22-24. 絆
『メグミの雨』が王都の市民を【虫の息】から守り抜いた。
【恒等Ⅰ】の切れた僕達も、もう【眠鱗粉】を心配する必要はない。
王国側の勝利はもう眼前。
すべきことは、あと1つ。
「ねー先生。……あとはアイツをブッ倒せば勝ちだよね?」
「……あぁ」
――――その通り。
第二のボスを、ギガモスを討ち取る。それだけだ。
「……出来るか?」
「うん! 体力もギリ残ってるし、もう1発イイトコ見せちゃうよー!」
ブンと頷くチェバ◦コース。頼もしい。
……悔しいけど、僕達じゃ上空のギガモスには手出しできないのだ。
彼女に託そう。
「分かった。奴にトドメを……頼んだよ」
「おっけー!」
「さーてと。……あとはオマエをブチ墜とすだけだー!」
「…………」
全ての武器を失ったギガモスを見上げ、ニッコリと告げるチェバ◦コース。
「キイイイィィッ!! 死ね! コロス!!」
何度目かのヒステリーを起こすギガモス、しかし上空から降ってくる言葉は幼稚そのもの。
もはや滑稽でしかない。
「アンタ達なんて死ねばいいのよぉ! 死ね!! 死になさぁい!!!」
「やーだね! 死ぬわけないじゃんバーカ!!」
と思いきや、まさかのチェバ◦コースまでヒートアップ。
売り言葉に買い言葉が止まらない。
……だが、どちらが上手かはもう決まっていた。
「死ねこの狗!!」
「チェバはイヌじゃないもん! ウルフだもん!!」
「どちらも一緒よぉ!」
「違ーう! ……訂正して。チェバはウルフ!」
「狗!」
「チェバはウルフ!」
「狗!」
「ウルフッ!」
「狗ッ!」
「もういい! 怒った! ウォォオオ オ オ オ オ オ ン!」
チェバをバカにされた勢いでチェバ◦コースが遠吠え。
また更に一段と激しさを増す土砂降りの雨。
上空に留まるギガモスを引き摺り墜とさんと、大粒の水滴が大翅を叩きつける。
「くぅっ……!! この人間……いえ、人間でも魔物でもない中間生命体がぁ!」
「はー!? バッカじゃないの! どっちもなんだし!!」
「どっちつかずの中間生命体! 死ね!!」
「違うし! イイトコ取りの狼魔獣人だもん!」
「まるで化け物のような見た目じゃなぁい!」
「ウッソつけー! むしろカッコいいでしょ!」
見せつけるように狼耳と尻尾を動かす。
「ほらほら!」
「目障りよぉこの屑!! ただのお飾りを身体に取り付けた位で――――
「は? チェバがオカザリだって!?」
「ええそうよぉ! その通りじゃなぁい!!」
「……その翅、ビッリビリにしてやる!」
「地上にしか居られない中間生命体に、遥か上空の私を撃ち墜とせるとでも?」
「うん! ォオオオ オ オ オ オ オ オ オ オ ン!!」
再び怒りの一吠えが轟く。
真っ黒な雨雲から絶えず降り続く土砂降り、その勢いは弱まることなく……――――それどころか雨粒は凍って雹となり。
無数の雹は弾幕をなし、ギガモスの大翅を背後から貫く。
「アアアァァァァッ!!!」
「へっへー! ざまーみろだ!」
文字通りの蜂の巣となる、蛾の大翅。
もはや魔鱗粉も作れない程ビリビリに破れ。
……しかしそれでも、落ちるまいと女王のプライドが必死に翅を羽ばたかせる。
「とっ……とにかく目障りなのよぉ! 消え失せなさぁい!」
「やーだよ! じゃあオマエが消えればいいじゃん!」
「っ!? そんな暴言、この軍団の長たる私に許されるとでもぉ!?」
「知らないもーん!! どーせ魔王軍は私たちが丸ごとヤッちゃうから!」
「黙りなさぁい! この穢らわしき中間生命体の分際で!!」
「だーかーらーイイトコ取りの狼魔獣人だもん!」
「アンタみたいな汚らわしい存在、死ねばいいのよぉ! その犬と一緒に死になさぁい!!!」
「は?」
――――そのギガモスの一言で、チェバ◦コースの何かがプチッと切れた。
この土砂降りの中でも僕達が聞こえるほどに、『プチッ』と。
「…………言っちゃったね?」
「ええ言ったわよぉ。だから何かしらぁ?!」
「もういい。ブチ墜としてやる!!」
「やれるものならやってみなさぁい!」
「……ヤッちゃうよ」
今までのヒートアップから一転、急に静かになるチェバ◦コース。
怒りにまみれつつも、冷静になったチェバ◦コースは――――残る全力を振り絞り。
いや……彼女の持てる、それ以上の力を以って。
数々のチェバへの貶しで溜まった怒りを放つように。
特大の咆哮を上げた。
ウォォォオ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オオオン!
深夜の王都に響く狼の咆哮。
その咆哮に共鳴するように閃く、一筋の太く白い光。
――――稲妻。
夜空を冪々と覆う雨雲から伸びる、稲妻は。
上空のギガモスを巻き込みながら。
爆音と共に、咆哮を上げるチェバ◦コースめがけて落ちた。
ドオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!
互いに情報を抜き合い、対策を打ち合い、出せる手を出し尽くした総力戦。
軍配は、最後の一手差でコッチに上がった。
プスプスと黒い煙を上げながら、ヒラヒラと草原に舞い落ちる物体。
その着地地点へと5人で駆け寄ってみれば、チェバ◦コースの雷に焼かれたギガモスがパサリと落ちてきた。
「かはっ……」
雹で穴だらけにされていた翅は真っ黒に焦げて香ばしい匂いを漂わせ。
触角はチリチリに縮れてもはや使い物にならず。
6本あるハズの節足も、節で焼き切れてしまったのか1本足りない。
おまけに雷で強力な麻痺の状態異常を受けているのか、体はピクピクと痙攣したっきり動かない様子。
第二の長が麻痺と、まるで皮肉もいいところだった。
「おっ……落ちこぼれの、第三の犬の分際でぇっ」
が、それでもまだ意識のあるギガモス。
か細い声で何やら呟いていた。
「この美しい私が……タカが人間などに、第三の犬などに……」
「その犬の力にオマエは撃ち落とされたんだよー!」
「魔王軍でもない……人間のアンタに、何が分かるのよぉ!」
「分かるもん! だって……今の私とチェバは一心同体だから」
その通りだった。
今のチェバとコースは単に仲の良い、気が合うだけのペアじゃない。【合成Ⅰ】した正しく一心同体なのだ。
今の彼女達なら何でも分かるだろうし……一心同体じゃなければ、この勝負も変わっていた。
チェバとコース、人間と魔物の絆がもたらした勝利だった。
ギガモスも気力が尽きて黙ると、コースが僕を見上げた。
「じゃー先生、刺して。コイツにトドメを」
「……いや」
首を横に振る。
……いや、ギガモスにトドメを刺すべきなのは僕じゃない。
「チェバ◦コース……いや、チェバ。まだギガモスに訂正させなきゃいけない事、あるんだろ?」
「あー……うん。そーだったね」
思い出すように頷くチェバ◦コース。
バリバリと焼け焦げて炭化した大翅を踏み割りながら、身体の上に馬乗りになると。
ニッコリと笑いながら、再び尋ねた。
「じゃーギガモス、最後に聞くよ? ……チェバは何?」
「…………この狗が」
チェバ◦コースの右手の鉤爪が、力尽くにギガモスの喉笛を掻き切った。




