其の八十七:鶴松、正義感と対峙する
真夜中、虚空人の隠れ里を急襲したオレ達は、順調に虚空人を殲滅していった。オレはざっと四人ほど骨を砕いて殺ったのだが…お千代さんと八丁堀の勢いはそれ以上。的が素人同然なのもあって、虚空人は瞬く間に薙ぎ倒されていた。
「公彦!そっちから外に逃げた奴を追え!奴等はトロイからなァ!すぐだぜ!」
「任せろ」
完全に勢いづいた二人。家の中は連中が斬り裂いた元・虚空人の残骸で一杯だ。オレもすぐに後を追おうとしたが、足を踏み出した直後、螢の銃が火を吹いた。
「任せちまうか」
その音を聞いて足を止める。オレは、敢えて生き残らせた男一匹を掴んで壁際にソイツを寄り掛からせると、血の匂いでむせ返りそうな家の中を改めて調べ始める。昨日と同じく布団が並んだ光景…違うのは、布団で寝ていた連中がバラバラになって倒れていることだけ。
斬り裂かれたというより、解体されたという表現が似合うだろうか。何もここまでしなくても…と思ったが、連中も仕事続きで、殺しを何かに偽装しなければならない手間を重ねてきたのだ。たまに暴れたいと思っていたのだろう。
「にしたってよぉ、こいつ等ココで朽ち果てるんだぜ。そこは同情しちまうねぇ…抜け殻の方がまだマシだ」
余りの惨状に、思わず手を合わせるオレ。虚空記録帖を持ってからというもの、こっち側の人間を人間と思わずに生きてきたが…虚空人となれば少しは違う。管理人に慣れなかった哀れな半端者。とても褒められるような経歴を持たないオレですら何故か選ばれたのに、選ばれなかった哀れな人間だ。
「さてと…」
手を合わせ終えると、昨日は探せなかった場所を探っていく。つまりは、連中の眠っていた布団の辺り。周囲を探っても人らしさを感じる事は無かったから、個人のものがあるとすれば、各々の寝ている布団の傍くらいなものだろう。オレは血に染まった布団を剥いで何かが隠されていないかを探っていく。その間にも、外では悲鳴と銃声、剣客二人の唸る声が聞こえていた。
「お?」
そんな中、一人暗い家に残ったオレ。オレの読みは面白い位に当たり、布団を剥ぐと何かの帳面や宝石類、金の類が次々に見つかった。
「まるで泥棒じゃのぅ」
何かを見つけ、それに手を伸ばしてニヤリと笑う最中。栄が家に上がり込んできてオレに呆れた声で言う。オレは手にした宝石類を栄に見せつけると、栄の眉がピクリと動いた。
「まぁ、使う者もおらんしな…」
「おいおい、呆れ声は何処行った」
「さぁ…忘れたわ」
アッサリ掌を返した栄は、足元の死体を踏まぬようにしながらオレの元までやって来ると、手にした宝石類を取ってジッと見つめる。
「虚空人となっても…こういう物は残しておったのか」
「まぁ、暫くは交流せにゃならんからな。金目のモンは持っといたんだろ」
「こっちも…中々の量の菓子ではないか。これなら、暫く困窮はせんじゃろうな」
「それももう、使い道はねぇけどな。それよりも」
オレは金や宝石から目を逸らし、出てきた帳面に目を向ける。達筆な字で何かが書かれていた。
「これ、読めるか?」
「月明りに晒してみぃ」
「どれどれ…?」
栄と共に、外の月明かりに帳面を晒してみる。
「なになに…来る三月始め、江戸にて大火。車町周辺は全滅す。この定めを回避した暁には、倒幕が実現し更なる泰平の世が待ち受けるだろう…?誰が書いたんじゃ?こんなの」
「さぁな。ここにいる連中だろ。しかし、大火か。この前ココで見つけた虚空記録帖にも書かれていたっけか」
「ほぅ…何かありそうじゃの。ここにいる人間は皆、大火の被害を受けるはずの者だとか?」
「帰って調べてみるかぁ…」
オレはそう言いつつ、更に別の布団を捲っていく。三月始めの大火。虚空記録帖を見る限りでは、暫く話題の中心になりそうな出来事だ。それの言及が、ここでもされているとなれば…それを防ぎたいと思うのが自然なのではないか?そう思いながら、布団を捲って手掛かりを探っていく。
「そうだ、栄。そこの壁に寄り掛かってる男。気絶してるが、息はあるぜ」
「そうじゃったそうじゃった。すまぬのぅ」
手掛かりを求めつつ、栄に仕事を促す。栄が急襲に参加したのは、実戦の為ではないのだ。
「こ奴か…どれどれ」
部屋の隅で男に薬を飲ませる栄。それは、ちょっとした実験の為の行動だ。オレはそれを横目に見ながら、布団を剥ぐっていくが、遂に似た様なものしか出てこなかった。
「なるほどねぇ…遂に金目のモンと、その帳面しか得るものは無かったってわけだ」
手についた血を拭いながら、そう呟くオレ。栄の下に行くと、栄は男の前で立ち尽くしていた。
「どうだ。効いたか?」
「あぁ、効いておる。ま、気絶したままじゃがの」
「なら、コイツを持ち帰るとするかぁ…」
栄の用事も済んだらしい。丁度、外の方も静けさを取り戻し始めた。オレは壁に寄り掛かった虚空人をヒョイと担ぐと、家の外に体を向ける。この虚空人は、ちょいとした実験…比良に持ち帰れるか?を試すための実験体。それ以外にも、この大火に関して色々問いただせるかもしれない。
「素直な奴であって欲しいもんだな。口が軽きゃもっといい」
オレはそう呟きながら、外に出る。静寂を取り戻した隠れ里。オレは寒空を見上げてふーっと息を吐いた。帰ってやる事は多いだろうが、特に気に掛かるのは大火に関しての話題…オレは脳裏に正と負の感情を紛れさせつつ、小さく呟いた。
「だが、頼むから…良心には訴えかけてくれるなよ」




