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ソノ先二アルモノ

「ずいぶんと静かだ」

 神殿の内部へと踏み行った一行は、白骨化した神官たちの死体を避けながら奥へと進んでいく。綺麗すぎる、争った形跡が全くない。死体の散らばり方から逃げようとして間に合わなかったようだと考えられるが、しかし装備もその骨も綺麗すぎる。腐って白骨化、ではない。血肉が綺麗になくなって骨だけが乾いたかのように、白い。

「ここは、なんだ、あれだけ瘴気が流れ出ているのに何もないじゃないか」

「一気に流し出したからだろ。中にたまっていたやつ全部」

「だがそれでこんな状態になるか」

「ならない、高濃度高圧の魔力なら跡形もなく崩壊するはずだ」

 ベチョッと、

「あり得るなら」

 見えない天井から落ちてきたドロドロした、

「こいつだ」

 ショゴスがぶわっと広がって襲ってくる。

 スコールとペルソナは気付いていながら避けなかった。一瞬、団長とレクトには二人が食われたように思えた。

「うわっ」

「何やってんだお前ら!」

 咄嗟に剣を抜いた団長は、いきなり結晶化して弾け飛んだショゴスの破片に吹き飛ばされる。

「柔らかいとこだけ食うのは、こういう粘性生物だ。雑魚だな」

「雑魚っていうか、倒す方法が飽和魔術攻撃くらいしかない強敵だろ」

「私たちには、強敵ではない」

「そういうことだ」

 砕け散った破片が黒い塵になって舞い上がり、ペルソナに吸い込まれる。

「団長、この先、たぶん何もないからすぐに奥につく」

「そこにお前の目的があるんだな」

「ある。今までは邪魔が入ったから手出し出来なかったし、前回は」

 ペルソナを指差し。

「こいつが邪魔してきたから撤退した。今回はたぶん、上に浮いているあの目玉が邪魔してくるだろうから、どっちがいい」

「どっちとは」

「あの目玉を相手するか、それとも複雑怪奇な魔術式の塊と超高速の演算勝負」

「……目玉の相手をしよう」

「それで、僕はどうしたらいいかな。君たちみたいに戦う力は無いし魔術もあまり得意じゃない」

「雑魚の相手をしてろ、しばらくしたらわらわら寄ってくる」

「分かった、いいよ」

「戦う力はないと言う割には、やる気だな」

「あくまでも、君たちみたいに、であって僕はそれなりにやれると評価しているよ。自分ならやれる、じゃなくて自分ならここまで出来ると評価して、無理のない判断をしているだけさ」

「ならここに残れ」

「……分かった」

 レクトはそれを役に立たないからついてくるな、ではなく、ここですべての障害を受け止めて進ませるなという意味で受け取った。軍隊では上官の命令は絶対だ。この場では力のある物がそれに当たる。人間性をどうのこうの言っても意味なんて無い。酷いやつに当たったならば、それは運がなかったと諦めるしかない。例え、その〝運がなかった〟で自分が死ぬ羽目になったとしても。

「少しでも無理だと思ったら、もう少し粘ろうとか思わず逃げろ。たぶん、お前は団長が欲しがる人材だ、失いたくない」

 しかしこの場では、そうでもなかった。敵に殺されないようにするには、この任務を達成した上で生き延びるにはどうすれば良いのかを考えるだけで精一杯になる必要は無い、逃げ道はきちんと用意されている。それが人を追い込んで、分かりやすい道を用意しておくという誘導でもない。

