所変わって
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下流と比べると川の流れは早い、雨の影響もあるだろう。
元々船はこの辺りに置いていたらしい、ここから少し川を上るとこの前川下りした場所がある、雨が降る時は流されないように事前にこの辺りに船を揚げておくらしい。
船のあっただろう場所は雨で濡れていないからすぐに分かった、緩やかな斜面になっていて相応の力を加えれば川まで滑り落ちるだろう。
船のあった場所から小さな木片が川に向かって点々と落ちているのが見つかった、恐らくは船底が削れた物。
それから眼鏡を通してみると微かに歪んで見える、少なくともここに何かいたのは間違いないらしい、魔力が消えているのはこの辺りまでのようだ、丁度森を境にして青い霧のような物が掛かっている。
「陸に揚がってる状態で船の魔動機が暴走したら、こんな感じになると思う?」
「うーむ……」
ラズリアに聞いてみると顎に手を当てて、唸りながら僅かに背伸びをして川に続く破片を順に眺め、何か計算するように指を動かしている。
「なるとは思うんすけど……順番おかしくないっすか?」
ラズリアの言いたい事は分かる、魔動機が暴走した原因は悪魔が関係している可能性が高い。
暴走している船に飛び乗るような事をしなければ、暴走した時には既に船に乗っている必要がある。
この船に乗っていてそれから船が暴走する状況、船が暴走した後、あの悪魔が下流まで追ってきた?
「考えても分かんないな……」
一番重要な事がまだ分かっていない、悪魔はどこから来たのか。
ティルを拐った組織と悪魔を呼び出した組織は同じと見ていい、なら悪魔の情報を集めていけば何か分かるかもしれない。
歪みを辿っていくと森に向かって続いている。
悪魔の死体にはガルムと争ったような傷があった、この辺りでガルムの生息している辺りを調べれば何か分かるだろうか。
「ここで調べられそうなの、私は思い付かないけどラズリアはある?無いなら森に入ろうと思うんだけど」
「流石に木片だけじゃ何にも分かんないっすね……」
-2-
森に入ると歪みは魔力に紛れて見えにくくなってしまったが、代わりにさっき見つけた足跡が残っていた。
足跡を辿って少しぬかるんだ森を歩いているとラズリアが不意に顔をしかめ、袖で口元を隠すと森の奥を睨む。
「なんか、すごい臭いするんすけど……」
そう言ってラズリアが森の奥を指差す、数度臭いを嗅いでみても私にはわからない、指差す先を見てもおかしな物は見当たらない、何かあるなら事前に確認しておいた方がいいか。
「周りの警戒お願い」
「了解っす、何かあったら叩くっすね」
三度目だからか、いい加減何をするのか分かったようだ。
目を閉じ、一度深呼吸、体の力を抜いて意識を外側に集中させる。
魔力に微かに違和感がある、恐らくは悪魔の物、自然の魔力と混ざっていて辿るには少し難しい、枝葉が風に揺れる音と遠くから水の流れる音が聞こえてくる。
それからラズリアの言うように異臭がする、血の臭い……なのだが濃すぎる、魔物の死体が一つや二つ転がっているだけでこんな臭いにはならない。
関係があるかはまだ分からないけど調べる価値はある、それに足跡はその異臭の方から続いているようだ。
目を開け、深く息を吐く。
「これからは後ろじゃなく隣を歩いて、何かあってからでもそれなら何とか出来ると思うから」
「それってどういう……」
「何があるか分からないってこと、些細な事でもいいから何か気付いたらすぐに教えて」
ラズリアと足並みを揃えて森の奥へ進む。
森の中は不気味な程に静かだ、土を踏み締める音と枝葉が揺れる音しか聞こえてこない。
いつもならどこかから聞こえてくる魔物の鳴き声も少しも聞こえてこない、静かすぎる。
警戒を緩めず臭いの方向へしばらく歩いていくと臭いの原因らしい物を見つけた。
恐らくはガルムの死体、何故断定できないのかと言えば残っているのが血に塗れている潰れた毛皮と飛び散った肉片と砕けた骨片、地面に残った血の染みだけだから。
「あんまり見ない方がいいよ」
「……うっす」
視界に入れないように余所を向くと鼻を摘まんでどこか遠くの方を眺め始めた。
