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3 ザンマソード

「ガラガラガラ」

 玄関引戸の音に気づいた母が、土間で肩を落とし立ち尽くす息子を見つけ、長い廊下の先から心配そうに近寄って来た。

「お帰り、破虎《ハルト》」

「ただいま……」

「遅かったわね……なんかあったの? 顔色悪いわよ」

「……そう? そうだ、母《かあ》さんってさ、今までにさ、理解できない不思議なことが自分の目の前で起こったりしたことない?」

「ええ?」

「実はさ、今日、いろいろあってさ。図書館で見つけた奇妙な本がなくなっていて、奇妙な本のやり取りした相手がそのすべてを忘れていたんだ。たった数十分の間にだよ。自分の方がおかしくなってしまう、みたいな感じになってさ」

「……そう言われると、母さんにもあるわ」

「えっ? どんなこと?」

「あなたのことよ」

「ええっ? 俺のことで?」

「まあ、後で話してあげるから、先に着替えてらっしゃい。食卓にあなたの好きなドーナツあるから、それ食べてから稽古に行きなさい。おじいちゃんが道場で、首を長くしてお待ちかねよ」

「そ、そうだね、ありがと」


 んーでも、今日はなんだか気合が全然入らないや。

 だからと言って稽古はサボれないしな。

 さあ、気合いだ、気合いを入れろ……。

 頬を叩いて気持ちの入れ替え、入れ替えっと。

「ガラガラガラ」

「よろしくお願いします」

 一礼して破虎《ハルト》は道場に足を踏み入れた。

 すると師範からいきなり発破がかかる。

「喝! 破虎《ハルト》! ビシッとせんか! ビシッと!」

「は、はい、失礼しました!」

「お主は抜刀術をなーんと心得る! 羽山水弦流の十八代継承者であり、抜刀術界の剣聖と呼ばれたこの儂《わし》の前で、なななんたる気の弛《たる》みよ!」

「お言葉ですが師匠、師範代のわたくしが道場で気が弛むなどと……滅相もない」

「いーや……いくら言葉で着飾っても、心の動きと言うものは身体に滲《にじ》み出てしまうもの。これまでお主を見てきた儂《わし》の目には、それが良〜く分かるんじゃ。えーか、破虎《ハルト》よ、真剣勝負なら気の弛みは即ち死じゃ! いついかなる時も気を緩めるでない! 良いな」

「はい、精進いたします」

「よろしい。では儂《わし》の話を良く聞きなされ」

 あれ? じっちゃん、神妙な面持ちで何を?

「水弦流の師範の座をお主に譲る!」

「何で? また急に? まだ高校二年生だよ。無理無理!」  

「何を言っとる! 奈良時代なら十六歳で元服しとるわ! お主は今いくつじゃ?」

「十六だけど……」

「なら大人も同然じゃ! 案ずることはない!」

 突然過ぎて……困るよ、まったく。

「そしてもう一つ。水弦流継承者が代々引き継いできた魔物を退治するために造られたと言われる斬魔刀《ざんまとう》を、お主に譲る」

 えっ?

 何それ? 

 更に唐突。

 おいおい、

 いきなりぶっ飛んだ話になってきたよ。

「今どき魔物を斬るって、ピンと来ないし」

 昔話や異世界なんかの話じゃなくて?

