スーツと魔人
俺はヴァン・スナイプス。
5年ほど前のある日、異世界に転移した俺は……って、こんな退屈な話はしなくていいか。
なんやかんやあって俺は今、王国直属の冒険者――『勇者』をやってる。
その任務として、ウェシバルの森を越えた先にある地下迷宮の調査に来ていた。
ウェシバル周辺でも特に規模の大きな地下迷宮の一つ、『塔』。
埋没した、およそ30階層に及ぶ巨塔。最上階層の一部だけが地表に顔を出し、それ以外の大部分、ちょっとした高層ビルほどの建造物が、この地下に埋まっている。
とはいえ、内部の崩落により入口は封鎖され、現在は誰も入れなくなっているはずだが……。
「足跡……やはり、何者かが出入りしている形跡があるな。
だが、『塔』の入口は封鎖されたままだ。一体どうやって……」
頻発する一連の“はぐれモンスター”事件――。
それらは、この『塔』を中心とする数キロメートル圏内で発生している。となれば、ここに何らかの手がかりがあると考えるのが自然だ。
「――! やれやれ、そうなるか」
ため息をつきながら、背中の大剣『スヴェル』を抜く。
グロロロ……!
火陸竜だ。それも二匹。
さっきまで何の気配もなかったにも関わらず、まるで虚空から産み落とされたかのように突然現れた。
やはり、“はぐれモンスター”の発生はただの自然現象ではなさそうだ。
ボボッ――ボッ!
「くっ!」
ドドォン!ドォン!!
火球のブレスが立て続けに放たれ、爆音が響く。
ここには遮蔽物がない。二匹同時に集中砲火されると避けきるのは難しい。
「――【オーダー:アブソープション】!」
大剣を地面に突き立てる。と同時に、刀身が盾状に展開。火球のブレスは盾が生み出す斥力に弾かれた後――中央に埋め込まれた魔石に吸い込まれていく。
大剣『スヴェル』は熱エネルギーを吸収し、魔力に変換する。
どんな攻撃も吸収できるというわけではないが、魔力を持たない俺が『勇者』として戦えるのは、この相棒のおかげだ。
「【加速】! 【倍加】!!」
地面から引き抜いた大剣が軽い。
集中とともに時間の流れが引き伸ばされていく――。
スローモーションで飛んでくる火球ブレスをスレスレで躱しながら、火陸竜の懐に滑り込み、その首に斬りつけた。
――ガッ!
刀身が半分ほど食い込んだところで止まる。やはり硬いな。
だが――!
「らぁッ!!」
魔法によって増強された筋力で、叩きつけるように振り抜く。
硬い鱗がバキバキと割れ、そのまま強引に首を斬り落とす――いや、千切れ飛んだという方が正しいか。
即座にもう一匹の背後に回り込み、渾身の力を込めて大剣を突き立てた。
その一撃は火陸竜の脳天から顎までを貫き、大地に縫い付ける。
――ズズン――!
二匹の火陸竜は絶命する。
俺以外から見れば、ほんの一瞬の出来事だっただろう。
それにしても……あの天河ユウキは、これを素手で倒したというのか……。つくづく、とんでもないな……。
パチ、パチ、パチ――。
「――!?」
「いやー……素晴らしい! 流石は『勇者』といったところですか」
拍手とともに現れたのは、高価そうなビジネススーツに身を包んだ、どうにもいけ好かない感じの男。
「……何者だ?」
「私はケヴィン神代、ただの“迷い人”です。
“向こう”の世界では、ちょっとした起業家だったんですが――あ、名刺――は、要らないか」
神代と名乗る男は誰かに合図を送るように片手を上げ、指を鳴らす。
直後、彼の背後に音もなく現れる“空間の裂け目”。
武装した兵士達が次々に飛び出し、統率の取れた動きであっという間に俺を取り囲んだ。
迷彩柄のボディアーマーにアサルトライフル――“向こう”の現代戦用装備だが、見たところ正規の軍や警察ではなさそうだ。
民間軍事会社、それとも奴の私兵か――。
数は10人ほど。いずれも手練れの精鋭だろう。
【加速】があっても、この状況を無傷で切り抜けるのは難しい。
さらに“空間の裂け目”を生み出す力。
どこかに合図を送っていた様子を見ると、おそらく神代自身の力ではない。
まだ、何者かが潜んでいる――?
「こうも早く勘付かれるとは……と、言いたいところですが、ま、これだけトラブルが続けば当然でしょうね。
しかし、こういったリスクマネジメントも仕事のうちです」
「ということは、あんたが“はぐれモンスター”事件の黒幕か?
何の目的でそんなことを?」
「別に、生態系の乱れはただの副作用みたいなものですよ。
“向こう”とこちら――世界を繋ぐには、世界を壊す必要がありますから」
「世界を繋ぐ……だと?」
聞いたことがある。
古来より偶発的に発生する“迷い人”のメカニズムを解明し、世界を繋ごうとする研究。
その研究はもう何年も前に凍結され、今や禁忌扱いという話だったが……。
「あなたにはどうでもいい話でしょう?
