22-24-1. 『絆・エピローグ』
「…………」
右手の鉤爪から鮮血を滴らせながら、チェバ◦コースが立ち上がる。
その足元にはボロボロになったギガモス。
その外見は、彼女の言っていた『美しさ』からは程遠く。
首は5本の爪痕に深く抉られ。
ドクドクと血液が垂れ流され。
大翅は痙攣してビクビクと震え。
脚はピンと伸び切り。
何かを呟くようにパクパクと動いていた口も……やがて、閉じたっきり動かなくなり。
全身からダラリと力が抜けた。
「……おわったね」
「あぁ」
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――――こうして、魔王軍第二軍団を率いる軍団長・ギガモスは息絶え。
勝敗は決した。
魔王軍・第二軍団の企てた、王都夜襲作戦ならびに同時決行の白衣隔離作戦。結果はいずれも失敗。
軍団長のギガモス、遅れて来たアニキ副長、そして兵の蟲共は全員戦死。王都南門の地に散った。
後日王都にて行われた被害調査の結果によると、ヤツらの至上目標だった王族はじめ王国要人の殺害は結局0。
終盤でギガモスが王都を丸ごと葬ろうと振り撒いた【虫の息】も、なんとか人々に届く前に間に合った。
その他物的被害は王都各地で大小起きていた模様、だけれど……人的被害は総じてゼロ。
まさに奇跡、ウソみたいな話だ。
……が、この結果があるのも皆のお陰だ。
戦いの序盤中盤はCalcuLegaで事前に立てていた作戦が功を奏した。
終盤には予想外の反撃を受け、黒カマキリに外壁突破されたりギガモスの【虫の息】と危なかったけど……天候すらも操ったチェバ◦コースの力や、同級生達の協力が無ければこうはならなかっただろう。
そして、圧倒的勝利に終えたこの戦いは後に『王都南門夜襲事件』としてティマクス王国の歴史に語り継がれる事となる。
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チェバ◦コースの作り出した大雨は段々と弱まり、パラパラ雨にまで落ち着いた。
あの雷1発で雨雲も力を使い果たしたんだろう。
「……止んだな」
「ええ」
やがて雨も降り止み、雲も姿を消すと。
雲一つない星空と満月が再び顔を出し。
王都に差し込んだ青白い月光は、戦の跡を克明に映し出した。
「うおー……すっごい」
「俺ら、こんな数の相手と戦ってたのかよ……」
「今考えると鳥肌モノです……」
王都南門から少し離れた所、立ち並ぶ僕達5人の影。
その周囲に広がっているハズの草地は……夥しい蟲の亡骸が取って代わっていた。
雨が止んで錆び鉄のような血の匂いも徐々に立ち上る。
「……ん?」
「まだ残ってたか」
そんな戦場跡の中、低空でホバリングを続ける虫がただ1匹。
「よりにもよって私め1人が残されるとは……死に損ないましたな」
指揮官の爺やだった。
「まだ私たちとやるつもりー?」
「……否。歳といい、この腹の傷といい、私めに抗う力など残っておりませぬ」
逃げも戦いもせず、無防備にホバリングを続ける爺や。
降参だった。
「この老いぼれ、煮るなり焼くなり好きになされ」
爺やが頭を垂れて僕達に首を差し出す。
「そんじゃ、オマエも私の鉤爪でバッサリ――――
「ちょっと待った。チェバ◦コース」
「……なにー?」
「そいつは僕が。良いか?」
「うん。おっけー」
調子づいているチェバ◦コースには悪いけど、僕に預からせてもらおう。
彼女に代わって1歩踏み出し……魔法を唱える。
「【外接円Ⅱ】・縛れ胴体!」
爺やの体を囲むように現れる水色の輪。
その直径がギュウと縮まり、爺やの体を翅ごと縛り上げ。
ゴロゴロと地に転がった。
「……第二のナンバー3、指揮官たる私めを殺さぬのですかな?」
「あぁ」
「何ゆえに。……私めをどうするおつもりで?」
「折角生きてる奴を殺しちゃもったいない。搾れるものも搾れないじゃんか」
「……ほほう」
苦しげながらもニヤリと笑う爺や。
……僕が爺やをどう扱うつもりか悟ったようだ。
「…………私めの口は堅いですぞ」
「それはどうかな」
まぁ、今度じっくりと魔王軍の情報を聞き出してやろうじゃないか。
