うなる筋肉たち
「おりゃあああっ。」
「ふんっ。」
「ぎゃあああっ。」
「ぬおおおおっ。」
「はっ。甘いわっ。」
「いやあああっ。」
屈強な騎士たちがポイポイとぶん殴られている。
癖はあっても騎士団全体で屈指の連中なんだけどなあと、コーラルは遠い目をした。
「団長。帰ってきてください。査定中ですよ。」
「いや。だって。あれもう査定じゃなくね?」
「…将軍閣下直々の査定ですから。」
隣の新副団長ケンネルがコーラルに一応のお小言を言う。
彼は年若いコーラルの補佐として選ばれた。ちなみにムチマッチョだ。
今は騎士団の団員の力量と筋肉レベルを見るための査定試合である。
最初、「筋肉レベルってなんだ?」と思ったが、筋肉村では使える筋肉でなければ認められない。
つまり、筋肉があるだけではだめなのだ。
魔の山の魔物と渡り合えるだけの質の良い筋肉とそれを扱う能力の高さが伴っていなくてはならない。
それを測るための査定試合なのだが、将軍のおかげでパアになった。
王国最強の将軍は隣国との戦火から国を守った英雄であり、騎士の憧れであり、そして恐怖の対象でもあった。
現場大好きな将軍は日々の書類仕事に飽きると、鍛錬場にふらりとやってきてはその場にいた騎士を犠牲に鍛錬という名の地獄の特訓を行う。
当った騎士は翌日使い物にならず、シフトの調整で非常に困るのだが誰も意見を言うものはいない。
何故なら、どうしてか将軍の特訓に耐えたものは1ランクアップする上に素行も良くなるからである。
それゆえ、将軍が鍛錬場に来るころに問題児たちを放り込む上官までいるくらいだった。
しかし、不幸なことに今回は新騎士団の査定試合と将軍の鍛錬が重なってしまった。
いや、絶対わざとだろうとコーラルは思っている。新騎士団のメンバーを招集したのは将軍なのだ。
「後で総当たりやるか。」
「それがよろしいかと。」
吹っ飛ばされる騎士たちの無事を祈りながら、コーラルは査定のやり直しの予定を組む。
ケンネルも深く頷いていた。今日はもう仕方ない。
いい機会だから、問題児たちの性根を直してもらっておこうという腹積もりだ。
「お願いしまっす。」
「おお。フランクの息子だったか?」
「はい。次男のレオナンドです。」
フランク准将の息子か。と、手元の資料に目を通しながらコーラルは内心口笛を吹いた。
昨年の魔物討伐の数が上位3位以内の強者である。
これは期待できるかなと顔を上げれば、レオナンドは場外になっていた。
思わずため息をつきそうになってコーラルは気づく。
これまでの対戦者は瞬殺で空高くブッ飛ばされていた。
だが、彼はどうだ。コーラルが資料を読んで顔を上げるまでは持ちこたえた上に、場外に押し出されただけだ。
「今までで一番もったな。」
「さすが昨年の上位者です。」
ケンネルと頷きながら、レオナンドを観察する。
彼は一見細身に見えるが、それは背が高いからだ。
均整のとれた筋肉は無駄なく身体を覆って、しなやかな印象を与える。
評価、柔軟性のある細マッチョ。将軍の一撃に耐えた。ただし場外。
もうちょっとではっきりマッチョって言えるんだけどなと、どうでもいいことを真剣に考察するコーラルであった。
この時のコーラルの評価は公平なもので、後々の班分けなどにおおいに役立つのだが、現時点では舐めまわすように熱心に見つめてくる上官の視線に誰もが身の危険を感じていたと言う。
「もう、おらんのかあっ。ちっ。情けない。貴様らは国で最も過酷な場所へ行くんだぞっ。これしきのことを耐えれんでどうするっっ。」
いやいや。将軍とやりあえたら、普通にSランクの魔物と戦えますから。
喉まででかかった言葉をかろうじて飲み下す。
