夜会にて1
そして翌日。
迎えに来てくれたアレックス様の馬車に乗ってマリンガム侯爵邸へと来ていた。
今日の私の装いは淡い紫のドレスで胸元にリボンがついたフェミニンな感じだ。先日アレックス様から大量に贈られてきたドレスの中のひとつ。本当は嫌いな人からもらったドレスなんか着たくないけど、『それは失礼です!』とマリーに押し切られてしまった。
スマートに夜会服を着こなすアレックス様は今日も相変わらず憎たらしい。正直隣にも居たくないので挨拶回りが終わったらさっさと開放されたい。始まる前からすでに帰りたくなっている私はせめて婚約者の義務は果たそうと、アレックス様と一緒に本日の主催の元へ挨拶に向かった。
マリンガム侯爵様は顎髭が見事な少し恰幅の良いオジ様だ。隣の侯爵夫人は対象的にほっそりとしていて強めに押したらポッキリと折れてしまうんじゃないかという印象を受けた。
「本日はお招き頂きありがとうございます、マリンガム侯爵」
「アレックス君よく来てくれたね。今日は楽しんで行ってくれたまえ!ああそちらは例の・・・」
「アレックス様の婚約者のベルティーナ・モリスヴェインと申します。本日はお招き頂きましてありがとうございます」
自己紹介をして淑女の礼をした。必死に笑顔を貼り付けたけれど、顔、引きつってないわよね?
「先日のデビューのドレスも見事でしたけれど、今日の装いもよくお似合いですわね」
「ありがとうございます。アレックス様が私の為にと準備して下さったんですの」
「まあ、お熱いですわね。ねえあなた。私も新しいドレスが欲しいですわ」
「う、うむ。そのうちな」
腕を絡ませてドレスをねだる夫人と煮え切らない態度の侯爵。
アレックス様との不仲を曝け出す訳にはいかないと精一杯アピールしたのだけど、もしかして私地雷踏んだ?
これ以上新たな問題を発生させるわけにはいかないとさっさと挨拶を切り上げさせてもらった。
すると待っていたかのように一人の若い男の人が話しかけてきた。
あ、この人・・・
「アレックス!来てたのか。これはベルティーナ嬢、本日も美しいですね」
「クリス、久しぶりだな」
「マリンガム様お久しぶりです」
短く刈り込んだシルバーの髪に吸い込まれそうな程澄んだ緑の瞳。ほんのり日に焼けた肌に引き締まった身体の彼は本日の主催であるマリンガム侯爵家の次男であるクリスフォード様だ。
アレックス様のご学友でいつも一緒にいた記憶がある。
「やだなぁ、ベルティーナ嬢。アルと婚約したってことは俺たちもう友達でしょ?クリスって呼んでよ!」
「は、はぁ。クリス様」
パチンとウィンクしてそう言う彼に私は呆気にとられて変な顔をしてしまった。
クリスフォード様は黙っていれば神秘的な雰囲気の美丈夫なのだけど、そのチャラさが全てを台無しにしている。まあ、そのギャップが良いと憧れている女性もいるのだけれど。
かく言う私も彼のような明るい人は好きな方だ。少なくともアレックス様と一緒にいるよりは楽しそう。
それにしてもクリス様と言えば騎士団への入団が決まっていたはずだけど、あのチャラさでやっていけるのかしら?
はっ‼︎いけないいけない、婚約者以外の人に少しでも心を寄せてしまうなんて。淑女失格だわ。
でもふとアレックス様だってそうよねと思い直す。
私という婚約者がいながら公爵令嬢とよろしくやってるんだから。
「すまない、少し行ってくる」
ボーっと考えに浸っていた私はアレックス様の言葉ではっと我に帰った。どうやらクリス様とお話しがあるらしい。
「ええ、分かりましたわ」
どうぞどうぞ
そんな心の声を悟られないように気をつけながら離れていく二人を見送る。
アレックス様が戻ってくるまで壁の花にでもなっていようと歩き出した時、アレックス様とクリス様の声が聞こえてきた。
「・・・話していないのか?・・・・今日・・・いるんだぞ」
「話す・・・ない・・・レイラ」
周りに聞こえないよう声を落としているらしいが内容が漏れ聞こえてしまっている。もう少し気を付けた方がいいんじゃないかしら?ってそんなことはどうでもよくて。
今、レイラって聞こえたわよね?今日も来てるのかしら?
キョロキョロと辺りを見回してみたけど姿は見当たらない。
その時会場がザワザワとざわついた。公爵令嬢のお出ましかと思い入り口を見てみると人が左右に分かれてぽっかり空いた空間に男の人が立っているのが見えた。
あれは・・・第二王子様?少し長めの金髪を耳にかけすましたふりをしているが、サファイアのような碧眼には焦りの色が浮かんでいる。さりげなく周りの様子をうかがっている姿から察するに誰かを探しているようだ。
そういえば第二王子様についても変な噂を聞いた。何でも婚約者がいるのに学園内でいろんな女の人に声をかけて浮気を繰り返していたとか。怒った婚約者の父親が国王陛下に直訴をして婚約破棄になったそうだ。
今日のパーティーに参加予定だったとは知らなかったけど、一人で参加しているあたり噂は本当なのだろう。どこの世の中にもどうしようもない浮気者はいるものだ。前世の父も相当な浮気者だったようで、隠しているつもりでも全て母にばれていた。それでも隠しているだけまだ相手への何かしらの未練があるからましというものだろう。アレックス様は隠すつもりもなく話す必要性も感じていないようだ。
先ほどのクリス様の『話していないのか?』というのはどう考えても公爵令嬢のことだろう。でもアレックス様ははっきりと言ったのだ。話すつもりはないと!ないがしろにするのもいい加減にしてほしい。
まだ挨拶回りは残っているのに話し込んでいてこちらに戻ってくる気配はない。仕方なく飲み物を手に取り前回のようにお独り様を決め込もうと思っていた私の前に見覚えのある赤い髪が通り過ぎた。
赤い髪が映えるクリーム色のドレスにエメラルドのアクセサリーをつけた公爵令嬢が流れるような動作でアレックス様に腕を絡ませた。