お泊まり
「ここ、どこ?」
キョロキョロと周りを見てレヴィが呟いた。少し落ち着いた様子だけどずっと右手の甲を押さえている。あの痣は何なんだろう。俺の手にはない。ってことは悪魔の眷属だから付いてるってわけじゃないよな。
俺は目の前の豪邸と化してる我が家を指さして言う。
「えっと・・・・・・これが俺の家で、ここは人間界。つまり、俺が生まれた場所・・・・・・かな?」
よくわからないけど恥ずかしい。ハハハ・・・・・・と照れたように笑う俺にレヴィは少しだけ微笑んだ。
「じゃあ、ハル、いっぱい?」
「いや、俺はいっぱいいないけど。ってか、なんだその地獄絵図」
ドアを開けたら沢山の俺が! お、おお・・・・・・気持ち悪いな。せめて先輩くらい美人なら華があるんだけど、俺だからなぁ。絶対に遠慮する状況だ。
「まっ、とにかく入ろうぜ。外じゃ暑いだろ」
ドアノブに手をかけて回す。ガチャって音と共にドアが────
「あれ?」
開かない。どうやら鍵がかかってるらしい。携帯を開くと時刻は午前3時。うん、皆寝てるよね・・・・・・。
「ってどうすんだ、これ! おーい、起きて! 誰か起きて!」
携帯で手当り次第電話をかけてドアノブをガチャガチャ回して叫ぶ。八月の真夏。真夜中で放置とかやばいぞ! 干からびる! 死んじゃうから!
「春くん? 何・・・・・・やってるの?」
後ろから聞こえた声はとてもよく知る声で・・・・・・。こんな時間に起きてるはずない奴のものだ。
「・・・・・・近所迷惑ですよね。ごめんなさい」
懐中電灯を片手に幼馴染み────如月日向は恐らく警察にかけてるだろう携帯を持って心底不愉快そうに俺を睨んでいた。
「申し訳ありませんでした!」
こんな時間でもすぐに駆け付けてくれた警察に頭を下げる。時間は午前4時。警察の人に事情を掻い摘んで説明した結果、よりややこしくなって長引いてしまった。
悪魔のことなんて言えるわけからしょうがない。とりあえず知り合いの子ってことにしたんだけど・・・・・・これが駄目だったな。結局先輩まで起こして謝ることになった。
「何やってるのよ、あなた」
先輩が嘆息する。当たり前だ。俺が先輩の立場ならそうする。
「ごめんなさい。鍵持ってなくて・・・・・・」
「それにしたって他に方法があったでしょう。家の前で騒いでたら誰だって警察呼ぶわ」
「そうですよね。はい、ごめんなさい」
ひたすらに頭を下げ続ける。でもあの時の俺にはあれが最善の作だったんです。あれ以外に思いつかなかったんです────なんて言えるわけもなくただ謝り続けた。
ところで警察を呼んだ張本人は・・・・・・。
「へえ。レヴィちゃんって言うんだ。私はね、日向って言うんだよ! よろしくね!」
「・・・・・・人?」
「うん、人間だよ。でもね、春くんと仲良しなんだよ」
「ハル、友達?」
「うんうん、友達友達。昔からずっーと一緒にいたの」
なんかレヴィと仲良くなっていた! チョコも無しにレヴィの心を開いたのか。実は結構凄い人なんじゃないのか、あいつ。
「ところであの子は誰なの?」
先輩が横目でレヴィを見ながら問いかけてきた。
「まお────」
ちょっと待てよ。正直に言って大丈夫なのか? レヴィが魔王様の元から脱走して俺が人間界に連れてきた。それで怒られるのはいい。俺とレヴィが悪いんだから。でも今先輩に報告して、そのせいで先輩まで共犯にされるのは駄目だ。
あくまでも可能性の話だけど先輩が巻き込まれるかもしれないなら黙っていた方がいいかもしれない。
「────親戚の子です。俺の叔母さんから勉強を教えてやって欲しいって言われました」
「ごめんなさい。貴方に親戚がいたかしら? 私の記憶だと確か・・・・・・」
「母方の祖父母は生きてますよ。それに叔父と叔母もいます」
「そう。ごめんなさい。私の勘違いだったわ。失礼なことを言ったわね」
申し訳無さそうに言う先輩に手を振って答える。
「いえいえ。気にしないでください。実際いないのと同じですから」
じゃなきゃ俺と白はとっくに引き取られてる。母方の親戚は俺への遺産の全額譲渡を条件に引取りを拒否。父方の親戚に関しては連絡すらつかない。だから両親の親戚には葬式の時くらいしか出会ってないんだ。
因みに親が必要な学校行事は桜や日向の両親に助けてもらってる。いつかお礼しなきゃな。
「ほら、もう帰るぞ。ふわぁ、ねむ」
レヴィの手を握って交番の外に出る。空は少しだけ明るくなっていて鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「んー。寝る」
「だな。寝よう。今日は一日寝て、明日からアザゼルさんのお使いを再開させようか」
レヴィと2人で欠伸を噛み締めて歩き出した。やっとこれでベッドで寝れる・・・・・・。
「あれ?」
今度は先輩が焦ったような顔でポケットを漁りはじめた。あー。なんかもう予想がついた。寝起きだからしょうがない・・・・・・か。
「鍵・・・・・・落としたみたいだわ」
「やっぱりか・・・・・・。しょうがないですよ、夜中ですし、寝起きですから。朝まで皆で野宿ですね」
「ん? 野宿するの? 皆で私の家にお泊まりすればいいじゃん!」
日向が両手を握りしめて言う。なんでこいつはこんなに楽しそうなんだ? それに泊まるって。
「女子高生が男を家に泊めるか、普通。それにレヴィと先輩は日向の親と知り合いじゃないだろ。朝起きたら知らない人が寝てましたなんて洒落にならないから駄目だ」
「春くんが一緒にいれば大丈夫だよ。春くんに年上の先輩と仲良くなったって話してるもん」
そういう問題か? いや、絶対違う。そもそも男を泊めるのが駄目なんだから。
「そんなに嫌なら春くんだけ野宿すればいいじゃん。女の子を外で寝かせるのは危ないよ! 特にレヴィちゃんは小さいんだから!」
ガシッとレヴィを抱きしめて反論する日向。お泊まりの理由は日向らしい。一緒に遊びたいだけだな、この脳みそ幼稚園児は。
「それは嫌だ。レヴィを放ったらかしには出来ない。俺が守らなくちゃいけないんだから」
「それ、違う。レヴィが、ハル、守る」
俺の言葉にレヴィが頬を膨らませて答える。今はそこじゃないだろ! 確かに俺の方が弱いけどさ・・・・・・。
「決まりね。ごめんなさい、少し休んだらすぐに出てくわ」
「気にしないでください。私が好きでやってるんですから。朝ごはんも食べて行ってくださいね」
「ちょっと待ってください。なんで日向の家に泊まるのが確定してるんですか!」
話を進める日向と先輩の間に入って反抗する。だが先輩は結果は変わらないと言いたげに微笑む。
「だって断る理由がないじゃない。この子を外で寝かせるのが危険なのは春だってわかるでしょう? ならお言葉に甘えるべきだわ」
「確かにそうですけど・・・・・・。でも────」
「春のせいでこうなったのよ。少しは妥協しなさい」
先輩の有無を言わさない目に睨まれて俺は頷くことしか出来なかった。