最終話 親子
「必ずもどるから」
そう言って彼は戻らなかった。
彼が最後の王命で魔王討伐に行ってから1年、漸く魔王が倒れたと知らせがあった。
その日の夜。
王国の騎士が屋敷になだれ込んできた。
「マリア奥様お逃げください!」
「キャアアアアアア!」
「女を探せ!見つけ次第殺せ!」
「さっ、早く!」
「リンダ!あなたが死んでしまう!」
「早くこの中へ!」
納戸の中に無理やり押し込められ、表から扉を閉められた。こんな事をしたら表に居るリンダが殺されてしまう。早く出ようと焦ったが、中に入れられた瞬間、空気が変わった。
え?
そこは大勢の人が行き交うど真ん中だった。
様々な服装の男や女が脇目も振らず歩いていた、呆然と立ち尽くしている私は邪魔な存在で、気がつくと保護されていた。
ここは異世界だという。
幸いな事に読み書きが出来た、妊娠している私は、この異世界の女性を保護する団体に身を寄せる事になり、そこで子供が生まれるまでは、この世界の事を必死に学んだ。
生まれたのは可愛い娘だ、私の希望の光、光と名付けた。
どうやら、私は異世界語であればどの国でも理解出来るらしく、アルバイトで入った繁華街のホテルの清掃員がいつの間にか受付や電話番になっていた。
子供がいると話すと時間も融通してくれたり、身元が怪しくても、必死に働いて気がつくと光も大人になってひとり暮らしするようになり恋人もできたなんて教えてくれた。
そんなある日、職場に一本の電話があった。
「マリアさん、本当なの?!」
「はい、警察から連絡があって光があのバスの失踪事件に巻き込まれた可能性があるからって…」
それは、警察から娘の失踪宣告だった。
慌てて娘の住むアパートに行けば、数日は帰宅して居ない、しかも恋人だったあの男から別れを切り出されていたと言う。
「マリアさん、奥に行ってていいから!」
マスコミが大勢職場に押し掛けて、咄嗟にホテルの同僚が代わりに対応してくれた、これでは遥か昔にリンダから守られた時のようではないか。
私は長年勤めたホテルを辞めて光を探すことにする。
なんの確証も無かったが、光は異世界に捕らわれたと思っている。
「マリア!」
バス停には中学生くらいの男の子が立って私の名前を呼んだ。遠い昔のあの人の様に。
「太良?」
「マリア!マリア!マリア!会いたかった、遅くなってごめんな」
「その姿…」
「こっちに戻された時に記憶を弄られた、体も呼ばれた時になってた」
「そう、私はあなたとは随分離された時間に落とされたみたい」
「マリア、そうだ妊娠してたんだって?僕の子は?」
「…あのバスの被害者として行方不明なのよ」
「まさか!じゃあやっぱりあの時の!」
「光の事を知ってるの?」
「マリア一緒に迎えに行こう」
□□□□
闇の中、光が差し込んだ。
正直、もうだめかと思った。
レスキュー隊がグシャグシャになったバスのフレームを切る音か聞こえる。
バスは山奥の急なカーブから崖下に落ちていたそうだ。何故そこにバスが行ったのか、崖下に落ちたのかも分かっていない。
私以外、乗客は車内から投げ出されたのだろうと大規模な山奥の捜索で服や靴などの遺品が見つかったそうだ。
警察は、バスの運転手である中田島という男が、乗客である佐々木勝絵に乱暴して死体を捨て自暴自棄になり乗客を巻き込んだ無理心中をしたと発表した。
色々と矛盾はあったが世間は納得したようだ。
私は奇跡的に左手の骨折ですみ、会社を辞めて母と一緒に母の故郷に移り住み新たに生活している。
あのバスの唯一の生き残りで何かと世間が煩かったのだ。
そう、母の故郷アルンヘイル。
あの絶望の闇に閉じ込められていた時、父と母が助けに来てくれたのだ。
2人に縋りついて大号泣してたら、気がつくとレスキュー隊がいた。
何かと父は凄いらしい、中学生だったけど。
父と母には一緒に暮らしてもらって、私は歩いて行ける距離でひとり暮らしをしている。
話を聞けば新婚さんみたいな物だし。
流石にいきなり親子は無理。
徐々に慣れていけばいいと思ってる。
今は魔法や魔導書の勉強をしていて凄く楽しい。
友達も出来た、谷ちゃんは年下だけどしっかりしてて同郷同士助け合ってる。
ほんのり、父を好きだったみたいだが、何処で知り合ったのか、この国の王子が谷ちゃんの周りをうろちょろしているから、時間の問題かもなって思ってる。
私はひとりだけど全然悪くないって思ってる。
ひとりの幸せがあるように、誰かがいなければ未来が輝かない事はない。自分が輝いていればそれでいい。
まあ今は初めての親子水入らずが1番の幸せなのかもしれない。
今日は魔導試験に合格した記念に、ストレージボックスに入ってたあの時山ほど買った缶チューハイで祝杯をしようと思ってる。