赤い交点
-1-
「のーけーもーのーどこだっ!」
フローがそう言い終えると勢いよく振り返る。
一番前にいるのはアカメだ、止まろうとした所で丁度振り返られたからかなり姿勢に無理がある。
動いていないか見張るフローの目線に気圧されたのか、それとも我慢出来なかったのか、アカメが動いた。
「アカメ動いた」
「だめだったー」
指摘されるとぱたぱたとフローの方に駆け寄りフローの真似をして同じように私たちの事を見張る、アカメがフローの手助けをする理由は別に無い。
「アカメの裏切り者ー」
「裏切り者ー」
「ふふーん、みんなもみちづれ?だから!」
口々に裏切ったアカメに文句を言うが最初に脱落した身分で何故か胸を張って誇らしげにアカメは答える。
私とはあまり話していないが遊び始めるとアカメはすぐに三人と仲良くなっていった、顔見知りすると思っていた二人とあんな風に言い合う程度には。
見られていない間に動く、見られている間に動いたら負け、振り返る時は『のけものどこだ』と言ってから振り返らなくてはならない、誰かがフローに触った時に一番遠くにいる人も負け、アカメも似たような遊びを知っていたようだが振り返る時に言う文言が違っていたらしい。
ともかくやるからには手は抜かない、攻めすぎず、守りすぎず、そんな速さで近付いているが一番出遅れている。
ノーラとミュノアは後二回もあれば触るのを狙える距離だ、私は今の調子だと三回は必要か、少し慎重になりすぎた。
「のーけーもーのーどー……」
ギリギリまで引き付けるように今度は間延びした声。
後二回で行ける所を一回で無理に進もうとした所を狙っているのだろうか、その手に乗ってやる事にする。
自分でも珍しいと思うぐらい一気に駆ける、慎重に近付く二人を追い越し一番前に出る、それに釣られて焦った二人も慌てて動きを早めるがもう遅い、フローはもうすぐに振り返る。
走ってたんじゃ間に合わない、振り返る直前大きく前に跳ぶ。
「こーだっ!」
すぐ後ろに着地するのと同時にフローが振り返った。
前のめりにつんのめった態勢を無理やり保つ、正直長持ちしそうにない。
「わっ、びっくり……!?」
……声音に違和感があった、一番遠くにいた筈の私が目の前にいる事ではなくそれ以外の事に驚いているような印象だった。
突然肩を強く押され突き倒された、尻餅をつくとフローを見上げる、私を見て軽蔑に近しい感情を向けているようだった。
「なんで、亜獣なんかがここにいるんだよ!」
「え、ま、まって!」
「なんだよ!こいつの味方するのか!」
「なんでおこってるの!?けんかしちゃだめだよ!」
「こ、のっ……!」
今すぐにでも私に殴りかかろうとしていたのをアカメが慌てて割って入って、そのまま取っ組み合いになった。
頭に被っていた袋が外れている、さっき跳んだ時にめくれてしまったのだろう、それで私の耳を見て獣人だと分かった、だとしたらあの反応は……嫌な連想、そういう考えがある事を知識としては知っている、私が拒絶されるのは別に構わないし気にもしない、ただアカメはきっとそうじゃない。
「アカメ、待っ……」
びり、と破れる音が聞こえると、アカメの顔がはっきり見えるようになった。
フローの表情は何かまずい物でも見たように青ざめていく、さっき私に向けた物とは違う、軽蔑ではなく怯えや恐怖。
「な、なんだよ!なんで、忌み子が……!なんで、化け物がいるんだよ!」
そう言うと何かはっとした様子で状況の分かっていない様子のノーラとミュノアの元に駆け寄り、二人を自分の背中に隠した、目は涙組みながらも、私たちから、アカメから視線を外さない。
……あの目を私はよく知ってる、自分を犠牲にしてでも守ろうとする目、怯えを噛み殺してそれでも立とうとする目、何度も見た事のある決断した者の目だ。
「なに?なんで喧嘩してたの?」
「フローなんか怖いよ……」
二人の反応はどういう状況なのか分かっていない、私も理解できている訳ではないがそれでも分かるのはここにいるべきではない事。
「アカメ、行こう、早く」
「……」
返事はない、それでもアカメの手を無理やり引いてここから走り去る。
公園を出ると来た時と比べて人の往来が増え始めているのが分かった、幸いこの辺りは道が入り組んでいる、人目を避けるために手近な路地に入り込む。
「誰か!誰かいませんか!化け物が!忌み子がいるんです!」
後ろからはそんな声が聞こえた。