作戦会議室CalcuLegaの本棚をパンパンにするくらいにな。
「あぁ、あと1つ」
戦いも終わったところだし、相手は無抵抗な爺や1人だし。
折角なのでこのタイミングで言いたい事を1つ伝えておこう。
「この戦いで……お前達には勉強させられたよ」
「はぁ……?」
……んまぁ、僕以外の人からすれば突飛な話で意味不明だろうけど。
僕は、この戦いを通して学んだことがあるんだ。
勉強させられた。
思い知らされたんだよ。
――――『予習』の大切さ、ってのを。
∋∋∋∋∋∋∋∋∋∋
あれはまだ中学の頃。ある日の夕方、いつもの帰り道。
アキは言ってたんだ。
『なぁ計介。"予習"ってのは、お前に分かる風に言うと……"ネタバレ"なんだよ』
『ネタバレ?』
『あぁ。"授業のネタバレ"』
『へー。ソウナンデスネー』
『……ったく、聞いてんだか聞いてねえんだか』
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あの時は聞き流しちゃったし、あんな会話があった事なんて今の今まですっかり忘れてた。
けど、今考えると……数日前のCalcuLegaでの作戦会議、アレこそが『第二軍団のネタバレ』だったんだ。
クーゴ達となんとか第二軍団の情報を抜き取って、CalcuLegaで作戦を立てて。
だからこそ、作戦を立てていた序盤中盤はスンナリと戦えた。
逆に情報が手に入らず作戦の無かった終盤は苦労した。序盤に比べて苛烈な攻撃が多いのを加味しても、せめて『【虫の息】という必殺がある』という事前情報さえあれば戦況は大きく変わったと思う。
つまりアレは全部、『予習』だったんだ。この戦いの予習。
そして序盤中盤と終盤の差こそが、『予習の有無』の差を如実に表していたんだ。
『予習』の重要さを、身を以って体感させられたんだよ。
「白衣を討ち取るどころか寧ろ成長させてしまうとは…………何と皮肉な」
爺やの眼を見つつも、僕自身に響かせるように呟いた『予習の大切さ』。
それを聞かされた爺やは、もう頭を上げる元気も失くし。
「数学者舐めんな」
「いやはや……参りました。参りましたぞ、数学者」
こうして、戦いは終わった。
「……さて」
それじゃあもう夜も遅いし、どこかで体を休めて――――
――――と思ったんだが。
「うっ……」
短く唸りを上げるシン。
と同時に、身体がフラリと傾き。
「かっ、身体が重……」
「「「「シン!?」」」」
そのままバタリと倒れ込み。
足下の草地に倒れ込んでしまった。
「ごめんケースケ、わたしも……もう動けない」
「すまねえ先生。俺も無理だぞ……」
ドミノのようにアークとダンまで倒れ込む。
……ククさん達に乗ってフーリエから王都まで2日半、かなり溜まっていた睡眠不足。
緊張の糸がピンと切れた今、それが丁度祟りに来たようだ。
「……ううー。私もダメだー」
今日のMVP、チェバ◦コースの体力にもついに限界が来た。
気を失うように倒れ、そのまま眠ってしまった。
……最後の最後までよく頑張ったね。チェバ◦コース。
ありがとう。
そう心の中で呟きながら彼女に【演算魔法】を掛けた。
「【加法術Ⅵ】・ チェバ+コース !」
【合成Ⅰ】の解除方法は、意外にも昔懐かし【加法術Ⅵ】で出来るんだそうだ。
三角関数の合成、その逆が『加法定理』だからなんだろう。きっと。
なんて事を考えていると、キラキラと輝きだすチェバ◦コースの身体。
とんがり帽子の狼耳、ふさふさ尻尾、両手の鉤爪が光の粒に包まれて四散し……元のコースの姿に。
弾けた光の粒は、眠るコースの横に再び集結し……元のチェバの姿に。
1人の狼魔獣人は元の1人と1匹、コースとチェバの姿に戻った。
「……ゆっくり休んでね」
コースとチェバの嬉しそうな寝顔を確かめ、最後に一言だけ声を掛けて――――そこで僕の意識も途絶えたのでした。
これにて22章『圧倒』編、完結。
あとついでに、ココからは事務連絡ですが……本話で500話に到達しました。
読者の皆様、拙い文章ではありますがいつもお読み下さりありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
2021年10月30日 ほい




