其の八十五:鶴松、隠れ里に舞い戻る
「お千代さん、結局どうなったのよ?ソッチの調べもんは」
「あぁ、進展ナシだ。消えた抜け殻の行方は分からねぇままよ。あぁ、新入りの抜け殻は減った分の補填じゃなくて、新しい街を作らされてたぜ。そんくらいか」
「ほ~ん」
お千代さんの家を尋ねたのは、翌日の昼になってからだった。挨拶もそこそこに、互いに進捗を言い合って何も変わらない事を確認した後、縁側に腰かけて、適当に駄弁って後の連中が来るのを待ち構える。
「鶴松、里の場所。覚えてんだろうな?」
「忘れるかっての。記録帖に報告を上げたんだ。トチってもなんとかなるさ」
「そりゃいいや」
仕事に仕事…オレ達もそうだが、残りの三人も少々気の毒な事だ。休む暇などありゃしない。お千代さんの家に全員が集まれば、江戸に出て、オレが見つけた虚空人の里を殲滅しに行くことになっている。そういう風に、それぞれの連中の家に張り紙をしてきたのだ。
「どんくらいで来るかなぁ…」
「そんなに時間はかからねぇと思うぜ?記録帖で見てみりゃ、振られたのは一匹ずつだ」
「なら、もうすぐだな」
「あぁ、そこで一旦打ち止めのハズ何だろうがな…こればかりは人手が居る」
お千代さんはそう言って、準備万端整えた自らの大太刀を膝の上に乗せた。お千代さんの背丈程ありそうな長さの大太刀。お千代さんの見た目からは似つかわしくない得物。オレはそれをチラリと見やると、ボソッと気になっていた事を尋ねた。
「その刀も、そろそろ手放す潮時じゃあないですかぃ?」
そう言うと、お千代さんは鼻で笑ってオレの言葉を一蹴する。
「まさか。最期までこれ一本で行くさ」
即答。分かっては居た事だが、お千代さんは余程の理由が無ければ、これ以外の得物を持たないのだ。オレはいつも通りのお千代さんを見て小さく微笑むと、それを気味悪げな目で見てきたお千代さんがオレに言い返してきた。
「鶴松こそ、そろそろ何か持てよ。これからはきっと…銃の時代がやって来るぜ」
「螢みたいな?」
「そーそー。拳銃だ。引き金引いときゃ人が死ぬ。楽なもんだろ」
「でも、お千代さんは持つ気ないんでしょ?」
「まぁな」
「オレは…まぁ、もう少し素手で行くさぁ」
下らない得物談義。まだ江戸が暫く続くのなら、腕一本あれば十分だ。オレがそう言って口元をニヤリと歪めると、お千代さんは口をすぼめて肩を竦めた。
「おっと。誰か来たな」
お千代さんが誰かの足音に勘付いてそう言うと、オレは開きかけた口を塞ぐ。確かに、お千代さんの家の近くに、何者かがやって来た。
「お千代さ~ん、いる~?」
その足音が家の前で消えると、代わりに人の声が届く。螢だ。
「いるぞ~!」
気の抜けた問いに気の抜けた返事。お千代さんの返答を受けて、螢がひょっこり姿を見せる。
「やぁ、鶴ちゃん。置手紙どうも…とんだ残業だよ」
「あぁ、最後に一つ、派手に動かせてやろうと思ってな」
「ったく。火薬が湿気る前で良かったね」
螢はオレに冗談めいた言葉をいうと、オレの隣にちょこんと腰かける。対等というか、コイツの方が年は上だが、見た目は10歳ちょっと程度のガキでしかない。螢自身の仕草も一々子供っぽい所があった。螢は座った後にクルリとオレとお千代さんの方に顔を向けると、何処か得意気な顔を浮かべて見せる。
「栄さんに、八丁堀の旦那も、もうコッチに戻ってるんだ。後少しで来るだろうよ」
「そうか。思ったよりも早かったな」
螢の報告に、すまし顔で頷くお千代さん。膝に乗せた大太刀を横に置くと、ふーっと溜息をついて立ち上がった。
「鶴松。何人居るんだっけ?」
「二十五だな。あぁ、一人はこの間始末したから…二十四か」
「割り切れねぇ数だな。ま、栄は別要員だから、四人で二十四と考えりゃいっか」
そう言いながら、お千代さんは縁側に置いた大太刀をいつものように背中に掛ける。
「栄さんは何要員?」
「ちょっとした実験に付き合ってもらうのさ」
「へぇ…」
お千代さんに釣られて螢も縁側から降りて手を伸ばす。そんな様子をジッと見ていると、再び家の外から人の声がした。
「千代、おるか?鶴松の紙を見て来たんじゃが、守月様と一緒じゃ」
栄の声だ。八丁堀と一緒らしい。これで駒は揃った。オレはその声に合わせて腰を上げると、一足先にお千代さんが門の方へと歩き出す。
「栄!いるぞ!今行く!」
その声と共に、オレ達三人はお千代さんの家を後にする。門を出て、栄と八丁堀と合流すると、積もる話を切り崩しながら江戸へ向けて歩き出した。
「一番近い出口は街中だな。屋台村通りの近くにある出口だ」
「ほぅ…そっから出て、どんくらいだ?」
「そっから西に少し行けばいい。街道を歩くが、宿場までは行かねぇくらいよ」
「そんなに遠くないんだな」
「その代わり、道は狭いぜ」
オレはそう言いながら、集団の先頭に立った。別に比良から案内を開始する必要は無いが、気分の問題だ。
「話は置手紙で大体分かってる。で、どう切り込むんだ?」
比良の中心街へ行く道中、八丁堀がお千代さんに策を尋ねた。お千代さんはそれを聞いて僅かに考える素振りを見せると、オレの肩をちょいと突く。
「鶴松。どうするのが一番だ?」
「明るいうちは見張り台に人が居るだろうな。夜は時間交代で周囲を警邏してる。この間オレが姿を見せたからどうかは分からねぇが…やるなら夜一択だな」
尋ねられたことに答えると、お千代さんは頷いて顎に手を当てた。こればかりは、行ってみないと分からないだろう。オレは考え込むお千代さんを見ると、全員の方に顔を向けて言った。
「ま、この間、オレがかき乱しちまったからな。それに、虚空人は所詮江戸町人…動ける奴は居なかった。だから、考えんのは行ってからでも遅くねぇだろ」




