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ナインテイルス ~異世界九尾語り~  作者: クルマキ
五章 その手を取って君の名を呼ぶ
68/102

初対面の因縁

-1-


「お」


何度目かの鍵がするりと入った、そのまま鍵を捻るとがちゃん、と重たい音が聞こえた。


重たい扉を開けると無精髭を生やした大柄の男の人が憔悴しきった様子で扉の枠を支えにしながらしばらくぶりに見るだろう明かりに目を細めていた。


「あ、あぁ……助かった……水を、もっていないか?」


「あ、はい、どうぞ」


私が水筒を渡すと中身を一気に飲み干して、少し咳き込むと、袖で口元を乱暴に拭いながら水筒を返してきたので受け取る。


「あの、歩けますか?」


体格差はあるけど、それでも肩を貸してあげれば少しは楽になる筈だ。


肩を貸して、歩き出そうとした所で動きが止まった。


見上げると男の人の表情が少しずつ苦いものに変わっていく、何かまずいものでも見てしまったようなそんな表情。


何かあったのだろうか、と視線の先を辿る。


「なんであんたがここにいる!?クリミナに行ったんじゃなかったのか?!」


視線の先にいたのは先輩だった、それと同時に背中を強く叩かれ、体が前に押し出されるとさっきまで肩に乗っていた腕が私の首元を押さえ付ける。


抵抗しようとしても体が動かない、それと同時に冷たく、鋭い何かが首に触れたのが分かった。


「俺に近寄るんじゃねえ!少しでも妙な真似してみろ!こいつの首を掻ききってやるからなぁ!」


突然の事で何が起きたのか、分からないけど、私が人質、のようだ。


冷静に、冷静に、何度もそう言い聞かせて状況を少しでも確かめる。


体は動かないけど目は動かせる、口も動かせる、多分声も出せる、けど魔力はほとんど使えない、何かに無理矢理押さえ付けられているような、そんな感覚だ。


先輩は抵抗の意思が無いことを示すように両手を頭の後ろにやっていた。


首に触れているのは父さんから貰った短剣、呼吸の度に僅かに食い込んで少し痛い。


「よ、よし、距離はそのまま、俺に着いてこい」


先輩の状況を見てか、動けない私を引き摺るようにして部屋の中に後ずさると先輩もそれに続いた。


部屋の中に入ると扉から離れ壁を背負うように立ち、入ってきた先輩に部屋の奥へ進むように顎で指した。


先輩が部屋の奥の壁に背をつけたのを確認すると、体をそっちに向けたまま横歩きに扉に向かう。


「鍵、鍵はどこだ」


少しでも抵抗しようと私が答えないでいると切っ先の触れている所が鋭く痛む。


「いっ……」


「扉についたままの筈だ」


先輩をここに閉じ込めるつもりだ、そうなる前に何かしないと、何とかして切っ掛けを作らないと、どうやって?


出来ることがあまりに少なくて、取れる選択肢が思い付かない。


もう一度、何か使えるものが無いか必死に探す。

今の私に出来ること……今使ってる明かりは私がつけた物だ、だから私の後を着いてきている。


魔力がほとんど使えなくても繋がりを切るぐらいは出来る筈だ、それなら……

先輩ならやってくれると投げっぱなしの信頼を押し付ける。


今までやってた事を普段通りにするだけでいいんだ、大丈夫だと自分を鼓舞する。


息を整えて、普段通り、普段通りに、先輩が動ける切っ掛けを作るんだ……魔力の繋がりを切ると明かりが消えて一瞬ぼんやりと先輩の輪郭が見えて見えなくなった。


体の正面で僅かに風を感じるのと鋭く風を切る音が耳のすぐ上で聞こえるのと何かが破裂するような短くて甲高い音が同時に聞こえてすぐに


「ぶべっ」


そんな声が聞こえると重たい物が床に落ちる鈍い音が聞こえて、からんと明かりが床に落ちた音が部屋に響いた。


突然体が動くようになって、力がうまく入れられずその場に座り込んでしまった、私が座り込んですぐに明かりが浮かべられると先輩が手を差し出してくれた。


「助かった、立てる?」


差し出された手を両手で掴んで立ち上がる。

何とかなった、みたいだ。


-2-


明かりが消えるのと同時、一息も掛けずに男との距離を詰める。


間に薄く防壁を張った状態の手を刃とラズリアとの間に潜り込ませ、刃を掴んで引き剥がす、同時にもう片方の手を振りかぶり、男の頭を横から思いっきり殴り抜ける。


「ぶべっ」


短く風を切る音と一緒にそんな声が聞こえると男が床に倒れた鈍い音が聞こえて、明かりが落ちた高い音が部屋に響いた。


「助かった、立てる?」


持っている明かりを浮かべ、床に座り込んでいたラズリアに手を差し出すと両手で掴んで立ち上がる。


「だい……じょぶっす、はい」


「首見せて、治すから」


そう言うと傷が見えやすいように首を傾げる、傷は浅い、これぐらいの傷なら私にでも綺麗に治せるだろう。


「ひゃっ」


傷を手で覆うように触れるとラズリアが短く声をあげた。


「よくやろうって思ったね」


「先輩なら何とかしてくれるって信じてたっすから!」


何かしようとしてるのは見て分かった、あの状況でよく落ち着いていたなと思う、色々あったせいで肝が据わってきたのかもしれない。


自信がつき始めた頃が一番危ないけど、その自信に助けられた側としてはあまり強く言えない。


「自信がつき始めた時が一番危ないから、程々にね……よし、終わり、それとこれ返すよ」


無事に終わってよかった、次からは気を付けよう、それでいいだろう、刃を握ったままだったラズリアの短剣を持ち直して柄を差し出すと、わざとらしく両手の平を上に向け、少しだけ膝を曲げた。


