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獲物

「いくらで買い取る?」

 積荷は何もなく、戦果もなしに帰ったんじゃ意味が無いと。

「……あのねえ」

「そういう約束だろ」

 使えない女の子を回収して帰ったスコールは、彼女らを売ってしまおうと。

「戦い向きじゃない子はウチで買ってあげるよとは言った、言ったけど」

「だから買い取れ」

「いくらなんでもフリーランサーならまだしも斡旋所に所属してる子はお断りよ!」

 縛り上げられたアーヴェとシンティラは商品として娼館にいた。しかし売れそうにはない。

「ここの雇われどもの実力なら互角だろ」

「被害が出る前提で話をしないで頂戴? ここはあくまで娼館であって傭兵を拷問する場所じゃないのよ」

「だったら手足の一本くらい切り落として鎖に繋いでおけば」

「そんなことすると思う?」

「だったら今から斬る。相場の半値以下でいい、買え」

「やーよ」

「取りあえず次の目標に取りかかる前に支度金が欲しい」

「だったら素直に言いなさいよ、それくらいなら出してあげるわ」

負債こいつらの処分も含めて」

「要らないって言ってるでしょうが! そこらの路地裏で始末なさい!」

「チッ、折角捕まえてきたのに」

「わざとらしく言わないでくれる?」

「こいつらカザークの所属だぞ、強請ったらカネは出すと思うが」

「そんな儲けは要らないの、ウチは綺麗な利益が欲しいのよ」

「表向きは、だろ」

「この話は終わりにしましょう。もうすぐ別のお客さんが来る予定なの」

「仕方ないか。次の標的は」

「今夜、北門から出て行く連中がいるわ。あの評判の悪い娼館の人狩り部隊と輸送隊、確実に殺して頂戴。積荷はこの都市に戻さなければ好きにしなさい、さすがにあれは買い取れないから」

「了解した」

 二人を引っ張って部屋から出るとエレンも続いて出てきた。

「客ってのは」

「そういうのは聞いちゃダメよ」

「お前をご指名か。いい金づるが居るじゃないか」

「……なんで分かるの」

「いつもの娼婦の格好じゃないのと香水が違う。だったらそこらの客じゃないって事だろ」

「そーよ、いいとこのお坊ちゃんよ。ウチを抱きたいって、かなりの額を出してきたから」

「身請けだけは」

「んなことしないわ!」

 珍しく拳が飛んで来た。

 怒る理由は知っている。

 まだまだ若いのになんで娼館の主なんてやっているのか、それを知っているからこそそのことには深入りしない。

「それじゃ」

「えぇ、またね」

 客を出迎えるために広間へと向かうエレンとは逆方向、住み込みで働く者たちが寝泊まりする一郭へとスコールは足を向ける。部屋の掃除を条件にちょっと広めの八人部屋を借り受けている。

