堕天のお使い4
「あー。レヴィ?」
「ん?」
回りの人混みの中、手を繋いでるレヴィが俺を見上げて首を傾げた。その表情は至って真面目だ。
「俺達さ、ベヒーモスの牙って物を探してたんだよな?」
「ん、そう」
「じゃあさ・・・・・・なんで商店街なんかにいるんだ?」
そう。俺達は今、商店街にいる。どっちかって言うと市場って感じだ。見渡す限りの人と屋台。 響き渡るの声と生臭さが鼻につく。
「ベヒーモス、強い。戦ったら、春、死ぬ、駄目」
「なるほどね・・・・・・。はあ、ご迷惑おかけします」
ため息をつく俺を無視してレヴィはキョロキョロと首を動かしている。牙を探しているらしい。
・・・・・・って言っても回りを見ても見つかるのは魚のような物体ばかりだ。相変わらず不気味な形をしてる。なんで手が生えてるんだよ、あれ。
この辺には無いみたいだ。牙らしい物は見えない。
「見つけた」
「えっ!? あるの!?」
レヴィは指を前に向けて言う。
「あれ、牙」
レヴィが指したのは牙にはとても見えない────まるで剣のような物体だった。俺の腕くらい長くて、俺の倍くらい太い。
いや、おかしいだろ・・・・・・。大剣って言われても納得するぞ! 人間なんて掠っただけで死にそうだ。
放心してる俺を引きずってレヴィが屋台へと歩き出した。
「これ、買う」
そしてベヒーモスの牙? らしき物体を店主へと差し出した。
「おっ、嬢ちゃん。見る目あるな。それはベヒーモスから取った牙だぜ」
「マジで牙なのかよ! 嘘だろ、これ・・・・・・」
「なんだよ、坊ちゃん。俺を疑うのかい? 俺が仕入れた物に嘘は無いぜ」
「いや、でも・・・・・・これ、えっ?」
「はっはーん。坊ちゃん、ベヒーモスを知らないんだな。いいだろう、教えてやるよ」
そう言って店主のおじさんは紙に象のような化物を書いていく。
「これがベヒーモスだ。七つの大罪の内の《嫉妬》を冠した悪魔で魔王様をも凌ぐ力を持ってるって言われてるんだ」
「魔王様より強い・・・・・・悪魔?」
「その通り。単純な力だけならな。魔界で最強の種族だよ、あれは」
「へー。なるほど。凄いんだな、ベヒーモスって。だからこんなに大きい牙を持ってるのか」
「本物だって分かればいい。で? 買うんだろ、魔界最強の種族の牙」
「そうですね・・・・・・って高っ!」
牙に視線を落として見ると端っこに付いてる値札に見たことも無いような値段が書いてある! 0が一、十、百、もっとあるな・・・・・・。えっと・・・・・・五千万?
「ははは・・・・・・。これは・・・・・・キツイかな」
「おいおい坊ちゃん。これでも安い方だぜ。ほかの所だと億は超えるんだからな」
「億!? えっとさ、レヴィ。俺のお小遣いじゃ買えないんだけど」
俺の弱音は周りの声に消えた。レヴィの返事がない。聞こえなかったのかな?
「ところで坊ちゃん。珍しいな、ベヒーモスを知らないなんて。悪魔だったら常識だと思うんだが」
レヴィに視線を合わせようと屈んだ俺におじさんが問うてきた。俺はそれに苦笑いで答える。
「俺、元人間なんですよ。契約して転生したんです」
「ほー。転生か。これは珍しいな。じゃあそっちの子が主か?」
また質問。こういう所じゃ珍しいことじゃないんだろう。まあ屋台だし、客と話して沢山買わせようって考えだ。
「いえいえ。主は別にいます。この子は知り合いの子────」
その時、テレビが視界の端に売ってなかった映った。そのテレビには・・・・・・
「俺・・・・・・?」
そう、俺だ。俺が映ってる。デカデカと俺の名前────桂木貼ると書いてあって・・・・・・その後には────
「誘拐?」
「チッ! バレた!」
ガタンッ! と乱暴に椅子から立ち上がった店主。その手には大型の包丁が握られていた!