いずれにせよ、楽しい『勇者』ごっこはここで終わりです」
「……どうかな?」
両手で大剣『スヴェル』を握ったまま、俺は不敵に笑ってみせる。
「【オーダー:インジェクション】!!」
「!? ――くっ、撃てッ!!!」
神代の声で、俺に向けられていた銃口が一斉に火を吹く。
しかし、放たれた弾丸は俺の肉体を貫通することなく、変質していく皮膚に押し出されてパラパラと地面に落ちていった。
『スヴェル』から流れ込んだ魔力によって、全身の皮膚が黒く、硬く、装甲のような外皮を形成。
外皮と鎧とが同化し、黒鉄と白銀が混ざりあった魔人の姿へと変貌する。
これが、俺の『勇者』としての「切り札」。
――『勇者』というには、ちょっと禍々しい姿かも知れないが――。
「なんだ、それは!?」
人を食ったような態度が崩れ、神代は驚きの表情を見せる。
「“迷い人”ってのは、こちらの世界では謎が多い――だろ?」
四方八方から撃たれ、激しく火花が散った。
だが、通常の5.56ミリ弾では表面に傷をつける程度。多少チリチリするが、ダメージはない。
大剣を地面に突き立て、自由になった諸手を構える。
「骨の二、三本くらいは勘弁してくれよ?」
直突き、肘打ち、足刀、前蹴り――銃を持った兵士達を“処理”していく。
彼らの装備はおそらくケブラープレート入りのボディアーマー。小突いたくらいで死にはしないだろう。
残った一人が銃を捨て、間合いを測りながらゆっくりとナイフを抜いた。
目出し帽で顔は判らないが、動きや雰囲気から察するに、どうやらこいつが隊長格。
指を通すリングと湾曲した刃を持つカランビットナイフ。低い姿勢で肘を突き出す特徴的な構え――。
“シラット”ベースの近接格闘術か。
「――面白い!」
ギャリッ――!
金属音とともに、ナイフを受けた腕の外皮がざっくりと抉られる。
銃弾すら弾く鋼鉄のような外皮が、だ。
おいおい、銃よりナイフの方が強い系か? ビデオゲームじゃないんだぞ!?
いや――よく見れば、ナイフの刀身が淡く光を放っている。魔法式を組んだ形跡がない、独自の強化魔法――?
様々な角度からの素早い連撃。右かと思えば左、下かと思えば上――踊るような動きに翻弄され、型通りの受けでは対応しきれない。
そしてついに、カランビットの刃が俺の喉を切り裂いた――。
「ッ――!」
仕留めた。――そう確信したのか、相手の構えが一瞬緩む。
俺はその隙を逃さず、両肩を掴んで頭突きを食らわせた。
「がッ!?」
間髪入れずの追撃――腰を落とし、引き手を加え、相手の鳩尾へ向けて真っ直ぐに打ち込む――空手の代名詞『正拳突き』だ。
隊長格の兵士は5メートルほど吹っ飛び、地面を転がる。
首の傷は辛うじて外皮を削るだけで止まっていた。
「残念。あと数ミリ踏み込みが深ければ、肉まで届いていたかもな」
こういう手合いは動ける限り何度でも起き上がってくる。だから強めに打たせてもらった。
死んでなければいいんだが……。
「さて、残るはアンタだけだ。ケヴィン神代――だったか?」
「なるほど……『勇者』という肩書きも、あながち伊達ではないということですか。
見くびっていたことは謝罪しましょう」
追い詰められているはずの神代は、まだ随分と余裕の表情だ。
しかし、奴の兵士は全て――。
「なっ!?」
倒したはずの兵士達が、むくりむくりと起き上がってくる。
よく見れば、彼らの体が淡く光を帯びている。これも独自の強化魔法――魔法式や魔法器とは違う、おそらく、“向こう”のテクノロジーをベースにしたもの。
生身の人間と思って手加減したが、小突いたくらいじゃ大したダメージにはならない、か。
「とはいえ、これ以上消耗させられるのも少し困りますね。
それなら――こういうのはどうでしょう?」
神代はパチンと指を鳴らした。
――――!!
ぞわりと走る冷たい感覚。
しかし、その危険信号に俺の体は反応できなかった。
音も衝撃もなく、“空間の裂け目”が静かに俺の胸を貫いている。外皮の強度など関係ない、空間そのものを貫く攻撃――。
背後には、ローブの――魔法使い? いつの間に――。
「ゴフ……ッ!」
血の塊が口から溢れ、俺はそのまま前のめりに倒れた。
全身を覆う装甲のような外皮が剥がれ落ち、人間の体に戻っていく……。
この魔法使いが、神代が合図を送っていた相手。“空間の裂け目”を生み出していた張本人。
最初からずっと――この状況を俯瞰して見ていたのか――?
薄れる意識の中、俺を貫いた魔法使いと神代との会話が聞こえてくる。
「……この男はどうする?」
「どう見ても致命傷です、放っておいても勝手に死ぬでしょう。
仮に生きていたとしても――王国の最高戦力と言われる『勇者』がこの程度なら、何も問題はありませんよ」
「……」
「我々の計画に何の支障もありません。
行きましょう――エドワード・クローリー」