-2-
「ここでいてください、話聞いてきます」
少し先、公園の入口らしい所の前に人が集まり出しているのが見えた、向かう足を緩めず、ビバさんにそう伝え公園を一番前で覗いている人に話し掛ける。
「すみません、悲鳴みたいなの聞こえましたけど何かあったんですか?」
「忌み子がいたんだってよ、子供の悪戯にしては笑えないな」
中を見てみると二つある入り口は衛兵が二人ずついて人が中に入らないようにしていた、あまり遊具の類いの無い公園の中央には衛兵が二人、その側には子供が三人、一人は泣きじゃくっているのを衛兵に宥められていて、残りの二人はこの状況が良く分かっていない様子だった。
「どこにいったのか分かりますか?」
「いや知らないけど、そもそもどうやってクルクスに入ってくんだよ」
方法は気にしても仕方ない、返答に困っていると子供のそばにいた衛兵の一人が小走りに近付いてくるのが見えた、入口に立っている衛兵に耳打ちすると僅かに表情が険しい物に変わる。
「お騒がせして申し訳ない、忌み子が見つかったそうです、念のため避難の準備をお願いします」
説明している本人も納得している様子ではなさそうだけど、衛兵の説明を聞くと最初から何か示し合わせていたように辺りの人は散っていった。
……そもそもなんでこの場に衛兵がこんなに居合わせる?声が聞こえたのはついさっき、巡回にしては密度が高過ぎる、何か理由があってこの近辺を重点的に巡回していたなら?さっきの様子もそうだ、事前にこの事態を予測できたなら?何か知っていてそれをあの子の言葉が裏付けた?
……一度ビバさんの元に戻る、言った通り目立たないように道の隅で喧騒を眺めている、私が戻ってきても特に反応は無い、強めに肩を叩くと体を僅かに跳ねさせ、視線を私に向ける。
「何調べてたんです?」
「説明するより実際にシルバもやってみた方が早いかな、ちょっと魔力見てみて」
意味深な物言い、ともかく魔力を調べればいいらしい、目を閉じ意識を自分の外側に向ける。
周囲の魔力がどこかに引き寄せられているのはすぐに分かった、ビバさんがわざわざ意味深な物言いをした理由も分かった。
引き寄せられる感覚が不規則に変わっている、道具を使っているならこうはならない、似ている感覚を言うなら呼吸とか鼓動とかそんな感覚。
他に引っ掛かる点があるとするなら、わざわざこんなやり方する理由が分からない、もっと効率が良い方法がある筈だ。
「わざわざこんなやり方する理由って……」
不意に点いていなかった街灯が短い点滅を繰り返し始めた。
人のどよめきが聞こえ始め、街の至る所から淡い青色がいくつも同じ方向に向かって伸びていく。
ぞわ、と全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。
ふと手を見ると微かに青く光り魔力が抜けていくのが分かった、少し集中して気をつければそれは収まった。
何が起きているのかは分からない、それでも分かるのはこの線の先に尋常ではない量のが集まっていること、魔力の流れていく方に目を向ける、狭い路地に繋がる道、魔力はそこに向かって流れている。
-3-
随分走った、しばらく運動らしい運動をしていないせいで体が鈍っているのを感じる、一度足を止め肩で息をしながら辺りに耳を澄ませると私たちが来た方が少し騒がしい、きっかけは……恐らく私たちだろう。
「怪我、してない?」
「うん、平気……ごめんね、私がぬけだそうっていったから……」
振り向いてアカメの様子を見てみると疲れている様子も無いし怪我がないのは何よりだが、俯いて沈み込んでいる、アカメの顔を覗き込むと今にも泣き出してしまいそうな様子だった。
理由は察しがつく、自分が言い出した事がきっかけでこんな事になってしまったのを負い目に感じているのと、直前まで一緒に遊んでいた筈の相手にあそこまで強く拒絶されるのはアカメにとって初めての事だろう。
「私、ばけものなのかな……」
「私はそう思わないし、相手が怒ってる時に言った事はあんまり気にしなくていい、勢いで思ってない事言う時もあるから」
「うん……えへへ、ありがと、もうかえろっか」
結局、問題は何も解決していない。
あそこに戻るべきではないとどうやって伝えればいい?アカメの里親が殺されている事をどうやって伝えればいい?これから私はどうするべきなんだ?アカメを連れてどこに行くべきなんだ?