構えた時には既に包丁は振り下ろされて俺へと降りかかる! それは俺の腕に食い込んで鮮血を吸う。
「ぐっ!」
「悪いが殺せって言われてるらしいんでね! さっさと死んで────」
一瞬の突風。砂が舞って俺の視界を包んだ。包丁を握る店主の手に力が抜けていく。
この場で何かが起こってる? この風は第三者の介入・・・・・・だとすると────。
風が止んで砂が消えた。そして晴れた景色は鮮やかな程に真っ赤な市場。転がる死体と止まない悲鳴。そしてその中心にいる幼女。
前の山の時と同じ。地獄絵図だ。
俺は幼女に詰め寄って肩を掴んで叫ぶ!
「何やってるんだよ・・・・・・。殺したら駄目だって言っただろ!」
幼女────レヴィはビクッと体を震わせて首を横に振って答える。
「違う。レヴィ、違う」
「じゃあ誰がやったんだよ。こんな事出来るのレヴィしかいないだろ」
「違う。レヴィ、じゃ、ない」
レヴィは首を振るだけ。このままじゃ埒が明かない。聞くのは後でにして、今は助けられる人を助けよう!
泣きじゃくるレヴィを置いて悲鳴が響く市場の奥へと駆け出した。
奥に行けば被害が軽くなる・・・・・・なんて事はなく、血の赤に染まっていた。
改めて見ると凄い。一面真っ赤で人らしき物なんて存在してない。これを1人でやるなんて・・・・・・。俺には絶対無理だ。
『どうだろうな。案外1人じゃないかもしれねぇぞ』
頭に響くヴリトラの声に問う。
「1人じゃない? それってどういう意味だ? もしかして、ずっと魔王様に監視されてたとか?」
『だったらお前を誘拐犯にする意味ねぇだろ。少しはテメェで考えろ』
「悪かったな、自分で考えられない馬鹿で。魔王様以外で強い人? シグムントさん! ────はそんな事する人じゃないか」
「テメェの知り合いにこんな事出来る奴なんていねぇ。あの幻想種に匹敵する奴なんかな」
「いないのかよ・・・・・・。なら考えたって分かるわけないだろ」
『テメェはさっき何を聞いたんだ』
「はい?」
『テメェの耳は風穴かって聞いてんだよ』
「あ? えっ? さっき・・・・・・? ベヒーモスのことか? いや、でも有り得ないだろ。そんなの・・・・・・」
でもレヴィと同じくらい力を持ってる悪魔なんてそんなにいないはず。魔界最強の悪魔なら・・・・・・。少なくともレヴィより強い。いや、こんな所にいる理由がないだろ。
「理由なんて復讐程度で十分だと思うけど? 転生くん」
何処からか声が聞こえた。初めての悲鳴以外の声だ。姿は見えない。だけど男である事は声で分かる。
「僕の姿が見たい? 僕はずっと君の後ろにいるよ?」
後ろ!? 勢いよく振り向いても誰もいない。本当にいたのか?
「あははは! 素直だね、君。ほーら、また後ろだよ」
今度は気配を感じる。これなら────!
でも振り向いても真っ赤な市場が見えるだけ。誰もいない。誰の気配もない。
『右だ! 構えろ!』
ヴリトラの叫びに反応して右腕を折ってガードの体制に入る。そしてそこに現れたのは────
「ばぁ!」
俺より1回り小さい、帽子を被った少年だった。両手を開いて口から舌を覗かせている。
「よく気付いたね。御褒美に少しだけ時間をあげる。本気を出しなよ」
容姿は幼い。驚く程に力を感じない容姿。でも「これ」から発せられる声には殺意が詰まっている。本気を出さないと────俺が死ぬ!
「第二段階────二重起動」
俺の体を鋼が包む。薄く、それでいて硬く。動きの邪魔にならない魔力の鎧を形作る。そして皮膚が黒い鱗に変異していく。ヴリトラの鱗と機械仕掛けの龍の魔力の鎧。
これが俺の全力。これが俺の────
「ふーん。この程度?」
子供は笑顔で人差し指を差し出した。子供の指はあっさりと鎧を貫いて鱗を押した。優しく撫でるように押された────
そして、鎧が砕け散った。全ての鱗が剥がれ落ちた。体中が痛い。なんで俺は・・・・・・壁に叩きつけられてるんだ? 何が起きた?