初めての依頼の時にやれた方がいい、と言ったがここまで状態の酷いものを調べさせようとは思わない、とはいえここまで死体の損壊が酷いと分かることはそう多くない。
相当な力を加えられただろう事、近くに悪魔らしい足跡が見つかった事。
この死体は臭いの原因ではない、この死体だけの臭いにしては強すぎる、他にも死体がある、あの悪魔がやったと考えるのが妥当だろうが……それにしたって異常な状況だ。
悪魔の足跡は奥に続いている、その先の景色は眼鏡越しに見ると少し歪んで見える。
足跡を辿って奥に向かうと不意に景色の色が一変した。
目に見える土も木も草も黒ずんだ物で汚れていて、酷く血生臭い。
いくつものガルムの死体、目につくだけでも軽く十は越える。
胴体が捻れた死体、上半身の無い死体、下半身の無い死体、上顎から二つに裂けた死体。
折れた骨が皮膚を突き破っている死体もあった、さっき見たような潰れた死体もあった。
この辺りの景色はこれまでと比べて一番歪んで見える、死体が残っているからウーズが食べる前だろう、死んでからそれほど日が経っている訳ではないようだ。
「うぇ……」
「……私だけでやるよ、嫌なのは分かるけどあんまり離れないようにして」
尋常ではないのは勿論として、調べない訳にもいかない、横で露骨にげんなりしているラズリアのためにも早く終わらせよう。
-3-
悪魔の死体にはガルムと争ったらしい傷が残っていたがここで争っていたんだろうか、争ったとしても恐らくは一方的な物、この死体を作ったのは悪魔と考えて間違いないだろうけど……それにしても酷い状況だ。
どの死体も損壊が酷く、角が根本から折られている、辺りを見渡しても折れた角は見当たらない。
それに足跡の残り方も妙だ、悪魔の足跡はこの辺りを歩き回ったのか足跡がいくつか重なっていて、森の奥に向かって続いている。
足跡を追っていくと少し離れた所にガルムの死体を二つ見つけた。
どちらも比較的原形を留めているが、比べる相手が悪いか。
一つは喰い千切られた跡のある死体、残った歯形は恐らく悪魔の物だ。
もう一つはいくつものガルムの角が突き刺さった死体、この死体だけは他と違って足を押し潰されたような跡がある。
「……」
不可解な点が多い、争った理由は……外敵を追い払うため、縄張りを守るため、食事のため、何かしら理由がある筈だ。
ガルムが争う理由は分かる、外敵を追い払うためだろう、外敵には群れ全体で対応して、追い払う習性があるのは知っている、その為に悪魔と争って、ここで死んだんだろう。
悪魔側は……どうやってここに来たのかは考えないとしても、ガルムの縄張りに入り込んだ。
襲われたから殺したと言えばそうだが、殴り殺した物や強引に引き千切られたのは分かる、力を加えるだけで殺せるなら自然だろう。
離れた場所にあった死体は争っていたにしてはあまりにも死体の状態が不自然だ。
他の死体とは違って、ガルムの角が何本も突き刺さっていた。
刺さっている箇所は主に胴体に集中していて、一つだけが地面に縫い止めるように頭に深く突き刺さっている。
この角は恐らくさっきの角の折られた死体のもの、あそこでガルムの角を折って……わざわざここに来た?
この死体だけ足を潰されているのは何故だ、わざわざそんな事しなくても殺せるだけの力はある筈だ。
足を潰した上で、角を折ってここに戻ってきて、それを突き刺す理由……確証を得るためにも改めて角の突き刺さったガルムの死体を調べる。
ガルムの急所となる場所は頭部、両前足の付け根の内側、下腹部、主に重要な器官がある場所、そこを突いてやれば素人でもそれなりに楽に対処できる、角の刺さっている箇所は頭部を除いてそれら全てから外れていた、単なる偶然にしては数が多い。
逃げられないように足を潰した、このガルムが死んだのは群れの中で最後だったんだろう。
もし意図的に、急所を避けて突き刺していたのなら……ただ殺すことが目的だったような印象を受ける。
「先輩?」
「いや……足跡を追おう、長居する場所じゃないしね」
調査には影響のない事だ、伝える必要はないだろう。
足跡は森の奥に向かっている、もう随分と森の中を歩いたがこの先に何があるんだろうか。