「テイルス?」
「……何でもない」
そうだとしもあの家に戻る以外に出来る事は思い付かなかった。
誰にも見つからずに戻る必要がある、さっきは子供だったから誰かに助けを求めた、それが大人だったならどうなるか分かったものではない。
「アカメの破れてる、私のと交換しよう」
「いいの?」
「ずっと被ってたら耳塞がって気持ち悪かったからいい」
手早く交換をすませるとやっぱり気に入っているのか改めて目深に被り直した、私の方は被れない事もないが歩いていると耳のせいでずり落ちる。
来た道をそのまま戻るのはやめておいた方がいい、戻るのに少し遠回りする必要はあるがおおよその位置と方角は分かっている以上問題は無い筈、時間を掛ければ騒ぎが大きくなる、急いだ方がいい。
「こっちの道から帰ろう、道は何となく分かるから」
狭い路地をアカメの手を引いて小走りに行く。
「なんでいそいでるの?」
「お腹空いたし、雨降りそうだからっ」
本当の事は言わずに誤魔化す、実際少し小腹が空いているし、雨の中歩くのも嫌だから嘘は言っていない。
路地の交点、曲がり角、階段の入口、死角に誰かいるかも知れない場所では耳を澄ませ少し速度を落とし、誰もいないのを確認してから素早く通り抜ける。
アカメも私の見よう見まねではあるが面白がって何となく忍んでいるように思える、説明する手間が省けて良かった。
おおよその方角と距離は間違えていない筈、この路地を抜ければ見覚えのある道に出る、後少しだ。
そんな折、路地に入ってくる影が見えた、慌てて耳を畳み破れてる袋を被り直す、すれ違い様を誤魔化せればそれだけでいい。
何かに苛ついている様子の男、乱暴な歩調で私たちの方に向かってくる。
歩調は変えず、さっきまでと同じように、不自然に思われれば意識が向く、意識が向けられば気付かれる可能性がある。
子供二人が雨が降りそうだから急いで帰っているだけ、そう思われればいい、その筈だったのに
すれ違う直前、男は私に二本の指先を向けた。
何かが破裂するような音が聞こえて、少し遅れて自分の体が地面から離れているのに気付いた。
頭を強く殴られたような痛みが襲ってくると私は地面に倒れていて、それに引っ張られてアカメも転んでいた、意図せず頭に触れた手の平は不快に湿っていて見れば真っ赤に染まっている。
「テイルス、だいじょうぶ?……テイルス?」
酷い血の臭い、体が動かない、アカメの声が遠く感じる、視界がぼやけて呼吸が浅くなっていくのが分かる。
「言ってた通りだったな、なんで亜獣なんかが街にいやがんだ、あ?」
最期に聞こえたのは悪態をつく男の声だった。
-4-
路地の出口、ここから慌てて離れようとする見覚えのある男が一人、その先には地面に倒れているティルと、そのすぐ側に竜人の女の子が座り込んでいて辺りの魔力はその女の子に向かって伸びているようだった。
「っ、ティル!」
私の声を掻き消すように轟音と激しい閃光が辺りを包む、空気が振動して体を強く叩かれたように感じる。
光が弱くなるとさっきまでは無かった何かが目の前にいた。
輪郭のはっきりしない巨大で白い霧のような何か、そこに血を一滴落としたような赤い球体が二つ、それが目のように見えるおかげで形が何となく掴めてきた。
