブルク侯爵家といえば、皇帝陛下の曽祖母様のご実家で、グレイシア帝国でも屈指の名門貴族。グレンブルク家は代々、炎の魔法を使って帝国の辺境に現れる魔物を討伐してきた。
その家の一人息子であるエドワード様は、昨年末まで帝国の西側に現れた協力な魔物の討伐隊に抜擢され遠征に出ていたらしい。
私たちよりもひとつ年上の17歳なのだが、事情が事情なだけに学院も特例の入学を許可したのだ。
朝礼が終わり、生徒たちが各々の教室へ向かっている。
次の講義は大好きな薬草学。ウェールズの領地では病気に効く薬草がほとんど取れないので、私が植物を育てる魔法を使って屋敷内の温室で育てていた。
領民のみんなが薬草をもらいに来たときに、「ソフィーお嬢様、ありがとうございます」と涙を浮かべながら言ってくれるのがうれしくて、幼い頃から自分の力をもっと役立てたいと思うようになった。
いつかは他の家に嫁ぐのだろうけど、今は自分が出来ることを作りたい。お父様もお兄様も、私がやりたいようにやっていいと応援してくれている。
そんなことを考えながら、教室までの回廊に沿って咲く薄桃色のエールマリーの花をそっと撫でた。
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学院での生活も充実していて、あっという間に春が過ぎた。
「ソフィー!...じゃなかった、
ソフィーさん、ごきげんよう。今日提出の課題、わからないところだらけで...」
食堂で朝食を食べていると、学院で仲良くなったテレサが涙目で助けを求めてきた。
元気いっぱいのテレサは、私が授業で使う教科書を購買で探しているときに一緒に探してくれて、初めて仲良くなった友だちだ。
コーネル子爵家のお嬢様で、上にお兄様が4人もいるらしい。お転婆な性格はお兄様たちに囲まれて育ったためだと本人が言っていた。
ときどきマナー違反をして生活指導のモリス先生から怒られている。
「まずは朝食を食べましょう、テレサ。せっかくの美味しいスープが冷めてしまうわ」
テレサといつも通り朝食を食べてから、自由時間に中庭のテーブルで課題を一緒に終わらせた。
課題を終わらせたテレサはやり切った表情で草むらに寝転がった。私もテレサの横に座った。
「そういえばソフィーは来週のパーティーに出る?」
「あまり気が乗らないのだけど...」
リブリア貴族学院では年に一度、16歳の一年生たちが社交界デビューを迎えるにあたり盛大なパーティーを開く。
このパーティーでパートナーになった男女は、学院からも婚約者同士として認められて、そのほとんどが卒業後に結婚するのだ。
「ほとんどの一年生が出るみたいだし!それに!今年はあのエドワード様もパーティーに出られるらしいよ!みんな未来の公爵夫人になりたくて今からソワソワしてるみたい」
...それで最近なんだか学院内の様子がおかしかったのね。
制服を着崩すのはマナー違反なのにスカートの丈を短くしたり、男子寮には近づいてはならない決まりなのに数名の女子が男子寮に忍び込もうとして謹慎になったらしい。
「...私、パーティーは苦手なのよね」
幼い頃から何かとパーティーに参加してきたが、本を読んだりヘンリーの遊び相手をしている方が楽しい。
まあ、テレサもいるし。他の友人たちも参加すると言っていたので、パーティーには参加するけど、壁にくっついていよう。
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リブリア学院の真ん中にある時計塔でエドワードはひとり座り込んでいた。
ここは彼のお気に入りの場所で、女子生徒の追っかけから逃げるときに入り込んで見つけたのだ。
時計塔の屋上からは、学院中が見渡せる。
エドワードは深くため息をついた。
今日も女子生徒たちからのパーティーのお誘いが激しく、疲弊していた。
「疲れた...」
エドワードがポツリとそう呟いたとき−
背後からガタッと音がして、驚いた彼は咄嗟に隠れた。
物陰からこっそり見ると、そこにはソフィーがいた。
「確かウェールズ伯爵家の...」
エドワードは先日ウェールズ伯爵家で行われたフィリップとアンの結婚式に参列していたため、ソフィーのことを知っていた。
ソフィーは誰もいないと思っているのか、鼻歌を歌いながら屋上の一角にある植物たちに魔法をかけていた。
ソフィーが魔法をかけた蕾が、ゆっくりと花開いた。
「やっと咲いてくれた。学院ではこの花が咲いた場所は見たことがないと言われていたから、少し寂しかったの。私の故郷の花」
そう言って花弁を撫でながら微笑んだ。
エドワードはこれまで、魔法を戦いのために使ってきた。グレンブルク家に代々伝わる誇り高き炎の魔法は、魔物を討伐するためのもの。
ソフィーが花を咲かせた魔法は、とても美しいものだった。
「彼女が、ウェールズの豊かな自然を作ったんだな」
彼は以前結婚式で訪れたウェールズ伯爵領を思い出した。緑でいっぱいの山々に、まるで色とりどりの絵の具が散らばったような花畑。
同じ帝国内でも、全く違う景色に彼は感動していた。
ソフィーはエドワードに気付かぬまま、その場を去っていった。
一人残った彼は、ソフィーが咲かせたばかりの花にそっと触れた。
読んでくださりありがとうございます
ゆるゆる続きますのでよろしくお願いします




