エリオと長い廊下 4
学級代表と副代表が出てきます。
三階のフロアに入る前、レイモンドは鍵を出して重たい扉を開けた。
眩しい――
一瞬、頭の中が真っ白になった。同じ建物とは思えないくらい温かな雰囲気が流れ込んできた。
「ここからユニットがね、つまり棟が違うんです。学生棟になるんだ」
僕はレイモンドの腕を押さえて耳元で囁こうとすると、彼は背を屈めてくれた。歳の離れた優しいお兄さんのようで、すでに自分にとって特別な感じだと思った。
「レイモンド、さっきのこと言わないで」
「もちろん、わかってますよ」
レイモンドは鍵をポケットに戻した。この鍵の音はさっき暗がりで聞いた金属音だった。
三階の「相談室」と書いてある部屋に入ると、黒髪で縁無し眼鏡をかけた生徒がいた。見るからに優等生の雰囲気。 彼は何か書き物をしている。
「あ、こんばんは! 待ってたよ。はじめまして、エリオだね。制服似合ってる。僕はジャンミンだ。学級代表をしています。ちょっと、遅くないですか? レイモンド〜」
夜9時のテンションに合わないくらい爽やかなジャンミン。僕も慌てて自己紹介をして頭を下げた。するとレイモンドも軽く頭を下げる。
「悪いなジャンミン。遅れちゃってね。ちょっとハプニングがあったので」
えっ!
僕の顔を見て微笑むレイモンド。まさか僕が人感センサーのライトにパニックを起こしたこと、腰が抜けたこと……言うつもり?
どうしたのと、ジャンミンは楽しそうに問いただす。
(レイモンドの嘘つき……)
僕の寮生活に大いに関わることだぞ。初日から弱虫が来たなんて思われたら最悪だ。
「えっと……私が鍵を落としてしまいました」
「マジですか? レイモンドさーん、始末書ですね」
ジャンミンは深刻な顔で言った。もちろん、深刻なフリだ。
レイモンドは遅れた理由を内緒にしてくれて、しかも自分のせいにした。疑ってごめん。これは後でしっかりお礼を言わなきゃ。
「鍵はすぐに見つかったよ」
「なんだ、つまんねえな」
後ろから高い声が聞こえる。振り返ると、背の小さい……茶色いサラサラした髪の少年が、入口から顔を出した。本当に同い年なのだろうか?12、13歳くらいに見える。
「お、ニコ」
「彼は副代表のニコラスです」
ニコのサラサラの髪を、わしゃわしゃと触るレイモンド。少し自分がやきもちを焼いていることに気づいた。そんな単純な自分がなんか嫌だ。
「そうか! ニコって、ニコラスなのずっと忘れてた」
「忘れていいよ」
ニコラスと言う名前を聞いて、驚いた顔するジャンミン。ニコと呼ばれた少年は入口の扉に寄りかかる。小柄だけど、ぶっきらぼうでなんか怖い。
僕は背負っていた赤色のリュックを肩から外し、床に置いた。
「じゃ、私は職員室に戻るよ。エリオ、わからないことがあったらジャンミンに聞くといい。あとはニコとか……」
「なんだこれ? 転入生のバック、汚れてる」
ニコが横にあるリュックを持ち上げた。
リュックの底を触るニコ。ベッタリと一面、泥水が付いている。外で汚れたみたいだった。
「あー、外の倉庫でかな。これはまた私の失態です」
「レイモンド〜」
なにやってるのーと、ジャンミンとニコにつっこまれるレイモンド。彼が、生徒たちと普段から仲が良いのがわかる。
「エリオ、すみません。すぐ中身を出してください。洗います」
「あ、中は大したものじゃないんで、平気です。このリュック、荷物を運ぶ用だし。どうせ妹のだし」
「いや、部屋が汚れるのも大変なので。さぁ、エリオ、こっちに来て」
慌てて僕の部屋に案内され、扉のところでリュックの中身を全て出した。廊下から、数名の男の子たちがこちらを見ていた。
「洗ってから返しますね! ここでのことは寮長さんも教えてくれるから」
空っぽになった赤いリュックを持って、レイモンドはフロアから出ていった。彼は爽やかに去っていった。
ジャンミンたちが話をしているとき、レイモンドは僕にウインクをした。僕がパニックを起こしたこと、彼が鍵をなくしたと嘘をついてかばってくれたこと……リュックのこと。それら全部を気にしないでって意味のウインクだろう。それはわかっているけど、また僕は特別に感じてしまった。
相談室に戻ると、ジャンミンはレイモンドに大きく手を振った。もう相手はいなかったけど。
ジャンミンはいいやつだな。そして縁無し眼鏡をタオルで拭いている。その仕草もなんか面白い。
「さて、気を取り直して……もう夜の9時半になるね。やらなきゃいけないことはいろいろあるんだけど、ニコどうする?」
「紹介は明日にしよう。寝ているやつもいるかもだし。今夜はもう休めよ、エリオ」
「あ、はい」
ニコが初めて僕の名前を呼んだ。一応、名前知ってるんだ。
「教科書や文房具なんかは、もう部屋に運び込まれてる。明日確認すればいい。じゃ、これからよろしく……エリオ」
そう言ってニコは離れて行った。
「はい、よろしくお願いします」
ぶっきらぼうだけど、怖いやつではなさそうだ。
「エリオ、談話室は夜9時45分までなんだけど、今日は行かずに部屋で過ごして。今夜は寮のルールブックを読んでほしいんだ」
僕はゆっくり頷いた。疲れてるし、部屋でゆっくりしたかったからちょうどいい。ここに来てからいろんなことがあった。
相談室を出て、部屋をもう一度見渡す。
驚いた。個室だった。なんて贅沢なんだ。普通は二人とかで部屋をシェアするんじゃないのか?