竜のように見えるそれは明確な敵意を私たちに……いや、逃げていく男に向けていた。
前足を連想させるような白い霧が大きく振り上げられる。
地面を強く蹴り、振り下ろされるもやの脇を潜り抜け、男を掴み勢いのまま通りに飛び出る。
いつも通りの感覚で停止する……筈だった、ほんの一瞬だけ遅れて止まりきれず、道を滑るように大通りを横切る。
「今のは……」
考える私の手を乱暴に振りほどかれ男はこの場から逃げ出した、少なくともティルと竜人の子に何かした、もしくは何かあった、追い掛けるべきなんだろうけど今はそれどころじゃない。
辺りを見渡し、状況を確認する。
そこにいた筈のティルと竜人の女の子の姿は見当たらない、さっきの音を不安に感じている人、怯えている人、そのほとんどは路地の方角に顔を向けていて、近くにいた何人かだけは通りから飛び出てきた私を見ていた。
相変わらず魔力はあの霧に向かっていてここにいる全員が何か起きているのは感じ取っているのは分かる、ずんと地面が揺れると隙間から漏れ出るように巨体が現れ、何かを探すように首を高く上げる。
何が起きているのか分からず固まっている人達を引き戻すように高い音が短く響いた。
「ば、化け物だぁぁぁ!!」
それを切っ掛けに辺りにいた人達は悲鳴を上げながら逃げ去っていく、幸い人通りはそれほど多くはない、落ち着いて逃げれば怪我なくここを離れられるだろう、後は……
「手は出さないで!何とかしてみる!」
さっきの音はビバさんが出した物、昔に決めた事のある合図の一つ、一旦任せてとかそんな意味。
当の本人は警戒しながらもすぐ横を通り抜けてもやの正面……少なくとも体の正面に見える位置に立つと深く息を吐くと目を閉じ集中し始めた。
手を出すな、と言われたからには従うつもりだけど何とか出来るんだろうか。
ビバさんの邪魔が入らないように周囲の警戒は続けておく、敵対的な様子を私たちに見せていない以上戦わずに何とかできるのかもしれない。
少しして巨体はビバさんに顔を寄せるとじっと見つめる、所作が何となく小動物的というか子供っぽい印象だ。
………………不意に違和感を覚えた、ここに来たときに感じたのを何倍にも大きくしたような違和感、それと同時に巨体は咆哮をあげ体を翻す。
「っ、……?」
反応が遅れて巻き込まれそうになったビバさんを抱えて大きく距離を取る、止まりきれず再度地面を滑るように減速し相対する。
さっきまでと比べて魔力が強く引き寄せられている、気を付けていても多少持っていかれるぐらいには。
「助かった、こっちの声は分かるみたいだったけど何かに邪魔された、薄々勘づいてると思うけどシルバの探してる子はあの中だよ、とにかく……」
二人とも態勢を整え、何とかしようか、と言葉が続く前にお互いの視線が同じところに向いて固まった。
輪郭のぼやけた姿しか分からなかったそれが今ははっきりと形を成していた、全身を覆う白い鱗、鋭い爪を持った四本足、赤い瞳、額から伸びた一本角、私の知っている竜そのもの。
何があったのかは分からない、少なくともあの竜は私たちに明確に敵意を向けているのは分かる。
「出来るだけ、頑張ろうか」
何とかする、からは随分遠い言葉を呟いた
今回の更新はここまでになります。




