番外編⑤:フニャ
コテツが来たのは、春の初めのことだった。
おばあちゃんが逝ったのは、その前の冬だった。
花が知ったのは、神社からの連絡だった。以前、社務所を通じて連絡先を交換していたおばあちゃんの娘さんから、電話があった。
「母が、先日静かに眠るように逝きました」と、娘さんは言った。
「母から、もし何かあれば花さんに連絡するようにと言われていたので」
「そうですか」と花は言った。
「大往生でしたか」
「はい」と、娘さんは言った。
「コテツと一緒に、縁側で昼寝をしているようなまま、逝きました。穏やかな顔でした」
花は、少し黙った。
「コテツは、今どうしていますか」と花は聞いた。
「それが」と、娘さんは言った。
「母が逝ってから、どこかに行ってしまって。探しているんですが、見つからなくて。でも、なんとなく、どこかに行くべき場所に行ったのかなと思っていて」
「そうだと思います」と花は言った。
「コテツは、大丈夫です」
「花さんには、色々と不思議なことがあったみたいで」と、娘さんは言った。
「母が、よく話してくれていたので。コテツのことを見つけてくれた人がいるって」
「おばあちゃんにはたくさんお世話になりました。ありがとうございました」
と、花は言った。
それから少しして、春の初めの、よく晴れた午後のことだった。
花がリビングでお茶を飲んでいたとき、みやびが縁側から声をかけてきた。
「花さん」
「なんですか」
「来ています」と、みやびは言った。
「縁側に」
花は立ち上がって、和室に向かった。
縁側に、猫がいた。
サバトラだった。
少し太めで、毛並みがよくて、眠たそうな目をしていた。縁側の一番日当たりのいい場所に、のそのそと歩いてきて、丸まっていた。
花は、しゃがんで、猫を見た。
猫が、花を見た。
眠たそうな目で、面倒くさそうな顔で、でも確かに、こちらを見ていた。
「……コテツ」と花は言った。
猫が、少し目を細めた。
みやびが、縁側の端に腰を下ろした。猫の横に、静かに座った。
「また会いましたね」と、みやびは言った。猫に向かって。
猫が、みやびを見た。それから、また目を閉じた。
夕方、帰ってきた蓮が、縁側の猫を見た。
「……何ですか、この猫」と蓮は言った。
「コテツです」と花は言った。
蓮が、猫を見た。
「来たんですか」
「来ました」
「……おばあちゃんを見送って、それから…。そういうことだと思います」
と花は言った。
蓮が、猫の前にしゃがんだ。猫が、蓮を見た。
「……はじめまして、コテツ」と蓮は言った。
「俺は蓮です。花の夫です。怪異対応とDIYが得意です」
猫が、蓮を見た。それから、あくびをした。大きな、力の抜けたあくびだった。
「……フニャ」
蓮が花を見た。
「あのラジオのときの声と、一緒ですね」と蓮は言った。
「一緒ですね」と花は言った。
コテツは、縁側の特等席に居着いた。
一番日当たりがよくて、庭が見えて、家の中の様子も分かる場所。そこが、コテツの場所になった。
朝、花が起きると、コテツがそこにいた。夜、花が寝るとき、コテツがそこにいた。
六匹の猫たちは、最初はコテツのことを警戒していた。でも、コテツが全員に対して「知らんがな」という顔をしていたら、そのうちに慣れた。
そらが一番早く慣れた。ある日、そらがコテツの隣に来て、コテツの横で丸まった。コテツが面倒くさそうに少し体をずらした。でも、追い払わなかった。
のあとルウも、そのうちコテツの周りに来るようになった。
うにだけは、最初からコテツに遠慮しなかった。みやびと一緒に縁側に座って、コテツのそばでごろごろしていた。
コテツは、うにのことを少し気にかけているように見えた。たまに、うにの頭を舐めた。うにが喜んで、コテツに頭を押しつけた。コテツが面倒くさそうにした。でも、離れなかった。
ある春の昼下がり、花は縁側に出た。
コテツが丸まっていた。みやびが隣に座って、お茶を飲んでいた。うにがみやびの膝にいた。のあがキャットウォークの上からリビングを見下ろしていた。
リビングでは、蓮がソファに座って本を読んでいた。そらが蓮の足元で眠っていた。ルウがそらの隣にいた。ラテがソファの背もたれで伸びていた。モカがキッチンの棚から、誰かが何か食べないか様子を見ていた。
縁側に春の光が差し込んでいた。
庭の木に、花が咲いていた。白くて小さい花だった。
花は、縁側に腰を下ろした。
コテツの横に座った。
コテツが、片目だけ開けた。花を見た。それから、また閉じた。
花は、コテツの丸い頭を撫でた。
毛並みがよかった。温かかった。
「もう、我が家でサボっちゃダメですよ、コテツ」
花がそう言って、悪戯っぽく笑いかけると、コテツはうっとうしそうに片目だけを開けた。
それから。
「……フニャ」
一度だけ、短く鳴いて、また目を閉じた。
みやびが、お茶を一口飲んで、微笑んだ。
縁側の向こうで、庭の木が揺れた。
春の風が、通った。
うにがごろごろと喉を鳴らした。
リビングから、足音が聞こえてきた。
トトトトッ。
ラテが走り始めた。
それからドタッ。
モカが棚から飛び降りた音だった。
家の中が、賑やかになった。
コテツは、それを聞きながら、縁側の特等席で、丸まったまま、動かなかった。
ただ、耳だけが、少し動いた。
全部聞こえている、という耳の動かし方だった。
花は、それを見て、笑った。
相変わらずだった。
だるそうで、面倒くさそうで、でも確かに、ここにいた。
みやびが、花を見た。
「良かったですね」と、みやびは言った。
「良かったです」と花は言った。
縁側に、春の光が満ちていた。
おわり