手の平を渡すように短剣を載せてやるけどそれ以上は反応してやらない。


話に区切りをつけ、伸びている男の元に向かう、閉じ込められていた被害者だと思っていたけどさっきの様子だと違うようだ、口封じと言っていた、何か知っているのは間違いない、何にしてもこのまま調査を続ける訳には行かなくなった。


「とりあえず……この部屋調べたら一旦マーチェスに戻ろうか、この人の事も何とかしないといけないし」


「了解っす」


他を調べるならともかく、ここを調べるぐらいの時間はあるはずだ。


ここに閉じ込められていたのならこの部屋の中に危険は無いだろう、調べる前に途中で目が覚めて暴れられないよう男を拘束した上で改めて眠らせておく。


「さて……」


改めて部屋を見渡しても特に何も置いていない、部屋の両隅に備え付けのベッドが一つずつ。


「普通の部屋って感じっすね」


「マーチェスの独房がこんな感じだったよ、ベッドは一つだったけど」


「……反応に困るっすよ、それ」


それから隣の部屋にトイレと風呂場、牢屋かと思ったけど生活環境が意外と充実している、食事さえあれば最低限生活できる程度の空間だ。


風呂とトイレが使えるか確かめてみたけど反応はない、いつから使えなかったかは知らないけどそれにしたって清潔すぎる。


「水の腐った臭いがしないから最近まで使われてたと思うよ」


「……ん?えぇ……?……ちょっと調べてもいいっすか?」


反応が無いか一通り試していると、ラズリアが訝しげにトイレを睨んでいた。 


場所を譲ると持ってきていたケースを開くと、どれを使うか悩むように引き出しの前で指を遊ばせていた、別に変形させなくても使えるらしい、ここだと変形させる場所が無いのもあるか。


「遺跡のだけど分かるの?」


「仕組み自体は今とそんなに変わらない筈っすから、大丈夫と思うっすよ」


そう言いながらいくつかの道具を取り出してトイレの一部を分解していく。


ラズリアが調べている間、することも無いから部屋の方をもう少し調べておこう。


「……毛?」


それぞれのベッドに髪の毛らしい物が落ちていた、一つは金色の長い髪、もう一つは白色で少し縮れている。


金色の毛はティルの可能性がある、そう思ってもおかしくない証拠は見つかっている。


もう一つは……ここに捕まっていたもう一人だろうか、この人と一緒にここから抜け出した、その人は多分あの悪魔を殺せるだけの魔法を使えて……ここに誰がいたのかは、あの男に聞けば分かるだろう。


「分かんなくなってきたな……」


あの男の様子を見るにしばらく水分を取っていなかったのだろう、ここを使っていたとは思えない。


使えなくなったのは閉じ込められてから、と考えると時間はある程度絞れるだろうけど、問題はいつから閉じ込められていたかだ。


何日経ったのか分からないと言っていた、この部屋の中でいれば時間の感覚もおかしくなるだろう、言葉から推測は出来そうにない。


水を飲まずに生きていけるのは人間の場合精々三日だったか、あの様子からして閉じ込められてからそこまで日は経っていない筈。


水が使えなくなったのは閉じ込められてから、それまでは使われていた。


男を閉じ込めた誰かがこの中にいた、その誰かは金色の髪と白色の髪をした二人組で、一人は少なくとも子供で、鍵を持ち出してあの船に乗った?あの足跡がティルの物だとすれば、どうしてあんな風に残っていた?


どうすればそうなるのか、辻褄を合わせようと考えていると不意に水が流れる音が聞こえた。


動かない原因を探す筈だったのに動いている、考えるのを一旦止め、風呂場に戻ってラズリアの横につく。


「動いたみたいだけど」


「魔力の供給さえあれば動くみたいっす、こんな感じで」


そう言って手に持っていた何かの道具を触れさせると再度水が流れた。


「炉心が付いてないタイプみたいで、だからどこか別の所から魔力を供給してたんだと思います、それっぽい配管があったんで」


「故障とかではなかったって事ね」


「……でも、最近まで使われてたんすよね?ここ」


「誰かがその供給を絶ったんだろうけど、なら誰が?ってなってる」


少なくともこの遺跡にはあの男とは他に誰かがいた、この部屋の中にも、この部屋の外にも。


最近まで使われていた遺跡、持ち出された鍵、船、ティルの着けていた飾り紐、金色の長毛、こじつけるには十分足りるか。


「……もう少し調べていたいけどそろそろ戻ろうか、あっちの人は私が背負ってくよ」


「了解っす」


男の口から出た言葉が気掛かりだ、私を誰かと勘違いしていた、突然敵意を向けられた。


そうある事ではない筈なのに二度も経験した、どちらも状況が似ている、あの日から……ティルに会った日からどうにも妙なことばかり起きる。


こじつけかも知れない、私が勝手にそう思いたいだけかも知れない、そうだとしても、母さんの手掛かりに繋がっているような気がしてならない。


「にしても、クリミナか……」


そこでその名前が出てくるのも、何か関係あるんだろうか。

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