「あれれ? ちょーっと押しただけなんだけど。もう崩れちゃうんだ」
子供は人差し指で帽子を回して遊んでいる。押しただけ? そう。押されただけだ。なのになんでこうなった? 指1本で押された。その後に何かがあったのか?
『何もねぇよ。ただの馬鹿力だ。チッ! 最悪じゃねぇか』
「最悪とは傷つくなぁ、ヴリトラ。前戦った時はノリノリだったじゃん」
お前達、知り合いだったのかよ。てか何なんだよ、あれ。
「噂のベヒーモスだよ。ベ・ヒ・ー・モ・ス」
『まっ、そういうことだ』
仲良さげに声を合わせる2人。色々言いたいことがある。なんで心の声が聞こえるんだ、とか。知ってるなら言える、とか。ほんとに色々。でも一番最初に聞かないといけない事がある。
「復讐ってなんだ? お前がここにいる理由ってヴリトラじゃないのか?」
地面に膝を着いて問う。この子は復讐程度でいいって言ってたんだ。ヴリトラじゃなくて復讐だって。
「うんうん。聞かれたなら仕方ない。教えちゃおうかな。ここにさ、ベヒーモスの牙が売られてるって聞いたからね来たんだ。だってさ、牙があるってことはさ。殺されたんでしょ、僕の友達が。だったら殺し返してあげなきゃ」
ベヒーモスは屈託のない笑顔でそう言った。殺し返す・・・・・・。そんなのって・・・・・・おかしい。
「殺されたから殺すのか?」
「うん! 何かおかしいかな? 僕達は悪くないんだよ? ただお金が欲しいって理不尽な理由で殺されたんだ。だったらさ、僕達も許されるよね。殺すの」
「そんなの許されるわけないだろ! それじゃ何も変わらないじゃないか! 殺して殺されて・・・・・・殺し合ってちゃ何も、何も変わんないだよ」
「じゃあ変らなくていいんじゃない? 今のままでも世界は安定してる。形だけの和平を馬鹿みたいに守るよりはいいと思うよ」
「馬鹿って────」
「実際馬鹿でしょ。本気で平和を願ってる人なんていると思う? 君の機械竜も和平の提案者が作った物じゃん。平和が欲しいなら兵器なんて作らないよね?」
「それは────。それは、そうだけど・・・・・・」
この子の言う通りだ。和平が実現した今、武器なんて作る必要はない。反対されても決まったんだから、少なくとも戦争が起きることはない。だったら武器なんていらないんじゃないか?
言葉を詰まらせた俺にベヒーモスが続ける。
「何をするにしても力が必要なんだよ。だからさ、物を言いたいなら力を手に入れなよ。転生くん」
手を振って笑うベヒーモス。その手には大きな牙。ベヒーモスの牙だ。
「待って。待ってくれ。それは────!」
「ああ、そうだ! あのメス────っとレヴィアタンの事なんだけど。変な悪魔に攫われそうになってたよ。だいじょーぶ?」
「レヴィが!? あっ、もう────ちくしょうがぁ!」
一瞬目を離した隙にベヒーモスが消えてしまっていた。悲鳴さえも聞こえなくなった市場に俺の叫びが木霊した。
何をするにしても力が必要。あいつはそう言った。それは否定出来ない。だって今も俺は力を纏って走ってるんだから。
それに復讐の事も。山でも考えさせられた。俺の力の在り方。暴走した先にある龍化。使い続ける先にある終わり。
俺は迷ってる。多分、ずっと・・・・・・。
『今は置いておけ。一撃で決めるぞ。首を落とさなきゃ攫われるぞ』
「ああ。分かってるよ」
刀を抜いて地面を蹴って飛ぶ。刀に薄く魔力を纏わせて一閃。レヴィの横にいた男の首を跳ねる。
続いてもう1人の顔を掴んで炎の魔法を放つ。男の頭は爆発して四散した。
「ハル、殺す、駄目、言った」
「うん。そうだね。でも、殺さないといけない時もあるんだよ」
そう言ってレヴィの体を抱き寄せる。今は・・・・・・何も考えたくない。これ以上考えたら壊れそうで嫌なんだ。




