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脱出然レド其所ハ奈落ナリ

 幾日か過ぎたある日のこと。

「やっと……光、外に」

 暗闇に慣れた目は光に眩んで景色を映せなかった。少しずつ光に慣らして、久しぶりの〝外〟へと繰り出したペルソナは大きく息を吸って吐く。蒸して淀んだ空気ではなく、冷たく澄んだそれは体を内側から浄化していく感覚だった。

 しかし眩しいと思ったその場所も慣れてみれば少し暗い。地下に比べれば遥かにマシだが湿っていて、苔のような植物が垣間見える。ここから登っていこうにもゴツゴツした岩の上は苔で滑り、更に上はネズミ返しの如く反り返って脱出を拒む。

「……っ、まあやっと外に出たし」

 果てが見えない谷間。進んでいけば奈落への入口かと思えるほどの深い闇が広がる。踏み外せば今度こそ死ぬ。

「登れそうなところは……」

 見渡す限りではどこにもない。しかしなんとか進んでいける道はある。常人ならばまず進まないような足場だが、ペルソナにとっては踏んで掴んでとにかく体をそこで支えられて進むことが出来るなら〝道〟だ。

 一歩ずつ慎重に、なんて動きでは届かない。確実に次の一歩を置ける場所を狙って飛ぶ、そしてその勢いで止めると落ちるからまら飛んでいく。次の〝道〟を見つけられなければそこで奈落へと消えていくだけ、生きて帰れたらそれでいい、落ちて死んでもそれで終わるだけだ。

「――っと」

 進む先に動くものを見つけて急制動をかけるが、滑って勢いのあまり踏み外す。

「クソッ」

 気付かれた。

 化け物が飛びかかってくる。初めて見る魔物ではない。初めて見たときは巨大な蜘蛛かと思ったが、人よりも遥かに大きな虫など存在してたまるかというのが素直な感想。解体してみれば内骨格、肉と骨がある哺乳類だった。

 対処方法などは知らない、蜘蛛と同じで垂直の壁だろうが登るし糸も使ってくる。普通なら人など捕食される側だ、しかしペルソナは……今はそれを足場として認識していた。

「それっ」

 飛びかかってきた魔物を踏んで広い場所に着地する。振り向けば落ちていく姿があり、闇の中に消えて数秒で奈落の底に叩き付けられた音が響いた。

「あんなのがいるなら一匹小さいの捕まえて……」

 谷間に見える空を見る。上手いことやれば、あいつらの壁を歩くという能力で脱出できそうだと思う。

 先を見ればここからは普通に歩いて進めるほどに足場がよく、ちらほらとさっきの魔物の骨が転がっている。適度に乾いた骨を手にとって岩に叩き付ける。折れない、これはいい武器になる。

 転がっている拳ほどの石も何個か拾ってすぐに投げられるように抱える。

 人が何故この世界で生きてこられたか? しつこく追いかける持久力と物を投げる遠距離攻撃、物を使う知恵があったからだ。それが無ければたやすく折れる腕や足、些細なことで血を流す脆弱な体など獲物でしかない。

 無いよりはマシな装備を得て歩き始める。なるべく奈落側から離れて壁側を、いつ下から這い上がってきて襲われるか、そんな警戒をしなくていい。

 しばらく進んでいると、岩陰にまた骨が見えた。折って刺せるような物でも作るかと、覗き込んでみればいい物があった。

「人の死体か」

 黄ばんでいて、装備も痛んでいる辺り古い物なのだろう。しかし装備を見るに傭兵や騎士ではなく〝神殿兵〟のもの。装備の貧相さから身分の低い兵だとは分かるが、何故こんなところにあるのかが分からない。上から落ちたか、それとも迷い込んだ? いや、あり得ない。

 狩られてここまで運ばれ、そして喰われた。その可能性が高い。装備を漁ろうと、蹴ってひっくり返すと正解だった。鎧らしきものの腹の部分は食い破られていた。頭部もたたき割られたようで砕けている。

「……死人の装備、あまり気乗りしないけど」

 使えそうな籠手を剥ぎ取って、軽く汚れをはたき落としてつける。そして白骨の手が握る錆び付いた剣、それを手を踏み砕いて奪い取る。

「無いよりはマシ、かな」

 取れる物をとって振り返った。

「…………音がないのか」

 ちょうど奈落から蜘蛛型の魔物が一匹、さっきのものよりも大きいのが上がってきた。

 ペルソナはそいつが上がりきる前に石を顔面目掛け投げつけ、怯んだ隙に距離を詰めて骨と錆びた剣を叩き付ける。何だろうが取りあえず頭部を潰してしまえばソレまで、死なずともかなりの痛手を与えられる。

「落ち、ろ!」

 もう一度叩き付けて、ふらついた魔物は奈落へと姿を消した。

 あまり長居をすると余計な物まで引きつけるだろうと、先を急いだ。

 進めば進むほどに魔物の骨も人の死体も数を増していく。いずれもが荒らされていない。物を奪っても抵抗されない、戦場での死体漁りは簡単な稼ぎになるのだが、それがされていないと言うことは人が簡単に入ってこられない場所だと言うこと。しかしこれほどの死体の数を考えれば簡単に出入りできる道はあるはずなのだ。

「嫌な感じ……死体の山?」

 避けて通れそうにないものがあった。不自然に積み重なっているそれは、何かの巣のようにも見える。

「出るなら出てこい!」

 適当に転がっている物を投げ込んでみるが、反応はない。単に骨の山……だったら何のために?

 警戒しながら近づいて、慎重にそれを登る。

 一瞬、隙間から――

「ガァァァァァァッ!」

 刃が見えたかと思った瞬間に飛び退いて正解だった。白骨の山の中から不気味な存在が姿を見せた。ガラガラと音を立てて崩れる骨の山、その音に引き寄せられて奈落から蜘蛛型の魔物が姿を見せるが、どいつも近づいてこようとはしない。

「神殿兵……その死体があるってことは、悪魔ね」

 そいつは、悪魔はペルソナを睨み付ける。ペルソナも何をしてくるか分からない以上注意を外せず、悪魔を睨み付けたままゆっくりと下がる。さすがに魔物相手ならなんとかやれるが、悪魔などは……経験が無い。

 それでも怖くて震えることはない。未知の存在ではあるがそんなものよりも怖い物を知っている。

「……ふっ、いいじゃん。面白そうで」

 錆びた剣を構える。錆びていてどうみても切れ味が悪そうな剣では、ただ斬られるよりも痛い思いをするだろう。悪魔相手にそういう常識が通用すればだが。

 取りあえずまわりの雑魚はペルソナが下がるのに合わせて距離を開けていく。どうも戦闘に巻き込まれたくないらしい。

「さって、上手いことやらないとアレを潰して蜘蛛の相手かな」


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