夜会にて2
前話の続きです。
いつの間に来たの?!と呆気に取られて思わず二人を見つめてしまった。すると少し困った顔のアレックス様と目が合った。でもバツが悪そうにすぐふいっとそらされてしまった。
なに、今の。少しは悪いと思ってるの?思ってるなら説明くらいすればいいのに。
結局こちらをちらりと見ただけで公爵令嬢と手を絡ませたままホールの中央へ、一番目立つ位置まで歩いて行った。
まあ、そうだよね。わざわざ言い訳しに来たりしないよね。
きょろきょろとあたりを見回していた第二王子様の目が一点を見つめて止まった。その先にはアレックス様と公爵令嬢。叫びこそしないもののとても驚いた顔で二人に向かって人差し指を突き出した。その指先は僅かに震えているように見える。何かを言いたそうに口をパクパクさせてカッと見開かれた目は僅かに血走っている。
私からは二人の後姿しか見えないのでどんな表情をしているのかは見えない。いつの間にかざわめいていた会場はしんと静まり返り、皆がアレックス様たちの動向に注目しているのが分かった。
その静寂を切り裂くように公爵令嬢の声が響いた。
「あら、王子殿下。お会いするなんて夢にも思っておりませんでしたわ」
コロコロと錫を転がしたような可愛らしい声。
可愛らしい見た目にそぐわしいその声でさらりと毒を吐いた。
いま、暗に会いたくなかったって言ったよね?確か二人は同じ学園に通ってたってグレースが言ってたわね。もしかして公爵令嬢も第二王子にちょっかいをかけられた一人なのかしら?
公爵令嬢の言葉で我に返ったのか、開けっ放しだった口を閉じ襟を正した。冷静を装ってはいるものの顔が引きつっており、動揺を隠しきれていない。
「れ、レイラ嬢、王子殿下だなんてそんな他人行儀な。ウィルドルフと呼んでくれと言っただろう?」
「そんな、一介の貴族令嬢に過ぎないわたくしが王子殿下をお名前でお呼びするなど恐れ多いですわ」
王族に名前呼びを許されるなんて光栄なことなんだろうけど、今のこの状況ではただひたすらに痛々しい。
相変わらず後姿しか見えないけれど、どうやら扇子を取り出して口元を隠しているらしい。
その扇子の下笑ってるんじゃないの・・・・?
公爵令嬢に拒否されてショックを受けたのか戸惑ったように今度はアレックス様の方を見ている。
「う、ウェールズ公爵家のアレックス君・・・・だったかな?レイラ嬢と君はどういう・・・・・?」
「これは殿下。レイラ嬢とは幼馴染みたいなものでして、親しくさせて頂いているんですよ」
「ええ。今日はたまたまアル様とお会いできて嬉しくておしゃべりしてましたの」
たまたま??おしゃべり?腕組んで?
っていうかアル様って名前を通り越して愛称呼び?!
思いもよらぬ言葉に私はポカンと口を開けたまま見つめるしかなかった。
「う・・・噂は本当だったのか?そんなはずは・・・・そ、そうだ、アレックス君!君は婚約したんじゃなかったのか?婚約者がいる身で他の令嬢と親しくするなど!!」
二人の仲良さげな様子に青い顔をしてブツブツと呟いていた第二王子様が突如はっと顔を上げた。そして急に元気を取り戻し、嬉々としてアレックス様を糾弾し始めた。
鬼の首取ったりーーー!!という叫びが聞こえてきそうな言い方だった。
どの口がそれを言う?という叱責が飛んできそうなセリフだなと心の底から思う。とは言えこの場の誰も、私自身も聞けなかった問題に触れてくれたことは素直に感謝したい。
さあ、二人とも私がいる前でどんな弁明をするのか楽しませてもらうわ。ああ、後姿しか見えないのが歯がゆい。さりげなく見える位置まで移動しようかしら?
でも当事者の一人である私にもチラチラと好奇の視線が向けられている。その中で堂々と動く度胸は残念ながら私にはない。
それこそどうぞ私を見て!って言ってるようなもんじゃない。軽い修羅場と化そうとしているこの場で更に注目されるのは避けたい。第二王子様は私のことを知らないはずだし、アレックス様さえ言わなければ私の方にとばっちりが来ることは無いはず!
私は気配を消してこの場をやり過ごすことに決めた。息もできるだけひそめておこうと思う。
ふとマリンガム侯爵を見るとテカテカした頭に浮かんだ脂汗をハンカチで拭いていた。隣の侯爵夫人は今にも倒れそうなほど顔色が悪い。それはそうだろう。自分たち主催の夜会で修羅場が始まろうとしているのだから。しかも相手は公爵家と王族だし。
だからこそアレックス様がどんな説明をするのか待たれるがまだ口を開ける気配はない。
「どうした?答えられないのか!いたいけな女性の心を弄ぶなんて最低な行為だぞ!!」
アレックス様が黙っているのをいいことにアレックス様を責め続ける第二王子様。
だからどの口が・・・まあ、このタイプの人には何を言っても無駄よね。
「私は弄んでなどおりませんよ?殿下。婚約者のことは誰よりも大切にしております。」
黙って第二王子様の責めを聞いていたアレックス様の声が静まり返ったホールに響いた。
あっけらかんと吐かれた言葉に思わず目が点になる。
・・・・・・・・はい?
それは私だけではなかったようで、第二王子様もポカンとしたまま固まってしまっている。そんな様子を気にも留めずアレックス様はさらに続けた。
「レイラ嬢のことは婚約者にも話してきちんと理解を頂いています。婚約者をないがしろにしてあまつさえその心を傷つけるなど人の所業ではありませんよ。婚約破棄されても仕方のないことです。そう思われませんか、殿下?」
「えっっ・・・・あー、その」
はい、ブーメランきましたー。散々自分のしたこと棚に上げて言いたこと言っていたんですもんね。そりゃあ言い返せるわけないわよね。
っていうか公爵令嬢を紹介されたことも説明されたこともないんですけど。でもこんな状況でそれを公にしてしまえるほど空気の読めない子じゃありません。ええ、そうですとも。大嫌いな相手でもその顔を立てて知ってるふりくらいしてあげますとも。
でもアレックス様の言葉を借りれば、私が今受けている仕打ちも婚約破棄できるほどのものってことよね?婚約しちゃったからもう結婚するしかないと思っていたけど、婚約破棄って手があるじゃない!!突如見えてきた一筋の希望に心が一気に軽くなった。
周りからの痛い視線が突き刺さる中、第二王子様はただ黙って俯くしかできないようだった。気まずい沈黙が続く中、その空気を変えたのは主催であるマリンガム侯爵だった。
「ま、まあまあ殿下。せっかくいらしたのですからどうぞパーティーをお楽しみください。当家自慢の庭園をご紹介しましょう!さあ、こちらです」
侯爵が半ば強引に第二王子様を連れ出した後、ざわざわとざわめきだした会場で侯爵夫人が楽団に支持を出していた。間もなく軽快な演奏が始まり侯爵夫人が招待客に向けて口を開いた。
「みなさま、ダンスを楽しみましょう!お食事もどうぞご堪能ください」
第二王子もいなくなり、侯爵夫人の掛け声で平静を取り戻してきた人々がこちらを気にしながらもパラパラとダンスを踊りだした。