「何を言うとる」

「えっ?」

「魔物とは人の中に生まれる邪悪な心のことだ。バケモノの話ではないぞ!」

「なるほど……でもさ」

「なんじゃ?」

「邪悪な心を斬る時に人も一緒に斬ることにはならないの?」

「ん? 儂とて実際にこの斬魔刀で魔物を斬り捨てたことは一度もない。だからこうやって管理しておるだけなのじゃ」

「なるほど」

 いわゆる伝説域の刀ってことね。

「抜刀界では廃刀令を免れた秘刀と呼ばれる七振《なふ》りの斬魔刀《ざんまとう》が存在するのじゃ」

「七振《なふ》りの斬魔刀《ざんまとう》?」

「そうじゃ、その内の三振《みふ》りが羽山家で保管されておる」

「え、みたことないよ」

「見せたことはないからな」 

「どこにあるのさ?」

「ここじゃ!」

「パン! クルッ」

 叩いた壁が反転し、三振りが姿を現した。

「まっ、こんなところに隠してるなんて、いくら抜刀術が古武道とは言え、この道場って忍者屋敷みたくカラクリ屋敷になっちまってるな」

「そんなことはどうでもよいわ!」

 まあ、そう言われればその通りか。

「では、斬魔刀について教える」

「よろしくお願いします」

「まず鍔《つば》を見るんじゃ」

 どれどれ。

「まずは風車を模《かたど》った鍔《つば》の風撃斬魔刀。風の如く魔を切り裂くと言われておる」

「これが、風撃斬魔刀なんだ」

「帯刀《たいとう》してみなされ」

「うん」

「まずは左手の親指を鍔《つば》にかけるように鞘を握り、意識を柄元《つかもと》に全集中させながら右手を添える」

「意識を柄元に集中させ……」 

「さぁ、少しだけ抜いてみなさい!」

「はい、抜きます」

「カチッ、シー……シューヒュルルルヒュー……カチッ」

「何? 何だこれ? 抜き始めると鞘と刀の間から凄い勢いの風が吹き出して、刀周りの空気が凄まじい勢いで渦を巻くように回りだしたよ。まるでハリケーンみたいだ」

「そうじゃ、風撃とはな、身体中の気を刀に集中させることで、刀の周りに生じる凄まじい風を束ね、その威力を用いて一瞬で切り捨てる刀じゃ」

 なんか、非現実的だよ、これ。刀を引抜いたら大惨事になりそうだ。

「次は雷撃斬魔刀だが、鍔《つば》から柄までが絶縁素材で造られておる。さあ、少しだけ抜いてみよ」

 雷だから電気が流れるのか? ちょっとビビるな。

「では、抜きます」

「カチッ、ビッ、ビリッ、ビリリリッ、カチッ」

「おー、これは更に上ゆく危うい気配」

「おお、儂も息を呑んだわい」

 放電がヤバ目だけど、基本、風撃と同じように気を集中させればいいのか?

 なんとなく感覚は分かる気もするが。

「雷の如く魔を砕き割るこの雷撃は、風撃と共に『神の二振《ふたふ》り』と呼ばれ、人の智が及ばない天然現象を引き起こして魔を祓《はら》う刀なんじゃ」

 人智が及ばないものなら、人が造れない刀と言うことになるのか?

「さっき柄《つか》に手をかけた時に、指先や手のひらの感覚が麻痺したように感じたんだ。これって?」

「おそらく刀が人を操ろうとしているんじゃよ」

「えっ?」

「親指で鍔《つば》を押し出した瞬間、柄《つか》に触れた右手のひらは自身の感覚を失い、刀の意志が人の身体を支配しようとするのじゃ」

「だから刀を握った瞬間、麻痺したような感覚に襲われたんだな」

「その通りじゃ。故にできる限りの意識を集中させて柄《つか》を握っていなければ、思い通りに扱うことはおろか、刀に心まで取り込まれてしまうじゃろう」

「……となると、最後の一振《ひとふ》りの『妖《あやかし》』はどうなるんだ?」

「妖《あやかし》の如く魔を呪い刻む妖撃斬魔刀は……儂にも見当がつかぬ」

 いずれにせよこの三振りは、ただの真剣ではないから、切れ味とか刀自体の良し悪しは分からない。

 おそらく斬魔刀は、人知を超えた神域のギフトであり、人間界で保管されるが、実際にはそれ以外の世界で使うことを想定して造られたのだろう。

 

——時は来たれり。お前の行くべき世界に!

 

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