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2 イデアゲート

「これですか?」

「どうです? めくれないでしょ?」

「……あら、本当にめくれないわ。それにラベルもこのあたりに貼られていないわね」

「じゃあこれは一体なんでしょうか?」

「……タイトルから検索したけれどこれ、図書館が管理する本じゃないわ」

「ですか……」

「ラベルを貼った跡もなさそうだし」

「なるほど」

「そもそもこれは本じゃないのかも知れないわ」

「ええ?」

「何かの箱かしら、振るとカタカタしない?」

「いや、どうですかね」

「いたずらかしら? それとも誰かの忘れ物かしら?」

 その受付担当者は、忘れ物コーナーで保管すると言いながら、カウンター奥の見やすい位置にある棚に立てかけた。

「何? この感覚?」

 あの本を手放した瞬間、宝物を奪われたような、大切な物を泣く泣く手放したような……そんな感覚。

 でも、向き合えなかったんだから仕方ないことなんだ。

 そう、忘れてしまおう!

 何とも言えない後ろ髪を引かれる思いを振り切るように図書館を後にした。

 

 最寄駅まで戻る下り坂を破虎ハルトはとぼとぼ歩く。

 歩が止まる。

 未練なんだろな。

 気になって仕方ないや。

 始まりを待っているのに。

 ん? 何の始まり?

 

——私を見つけだす旅の始まりさ。

 

「あーだめだわ!

 気になって仕方ないや!

 やっぱ戻らなきゃ! 

 バックを小脇に抱え、下ってきた坂道を大急ぎで駆け登る。

 あれ? 破虎ハルトくんじゃない?

 破虎ハルトが坂を駆け上がるところを、たまたま見かけた帰宅途中のマコが呼びかけた。

「ハルト!」

「あれ? ……聞こえてないみたいね」

 

 破虎ハルトは息を切らしながら図書館まで駆け戻り、先程本を渡した担当者に声をかけた。

「はあっ、はあっ、ふぅー……あ、あの、すいません!」 

「はい、どうされましたか?」

「さっき、あの棚に置かれた燕脂色の本、返して欲しいんですけど!」

「さっき? 燕脂色の本? いったい何のことかしか?」

「え? さっき渡して……あそこに置いて……あれ、なぜない?」

「ねえ君、大丈夫? ありもしない話なんかしちゃっては!」


 そんなはずは? 

 間違いなく僕はさっきこの人にあの本を渡したんだ。

 でも、どうして?

 

——何も知らないようだな。あれはイデアの住人が作ったゲートだ。

  

 誰かのいたずらか?

 

——いい読みだな人間よ。

 

 確かにあった本が消えてしまった。これが真実ではないのか?

 最初に見つけた書棚だ!

 急足で駆け寄ったがそこには当然見当たらない。

「どうして……」

 ただ落胆するばかり。

 表現しようがない。

 

 二度目の帰路は、まさに悲劇のニヒリスト。

 こんな出会い二度とない!

 なんで手放してしまったんだ!

 後悔の念にさいなまれるわ。

 そんな機会を心から待ち望んでいたはずなのに! 

 これを遠ざけてしまった自分自身が信じられない……

 信じられないと言えば、あの担当者は一体何なんだ?

 たった十分前のことなのに、俺のこと、重箱判書籍のこと、何も覚えていないなんて……

 神のイタズラか?

 

——イタズラではない。万物のことわりと呼ばれる存在、イデアの恐るべき力! それが分からないのだから人間は下等な生物だ。

 

「あー頼むから、もう一度現れてくれ! 俺の『始まりを待つ物語』よ」

 ほんのり薄暗くなった辺りの景色と心模様とが、妙にシンクロしちまう。

 

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