「スコール、俺はお前みたいな戦力が欲しいが指揮官としての才能があるやつも欲しい。つまりだ、お前はこいつをスケープゴートにして」

「さてな」

 単純に、自分の面倒ごとを押しつけてしまおうという邪念が薄らと見えなくもないが。

「言っておくけど、僕は兵士だ。国のために命を捧げると決めた、だから引き抜きは受けないよ」

「だそうだ、団長」

「仕方が無いな」

「そう言う訳だ、死ぬまでここで粘れ」

「……あれ、なんでそうなっちゃうの」

「条件は言った。団長が欲しがるから失いたくない、しかしお前は誘いを断って欲しくないと言うことになった。ならば失ったところで構わないと言うわけだ」

 自分で自分の首を絞めた。ではなく、絞めさせられた。分かりやすい誘導に引っかかった。

「まあ……いいよ、ここでなんとか頑張るよ」

 そういうレクトを置いてけぼりにして三人は進んでいく。

「あれ、ねえ、こういうときってなにか励ましとか……ないんだね」

 一人置き去りにして進んでいくと、石の扉が開いていた。まるで誘い込むように、とは言えない様子で。

「この先か」

「そうだ。この前のときにかなり暴れてな、この建物の基礎部分から全部歪ませたから、扉は閉まらない開かない、窓もだ。それに部屋によっちゃ立ってるだけで感覚が狂うし、そこらの人間なら体調崩す」

 スコールが白い長剣を抜き、ペルソナも抜刀して鞘を投げ捨てる。

「シャドウモードで先に行け」

「了解、内部の生き残りは〝神官〟が二人」

「殺せ」

「了解」

 ペルソナが闇に包まれ、溶けて消える。

「団長、上に注意。前方は警戒しなくていい」

「任せろ」

 構えもせず、扉をくぐる。と、同時に火焔が飛んで来た。それを白い長剣で切り裂く、魔術を人の物理的攻撃で破壊するなど、出来やしない、出来るなら、それは魔剣だ。

 次いで飛んで来た針のような氷を手で払う。神官たちは驚いた様子も見せず、背後に浮かぶ黒い球体……背筋がぞわぞわするほど、おびただしい拘束術式で作られたそれから力を引き出す。

 光が飛んで来た。避けられない、避ける必要が無い。

 絶縁破壊の音、電撃。それがスコールに直撃して、青い破片を散らす。

「その程度か、そいつを使いこなせていないな」

 次が来る、分かっていて、構えない。効かないと知っている、魔術は壊れた世界の、その欠片を、力を使った邪法。自分は、その欠片を吸収し再構築し、世界に戻せる。副次的な〝機能〟として〝搭載〟されている。

 黒い球体から引き出された力が顕現する。

 刃となり襲いかかる、砕け青い欠片になる。

 炎となり焼き尽くすべく迫る、紅炎が蒼炎と代わり散る。

 瓦礫を巻き込み濁流となり襲い来る、風を操って宙に飛ぶ。これは防げない、水を受け止めたところで瓦礫に押し潰される。

「やれ」

 神官の目前に着地すると、蹴り飛ばす。球体が浮かぶその場所は、透き通った水の張られた人工の池だ。落ちた神官は煙を上げながら数秒もしないうちに跡形もなく溶け、消えた。隣を見ればペルソナによって頭から股まで一直線に切断され、ぼたりと崩れ落ちる肉塊があった。

「……お前、よく切れるな」

「重さ、叩き切ればいい」

 そんなことだから、太刀を見れば刃が欠けてヒビが走っていた。それを投げ捨て、次を要求する。黙って手を伸ばしてくる。

「もちっと丁寧に扱え」

「脆すぎる」

「だからって柔らかくしたら曲がる」

「……仕方ない、我慢する」

「……配合変えてみるか」

 適当な太刀を渡し、二人で球体を見上げる。

 この中に、居る。彼女が、スコールが、助けたい存在が。

「それで」

「試しに飛び込んでみるか。団長、ロープで引っ張ってろ」

「そんなもんでどうにかなるならとっくにやってるだろ」

「分からん、試したことがないから」

「まともなアイデアは」

「ない……って訳で、やってみるか」

 少し距離を取って、ペルソナが球体の下で構える。

「おい、やめろ……」

 スコールが走り、ペルソナ目掛け飛ぶ、ペルソナはその足を下から押し上げるように手を振り上げ、スコールが球体に飛び込んだ。どぷんと、音を立てて呑み込まれ、呑み込まれ……。

