エリオと長い廊下 2
永遠に続くような暗い廊下に出ました。
頭を抱えた僕に、あっけにとられているレイモンドさん。そっと僕の背中に手を当てた。
「エリオ、どうした?」
それは自分の影だった。
天井の丸いライトを通り過ぎると同時に、背後からやってきた自分の影にあっという間に追い抜かされる。
意味がわからず、きょろきょろするレイモンドさん。
「すみません、レイモンドさん。自分の影でした。ちょっとびっくりしちゃって」
「影? なんだ、びっくりした」
笑うレイモンドさん。 もう一度丁寧に謝罪をして、二人でまた歩き出す。
「あぁ、これねぇ」
レイモンドさんはそう言って廊下に現れる影を指差す。
「確かに追いかけられてるみたいだなぁ」
「はい」
「あと、呼び捨てでいいから。レイモンドって」
「あ……はい」
レイモンドは変に感心していた。影に追い抜かされるたびに、僕はなんだかイラッとしてしまう。
僕は意外と負けず嫌いな性格だったことを思い出す。あまりにもいろいろなことがありすぎて、何も考えられなくなっていたけど。
天井に並ぶ小さな丸いライト。影との追いかけっこは永遠に続くように感じる。
「気にしたことなんてなかったよ」
「……ですよね」
そりゃ大人の男の人だからな。影が追いかけてきて怖い! なんて言ったら、それはそれで怖い。
「申し訳ないね、夜に手続きになってしまい……」
「いえいえ、それはこちらの家の都合ですから。母が入院しちゃって、入寮を急に早めてもらって本当に助かりました」
僕が15歳にしてはかしこまった言い方をしたからか、レイモンドは眉をひそめ、いたたまれない顔をした。
「エリオ……大変でしたね」
「はい。でも、なんとか落ち着きました」
互いに知っている話を繰り返し、長い廊下を歩く。 レイモンドに気を使わせていることに申し訳ないなと思いつつ、だけどおもしろい話題なんか何も浮かばない。それも感じ取ったのか、レイモンドが会話の糸口を探してくれた。
「昼間は全然違う雰囲気ですよ。ここは人もたくさんいてにぎやかですし」
「えっ、あっ、……はい」
「信じてください。昼間はここは怖くないです!」
レイモンドは僕のぎくしゃくとした反応を気にして、さらに主張してきた。そんな自分がおかしいのか、彼は半笑いになってしまう。つられて僕も笑った。
「ここは職員室と事務室だから」
レイモンドは長い廊下の右側を指さす。
ああ、なるほどと僕は感心してうなずいてみせた。
「入寮すると、あまりここは通らないよ」
「そうなんですね……」
僕たちはまた沈黙した。
「夜の学校って……やはり怖いですよね」
「はい」
即答する僕を見て、レイモンドはまた笑った。笑うと結構若く見える。前髪も真ん中で分けているのだけど、それも似合っている。
長い廊下が終わろうとしていた。目の前には真っ暗な大きな窓が迫っていた。 そこに映るレイモンドと僕。
窓を見るまでわからなかった。男同士だけど、レイモンドは僕よりずいぶん背が高かった。
こんなに違いがあるんだ……窓を鏡代わりにしていたら、僕を追い抜いていく影に異変があった。
影が違う動きをした。
僕は手を下ろして歩いているので、次々と現れる影はもちろん手は下ろしている。
だけど廊下を曲がるそのとき--
影が両手を上げて追いかけてきた。 あっと思ったときには、僕は息ができなくなった。首が徐々に絞められていく。
苦しいっ!
くぐもったうめき声しか出ず、とっさに助けを求め、事務員さんの腕を掴んだ--