同室の奴と夜中に怖い話や恋バナでもするかな? ってちょっとワクワクしてたけど、それは無駄な妄想だった。
こじんまりとした部屋に足を踏み入れたときは、あまりの狭さにがっかりだったけど、横にあった大きなクローゼットと机を見たら、すっかり気に入ってしまった。
「エリオ、大丈夫か?」
「はい。クローゼットが大きいね」
「見た目以上に物が入るよ。あと、一番守ってほしいルールがあるんだ」
ジャンミンは最初は楽しそうに話していたけど、最後でトーンを落とした。
「他の生徒を部屋には絶対入るなよ。ルールブックの最初に書いてある。つまるところ、エリオも誰かを部屋に招いてはならない」
「……誰かを招いてはならない」
僕はオウム返しをした。
「そう。絶対だ」
「わかりました」
「これは必ず守って。トラブルのもとになるから」
僕が頷いていると、再びニコが声をかける。
「ジャンミン、ちょっといいかい?」
「あ、終わったよ。また明日ね、エリオ……じゃあおやすみ」
「はい。おやすみ」
僕はもう一度、部屋の入口のネームプレートを見た。そのにはエリオと筆記体で書かれていた。 青い鳥の絵も描かれており、デコレーションまでされていた。 大人じゃなく、絵が得意な生徒が作ってくれたんだろうな。
ジャンミンと対照的な存在のニコ。二人は何か段取りの話をしながら楽しそうに肩寄せ合っている。
僕はベッドにどさっと、倒れる。
たくさんの人がここにはいる。だけど、僕は孤独だった。
◇ ◇ ◇
今にして思うと、あんな夜に転入してくるのは本当に稀だったみたい。
やっぱり親が入院して、その間誰もサポートしてくれる大人がいないってのも珍しいのかな?
そして、僕が通ったルートで三階の寮に行くことはほぼないのもわかった。
こっそり聞いても、僕の通ったルートを知らないって言う。そんなレアなのか……あの長い廊下も。 あの恐ろしい体験を誰とも共有できないは残念だ。みんなも夜に通ってみてほしいのに。
そして、僕はあの夜、本当に気になったことが言えなかった。
腰が抜けたとき、確かに窓に映っていたのは毛布を持ったレイモンドさんだ。金属の音も驚いたけど、それは彼の鍵の音だった。それは解決だ。
だけど、手を挙げて追いかけてきた影は? あの小さな影は全く別のもの……別の者だ。
でも、言えなかった。だってその影、絶対子どもだよ。何度も現れる僕の影より、頭一つ分小さかった。
だから、どう考えてもその影は、大きいレイモンドさんではない。
しかも、異様に手が長く見えた。もちろん影だから長く伸びるときはある。そのせいだったのか?
一瞬だったからよくわからないけど。
この話、誰にも話してない。みんなに笑われるだけだし。自分のヘマをさらすことになる。
だけど、ずっとあの影が気になってる。 あの影は子どもだ。それだけは間違いない。
読んでくれてありがとうございます!
転校してきたエリオと事務員のレイモンドの話でした。次は、読書大好きアマンドの話です。感想もよかったら〜。