「大丈夫なのか」

「知らない」

「…………。」


 ---


「くら、い……?」

 水の中に落とされたような浮遊感。押し潰しに来るのは水圧ではなく無数の分解術式。

「……だ、れ」

 思考が劣化していて、上手く考えられず認識も出来ない。

 分からない、それでも心が昂ぶっている。

 だけど、すぐに鎮められる。

 ゆっくりと、蝕まれ、潰えてゆく。

 わずかに残っていた自分が、思考が砕けて散っていく、ゆっくり、ゆっくりと。

 痛くはない。

 その代わりに、寂しさと、恋しさと、凍えるような孤独の寒さが、なけなしの心を蝕んで溶かしてゆく。

 死ぬことは怖くない。

 でも、これは怖かった。死ぬんじゃない、溶かされて、それでいて殺されずに使われ続ける。

「見つけた」

「……そ、こ」

「ここらでいいか、内側から破壊してやる」

「すこ、る……い、るぅ」

「ブレイク」

 光が溢れた。

 暗い空間に蔓延る邪な術式が破壊され、吹き飛ばされ、粉々に消えていく。

「迎えに来たぞ」

 それが、少女が、全身を黒く染め、ボロボロと崩しながらも、ふらふらと歩いて近づいてくる。そのままトンッと軽くぶつかって、それでなおも進もうと足を動かす。

「ど、こ……い、るの」

「ここにいる」

 手を取って、顔を撫で、そして抱きしめる。黒い汚染が侵蝕してくるが、お構いなしだ。

「だめ……わたしだけで、いく」

「許さん、お前はここで得た情報をすべて持ち帰って報告しろ。命令だ、生きて帰れ」

「すこーるも、いっしょに」

「……却下だ」

 一時的に空間が開けたが、すべてが砕けたわけではなく、また黒い瘴気の壁が迫り包まれつつある。

「さよならだ」

「やだっ!」

 ぎゅっと、強く抱きしめ、そして白い結晶に包まれた少女が――


 ---


「大丈夫なんだろうな」

「分からない」

 予想していた邪魔はなく、暇になったレクトも合流して球体の前で座り込んでいた。何時間か経過しているのは確かだが、ペルソナ曰く球体の中と外とでは体感時間が違うらしい。

「取りあえず、僕は周辺の調査をさせて貰うよ。瘴気をどうにかしたいからね」

「ついてく、暇」

「じゃあ一緒に行こう。団長さん、お留守番よろしく」

「……勝手にしろ」

 そうして一人でまた数時間ほど。

 うとうとしてそのまま寝てしまい、ゴトンッと固い物が落ちる音に目を覚ました。

 周囲を見れば球体の真下に白い塊が落ちていて、その上では空気の抜ける風船のように球体がしぼみながら崩れていく。

「スコール、やったのか! スコール!」

 呼びかけても返事はなく、池の中で白い塊が溶けて少女が目覚める。少女は、急激に崩壊して消えていく球体を見て、何かを悟ったのかボロボロ涙を零しながら泣き始めた。

「やだぁ! なんで、すこーる!!」

「まだ中に居るのか、あいつ!」

 飛び上がって球体に手を伸ばす、それと同時に中から高速で撃ち出されたのは一振りの刀。

「ごっ!?」

 喉元に直撃して、弾き返されて石畳に背中から叩き付けられる。

「ごふっ、おぐっ……くそ、なんだ」

 近くに落ちた刀には紙が結びつけてあった。それに目をやっている間にも球体は小さくなり、そして消えてしまう。

「……どういうことだよ、おい、スコール!」

 呼んだところで返事など無く、刀を拾い上げて紙を広げてみれば殴り書きがあった。

『このバカをレイアの所に連れて行け

 後のことは全部ペルソナに任せる

 以上』

 と。



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