ここで将軍の不況を買う訳にはいかない。
コーラルが平民出身でありながらここまで来れたのは、剣の腕はもちろんのこと、場の空気を読むのに他の連中より長けていたからである。
「よおし。おい、コーラル。貴様、団長の実力を見せてやれいっ。」
せっかく出かかった言葉を飲み込んだのに、将軍に指名されてしまった。
ケンネルを見ると、あさっての方角を見ていた。逃げやがったな。
「了解しました。ケンネル。持っててくれ。」
「お気をつけて。」
白々しい副団長の言葉に肩を竦めて、コーラルは将軍の元に行く。
これもデイジーに会うためには必要なことだ。
村長の筋肉レベルを見るに、将軍とよく似ている。超マッチョという奴だ。つまり人外。
ふたりは知り合いのようだし、切磋琢磨しあった筋肉同士なのかもしれない。
デイジーと会って話そうと思うだけで、どこにいても察知してくる村長に認められなくてはならないというSランククラスの高い壁が存在する。
その壁を突破するためにも、村長と似た筋肉レベルの将軍とやり合えるようにはならなくてはいけないのだとコーラルは考えていた。
進み出るコーラルに、周りからは好機と疑惑の視線が突き刺さる。
将軍には個人的に指南をお願いしようと思っていたから渡りに船だったが、団員たちからすればポッと出の団長の実力がわかるいいチャンスだった。
コーラルは入団当初から将軍に目をかけてもらい、直々に鍛えられた秘蔵っ子であるが、他所に配属されないために情報が規制されていたため、その実力はあまり知られていなかった。
ケンネルは古参だけにその辺の諸事情にも詳しいが、その彼でもコーラルの実力を間近で見るのは初めてであった。
「お願いします。」
コーラルが頭を下げた瞬間に殺気が襲い掛かる。
とっさに右に避けて後ろに回り込む。
(鍛錬だっつったろーが、このジジイっ。)
回り込む前に正面には誰もおらず、未だ抜かずのままの剣をさやごと後ろにかざす。
ゴキィンッとあきらかに生身のこぶしとぶつかっても鳴らない音を響かせつつ、コーラルは何とか自分が一撃を受け止めたことを察知した。
(いやいやいや。いきなりレベル上げんで下さいよ。将軍っっ。)
内心、本気を出してきた将軍に舌打ちしつつ、本能を頼りにステップを踏む。
間一髪の差でコーラルのいた場所がドゴォっと抉れる。将軍のパンチだ。
もうこれ、将軍が魔の山に行けば済むんじゃね?とこっそり思ったのは内緒だ。
Sランクのスピード系の魔物でも影くらいはつかめるのだが、将軍相手には影すらつかめない。
じいさん。あんた人間か?
過去に何度も問おうとした疑問が浮かんでくる瞬間だ。
それを避けてるコーラルとて人外レベルに近いのだが、これも魔の山を経験して磨かれた反射神経と本能のおかげだった。
周囲はすさまじい攻防に息を飲んで見入っている。
普通ならガチで引いてしまう所だが、ここに揃ったのは騎士団の中でも筋肉レベルの高い猛者ばかり。
つまり、戦闘狂な気のある連中がまとめて放り込まれたのである。
魔の山を相手にするにはこれくらいでなくては持たないが、逆にこいつらをまとめ上げるには常人以上の力を常に示す必要があるというわけだ。
将軍はてっとり早く、それを示したのだとコーラルもケンネルも理解していた。
ただ、明日のコーラルが使いものになるかはわからないのだが。
効果は早速あったようで、団員達の顔を見ると先程までの好機と疑惑の目はすっかり鳴りを潜め、今ではランランと輝き始めている。
ケンネルはそんな周囲の様子を冷静に観察しつつ、査定の用紙の端に書き込んだ。
『コーラル団長。ガチマッチョ。将軍についていける強者。人外魔境の素質あり。』