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酸素は偉大

 最低限の準備は整った。

 あとは生き残り2人に何か行動を起こさせないように注意しながら情報を抜き出すだけだが。

 さて、どうするか。


 何はともあれまずは死なないように、かつ抵抗できないようにしなくては。

 生き残りが死なないように開けた穴から目を外す。

 そこには先程呼吸を確保させるために抜き取ったスライムがふよふよと揺れていた。


「あれ…なんかさっきより肌ツヤ増してない?」


 先程までは薄い半透明の青色…濁ったような色をしていたはず。

 それが今ではどこか輝いて見える。

 動きも緩慢なものからメリハリのあるキビキビとした動きに――


「って今はどうでもいいか、気のせいだろ」


 くだらない考えを拭うように頭を振る。

 そして、本来の考えを思い出したかのようにスライムへ指示を出し、再び穴の中へと侵入させた。 

 今回は呼吸のための空間を確保するようなことはせず、穴からスライムが溢れるギリギリまで注ぎ込む。


 するとどうだろうか。

 穴にスライムを注ぎ込んで30秒ほど後。

 2つある穴からそれぞれ、死にもの狂いになっている人間の顔が見えた。


「なるほど、勇者と聖女が残ったか」


 大きく咳き込みながらもなんとか呼吸をしようと試みる2人。

 天井付近に少しだけ空気がある、水に満ちたタンクを想像して欲しい。

 その中に閉じ込められたらなんとか天井に口を近づけ息をしようとするだろう。

 2人の状況はまさにそんな感じだった。


 頭大の穴からなんとか空気を吸おうと口をパクパクさせるその様子はどこか鯉のようで、思わず吹き出してしまう。

 しばらく待ってみようか?

 どうせ今すぐに会話などできそうもない。


 そのままさらに1分ほど。

 ようやく呼吸が整ったようだ。

 2人の顔には強い焦燥感が浮かび、長らく呼吸を止めていたためかその顔色は死人のように青ざめていた。

 おかしいな、しっかり呼吸できるようにしていたはずだが。

 もしかしたら空間が少なかったか?

 まあ生きているし問題はないが。


「元気そうだな」


 声をかけて初めて2人は俺の存在に気づいたようだ。

 その瞬間、2人の顔には正反対の表情が浮かぶ。

 勇者の顔には憤怒が。

 聖女の顔には安堵が。

 あまりの正反対ぶりに記念写真でも撮っておこうかとスマホを探してしまった。

 一拍遅れてスマホなどないということを思い出し少しだけ寂しくなる。


「てっ…めえ!! 今すぐここから出せ!!」


 さも親の仇でも目前にしているかのような気迫で勇者が叫ぶ。

 

「おいおい…そんな叫んだら――あーあ、言わんこっちゃない」


 大きく口を開けたことでスライムが口の中に流れ込み再び溺れそうになる勇者。

 アホなのだろうか。

 しかし、勇者の厳しい視線は理解出来る。

 正直あまりに思い通りに事が進み、その射殺さんばかりの視線も気持ちがいいくらいだ。

 だが。

 なんで安堵の表情なんて浮かべてるんだこの聖女は…?


「生きていたんですね…! リッチーにやられてしまったかと…!」


 おいおいマジか。

 この世界の宗教がどんなもんかは知らんが、信じる心を極めた者が聖女になれる、そんな感じなのか?

 いったいどんな思考回路をしてればそこまでおめでたくなれる?

 これは傑作だな。

 たまらず笑ってしまう。


「え――ど、どうされたのですか?! こんな状況なのでできれば助けて頂けると――」

「やめろ!! 俺たちはこのクソ野郎に嵌められたんだよ! いい加減理解しろクソアマァ!!」

「え…? そんな…う、嘘です…よね…?」 


 ようやくその考えが浮かんだらしい聖女の表情が一転し絶望の色を浮かべる。

 むしろなぜそこまで人を信じることができるのか気になるところだが…時間が勿体ない。

 話を進めよう。


「さて、お前らには聞きたいことがある」

「こっちはてめえと話すことなんかねえよ…!」

「まあそう言うな。どうせ何もできないだろ」

「てっめぇ…!」


 その瞬間だった。

 勇者が小さく何かを呟く。

 まさか――魔法か?!

 くそ、最悪の事態だ。

 まさかこの状況でも魔法を使えるのか!

 

 思わず身を固める。

 そして来たるべき衝撃に備えて――


 どん、と鈍い音が響いた。

 床が小さく振動する。


「あ、がああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 しかし想像したような衝撃は来なかった。

 勇者が白目を剥きそうな勢いで絶叫する。


 まさか…いやさすがにそんな事をするわけが…。


『マスター、ご無事ですか?!』


 イリアから脳内へ声が届いた。

 懐からトランシーバーを取り出す。


「無事だが…」

『よかった…。唐突にスライムが10体ほど消滅したためご心配致しました』


 …マジか。

 どうやらそのまさかだったらしい。

 

「ハ…ハハハハハ!」


 魔法を行使する際、その起点はどこになるのか。

 魔法の起点となるのは手である、俺はそうアタリをつけていた。

 正直、分の悪い賭けだった。

 もし視界内ならどこでも魔法を発動できる、そんなチート地味た現象なら今頃悲鳴を上げているのは俺の方だっただろう。


 しかし、俺は賭けに勝ったようだ。

 先程の振動、勇者の絶叫具合からして恐らく自らの魔法で負傷したか。

 もしかしたら体の一部が吹き飛びでもしたかもしれない。

 まあ、叫ぶ元気があるくらいだ。

 死にはしないだろう。


「これでわかっただろう。無駄な抵抗はやめてさっさと投降しろ」

「ぐ…誰が…てめえなんかに…!」


 健気にも抵抗する勇者。


「その意地だけは認めてやりたいがな、こちらにも都合がある」

「そんなもん知るかよ…!」

「…仕方ないか」


 俺はトランシーバーを口元へ寄せると小さく指示を出す。

 ――塞げ。


「て、てめえ何を…?!」


 すると、床に空いた穴が徐々に塞がっていく。

 じわじわと蠢く床はゆっくりと、だが確実にその穴を狭めていく。

 勇者が口汚く何かを喚いている。

 聖女も何かを言っているようだが勇者の声に紛れ聞こえない。


 そのまま穴はじわじわと狭まり。

 そして穴が完全に塞がると、あれだけ煩かった勇者の絶叫も聞こえなくなった。

 しん、と静まりかえる部屋。

 俺はその場でじっと時間を数える。


 大体だが3分を超えたあたりで再びイリアにトランシーバーで指示を出し、先程塞いだ穴をもう一度開けさせる。

 先程よりもより焦燥感を強くした顔が現れ、再び空気を取り込もうと大きく咳き込んだ。


「話をする気になったか?」

「殺してやる…!」

「そうか」

「お、おい――!」


 またも閉じ始める穴。

 再び静寂に満ちた部屋に俺のため息が虚しく響く。

 さあ、こいつの精神はどれだけ保つかな?

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