エリオと長い廊下 3
レイモンドの腕を掴んだと思ったが、掴むことはできず、薄いシャツを数ミリ触った程度だった。
息が苦しくて力が抜けてしまい、僕は彼を呼び止めることができない。
(待って、助けて!!)
心の中で叫んで、僕は膝から崩れ落ちた。レイモンドはポケットに右手を入れて、なにかを探しながら角を曲がってしまう。
僕は一人ぼっちになった。
カチッ。
天井のライトが一斉に消えた。辺り一面の闇…………。
誰もいなくなると自動で消える丸いライト。
いや、僕はまだいるって。 おい! 僕はまだ廊下の隅にいる!
僕が全く動けないでいると、人の反応が消えたとライトに判断されたのだろう。廊下の隅だったことも原因だ。
怒っても仕方ないのにライトに恨めしく思う。呼吸はさっきよりも苦しくなくなってきた。今のうちに立ち上がってレイモンドを追わないといけない。
なのに後ろの真っ暗な廊下が…………。
いけない。後ろの長い廊下を、絶対に振り返ってはいけないと、頭の中に警報が鳴る。
今、自分の真後ろになにかがいる。人の気配よりも強い……なにかが蠢いている感覚。
それに首を絞められたんだ。両手を上げた影。正体を見てやると思う気持ちと、恐ろしくてとにかく逃げたい気持ちがせめぎ合う。
僕は前を向いたまま体を引きずって進んだ。とにかく前に進んで、角を曲がった。
こっちもライトがつかない……。
ここの廊下も真っ暗じゃないか!
僕が立ってないからライトが反応しないのだろうか?
ホラー映画で殺人鬼が目の前にいるのに、なぜか座って後ずさりしているやつの気持ちがわかった。
なんで走って逃げないのかって思っていたけれど、実際無理なんだ。映画で最初に殺される脇役みたいにあっけなく僕はここで死ぬのか?
誰か助けてくれ…………いや、ダメだ。 誰も現れなくていい。
ガチャ--
わずかな金属音。
ハッとすると、真横にある大きな窓ガラスに人間でない者……得体のしれない大きな者が暗闇の中に立っていた。
心臓が跳ねた。そこに映っているってことは、今…………僕のとなりにいるってことだ。
カチッーー
暗闇で音がし、その約0.5秒後にライトが一斉についた。眩しかった。音と灯りはわずかにずれがある。僕はきつく腕を掴まれた。
「エリオ、大丈夫ですか?」
膝をついたレイモンドが目の前にいた。シーツのような物が僕の後ろに広がっていて、僕は思わずレイモンドに抱きついてしまった。彼の胸に顔を埋めてしまう。
こんなに人の体温を嬉しく思ったことはない。シャツを着てるから細身に見えたけど、彼はとても筋肉質だった。
「えっ、どうしたのエリオ。また何かあった? 先にリネン室に行ってたのだけど」
「あ、あの……息ができなくなったんです。誰かがいたんです」
「…………」
レイモンドは黙っている。
彼は僕を通り越し、毛布を拾った。どうやら毛布を投げて、ライトを反応させたらしい。
「こんな人でしたか?」
レイモンドが毛布やシーツを綺麗に折りたたんで顔の前に持つと、四角い顔の怪物に変身した。それをガラス越しに見たのだ。
「えっ? 毛布をかかえたレイモンドさん?」
「すみません。エリオがいないと思ったけど、すぐに来るだろうと思って進んでしまって」
僕は大きく息を吐いた。
「ああ……もう……恥ずかしい。本当にごめんなさい。迷惑かけっぱなしで」
くせっ毛の髪を僕は指に巻きつけた。ちょっと照れくさいとか失敗したとき、嘘をついたりしたときの癖だった。
「先日からこの短い廊下ね、ライトが切れてしまったんです」
なんだよ……。
「短いけど、真っ暗になるなんて不便ですね」
不便、ではなく本当はただ怖かった。だからちょっと皮肉めいた言い方になっていた。
「まぁ、角を曲がればこっちはつきますし」
呑気なことを言っている。 そんなこと言ってないで、早くライトの交換をすべきじゃないのかな。
僕は誰でもいいから、責任転換したくなるほど恥ずかしくなっていた。
緊張しているエリオの勘違いなのでしょうか?