「おにーさーん?」

 縛られながらも呑気な口調でアーヴェが話しかけてくる。隣には今にも泣き出しそうな魔術師がいるというのに。

「今ならまだ黙ってて上げるからー……解放しない? カザークって敵に回すと怖いよー」

「だったら可能性は排除しよう。お前ら二人、ここで殺すと言うことで」

 黙っている、その保証は? 確定で無い以上は確定させるまでのこと。

「いやーそれちょっときついなーおにーさん」

 苦笑いで言うアーヴェだが、スコールの目は本気でもなくしかし冗談かと聞かれたら分からない無表情。どう答えれば自分の命が先に繋がるのか分からない。

 試しに胸元を指で引っ張って、胸をチラッチラッと。視線を向けると、興味を示したようでスコールが表情を変えた。

「かなりきつめに縛ったはずだが、よく解いたな」

 気付かせずに拘束を解いた方に感心しただけだった。色仕掛けは通用しない。

「おにーさん……枯れてるー?」

「それは他人が決めることだ。自分で評価することじゃない」

「……そう言えばおにーさん、傷は」

 確かに脇腹を刺して、真横に振り抜いて腹に致命傷を負わせたはずだが。

「あの程度は脅威にならん」

 平気な顔で言う、その以前にあれほどの傷を負って平気で動けるはずがない。さっと服をめくってみるが、その肌を見たアーヴェは何も言わずに手を離した。

「大抵のやつはそういう反応だよ」

「どういう経験すれば、そんなに傷だらけになるの」

「さあな」

 立ち止まると部屋の戸に手を掛けて開けた。

 中ではホノカが目を覚ましていた。ベッドの上で起き上がってはいるが、全身あちこちに手当を受けて歩ける状態とは言えない。

「当面は休んでろ。動けるようになってもしばらくは」

「ユキちゃんは!」

 開口一番がそれだった。

「居ないって事は、そういうことだ」

 簡単に返事をすると、シンティラを引きずり込んでアーヴェにも入るよう促す。スコールは押収した武器の入った袋を投げ渡し、自分の荷物からナイフを取り出す。

「お前ら二人、今夜相手しろ。逃げたら殺す、それまでは自由だ」

「ちょっとスコール! それどういうこと!」

「不明。生きてるか死んでるかも分からん」

「いいのかなーおにーさん? 逃げちゃうよー?」

「出来るもんならやってみろよ」

 シンティラを引き寄せて体を拘束する縄を切る。最初から解くことを考えて縛り上げていない。逃げられたら困るから、まず解けないように縛っているのだ。それを自力で解いたアーヴェの実力は評価するところ。

「てかーふつー武器って取り上げるよね」

「普通は、な。ま、夜までは好きにしろ」

「こっちを無視しないでよ! ユキは!」

「んじゃぁ……散歩でも行こっか、シンティラ」

「夜、中庭でな」

「はーい」

「仲間ほっといて女といちゃつくな、あっ」

 ベッドから降りようとして、そのまま顔面から床に落ちそうになり、すんでの所でスコールが肩を支えた。

「まだ動くな。骨は折れてないにしろそれだけ打ったら日常生活にも支障がでる」

「チッ……ミコトは、私より酷いみたいだけど」

 薄い毛布をかけられているが、その妙な凹凸を見れば普通ではないとすぐに分かる。

「両足骨折、肋骨にヒビ、それと肩も脱臼。腕は内出血が酷かった」

「あんたがあんな依頼受けなきゃこんなことには……」

「なってないだろう」

「こうなるって分かっててあんな依頼を受けたっての? バカじゃない。ミコトがこんな大怪我して、なんで」

「悪かったな。何とでも言え、この状況は想定の範囲内だ」

「スコールあんたねえ!」

 掴みかかろうとしてまたもベッドから落ちそうになり、支えられる。

「あまり動くな」

「あんたのせいでこうなったんでしょうが。しかも私らがこんな怪我してるのにいちゃついて、何あいつら? それに夜の相手って、あんたサイテー」

「あぁ最低だよ、怪我が治ったらどこにでも行け。次は死ぬかもな」

 まるで反省の色がないスコールに愛想が尽きたか、ホノカは毛布を頭から被って黙り込んだ。

「そうやって大人しくしてりゃすぐに治るさ」

 薬でも買いに行くかと、荷物を取って部屋から出ると正面に騎士が立っていた。全身を包む白い鎧、頭から膝裏まで届く羽根飾り。本隊からの伝令だ。

「その二人を始末してクレスティア隊に合流し、以後その指揮下に入れ」

「嫌だと言ったら?」

「先ほどのように不必要な仕事を作って先延ばしにするようならば、我が斬る」

「そうか、やれよ」

「貴様どこまで腐れば気が済む」

「さあ? 一応言っておくが、あいつらに手出ししたら騎士団が潰れると考えておけ」

「……女に入れ込みすぎると破滅の未来しかないと心得ろ。お前のような者、メティサーナ様がいなければとっくに殺されていてもおかし――」

 装甲の隙間からナイフを押し込んで、首に触れる程度で止める。

「下級騎士が舐めた口聞くなよ。守り切ると決めた、どれだけ嫌われようが知ったことか。守るためならなんだってやるんだよ」


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