22-23-2. 『メグミの雨』
「あっ…………」
「冷たっ……」
「雨…………?」
チェバ◦コースの咆哮が作った雲から、ぽつぽつと降り出した雨。
冷たい水滴が額、腕、手を叩く。
「もっと……もっと降らせるよ! ゥオオ オ オ オ オ オン!!!」
更にチェバ◦コースが空を仰いでもう一吠え。
呼応するように、一段と分厚さを増す雲。
ぽつぽつ程度だった雨が次第にパラパラ雨になり……やがて本降りに。
「凄え……」
「一瞬で天気が変わっちまった……!」
王都中にシトシトと降り注ぐ雨。
雨水を受けた草はサァァと心地よい音を奏で、雨水を吸った土が香りを放つ。
ものの数十秒で、天気が晴れから雨へガラリと変わってしまった。
「ねー先生。これが……私とチェバの力を合わせた『サイキョーわざ』だよ」
「……マジか」
「どー? ビックリした?」
「…………あぁ」
もう驚き過ぎて言葉が出なかった。想像だにしなかった。
まさか天候をも操れるようになっていたなんて……。
チェバの咆哮と、コースの【水系統魔法】を足し合わせた……いや、『足し合わせた』なんかじゃ済まない。
『掛け合わせた』でも足りない。
チェバの咆哮とコースの【水系統魔法】を――――冪き合わせた、ワザ。
間違いなく、サイキョーと呼ぶに相応しい。
狼魔獣人の『サイキョーわざ』だった。
――――だが、この雨が洗い落としたのは返り血だけじゃない。
まだまだ序の口、本番はココからだった。
「……なっ……なんて事なのぉ!?」
頭上から突如響く、悲鳴交じりに狼狽える声。
さっきまで勝ち誇っていたギガモスが何やら叫んでいる。
「……アンタの仕業ねぇ?!」
「そーだよ! スゴいでしょ!」
エッヘンと胸を張るチェバ◦コース――――
「止めなさぁい!! この雨を今すぐ止めさせるのよぉ!!!」
そこに飛んできたギガモスの怒号。
ヒステリーのようにまくし立てる。
「えー! なんでー?」
「理由なんていいでしょぉが!!」
「なんでよー!」
「いいから早くなさぁい!!!」
畳み掛けるように続くギガモスの口撃。
……しかしチェバ◦コースも劣らない。
「やーだね! べーッ!」
「……ッ!!!」
「だいたいどーしてオマエなんかに従んなきゃいけないのー!?」
「そんな事を気にするより早く雨雲を消しなさぁい!!」
「絶ーッ対しない!」
全くの正論でチェバ◦コースも反撃。
次第に引きつるギガモスの声。
焦っている様子が手に取るように分かる。
「いいから早くしなさぁい!! さもないと……」
「さもないと何ー?」
「…………っ」
勢いで口から出任せたものの続かない。
「ねーねー! さもないと何なのー? 何が起きるのー!?」
「さっ、さもないと………………」
「そんなんで私を脅せるとでも思ったんだ? バッカじゃないの!!」
「…………っ!! ……ッ!!!」
すかさずチェバ◦コースの反撃。
クリティカルヒットが決まった。
「っるさいわねぇ!! いいから早く雨を止ませなさぁい!!」
「だからなんで!? ねーなんで!」
「理由なんてどうでもいいでしょう! 早く!!」
「やーだよ! ――――ま、それに理由なら聞くまでもないし別にいーんだけどね」
「なっ……」
一蹴するチェバ◦コース。
唖然とするギガモスにザマァみろと見せつけんばかりに、咆哮をもう一吠え上げた。
「ザーザー降りになっちゃえ! ゥオオ オ オ オ オ オン!!!」
咆哮を上げるや否や、従順そのものの雨雲はモクモクと成長を続け。
シトシトと降っていた雨足は更に強まり、更に大粒となり。
ほんの一瞬でバケツをひっくり返したような土砂降りになった。
「だ…………駄目……駄目よぉ」
叩きつけるような大粒の雨が呆然のギガモスを打つ。
フーリエに立ち並ぶ建物の屋根を打つ。
夥しく横たわる蟲の亡骸を打つ。
足元の草を打つ。
勿論、僕達の全身にも大雨が打ちつける。
服はそのままプールに飛び込んだかのようにビショビショに濡れ、なおも降り注ぐ雨は蟲共の返り血を洗い流すように足を伝って流れ落ちる。
――――しかし、大雨が洗い流したのは蟲共の返り血だけじゃない。
「駄目……このままじゃぁ、折角の……」
降りしきる大雨も気にせず、ギガモスが眼下に見る王都。
その上空を覆っていた、灰色の靄が。
「私の【虫の息】が……消えていくぅ……!!」
ギガモスのばら撒いた死の魔鱗粉・【虫の息】が――――徐々に薄まっていた。
空中を漂っていた【虫の息】は、降り注ぐ無数の大雨に捕捉され。
王族や市民を1人として侵すこと叶わぬまま、雨粒もろとも地面へ叩き落とされ。
莫大な水量を以って石畳の隙間へと流し込まれ、地下深く深くへと浸透させられ。
そのまま二度と、陽の目を見ることはなくなった。
チェバ◦コースの作り出した大雨が、きれいさっぱり【虫の息】を洗い流した。
「オマエの計画も、ヒッサツわざも……私とチェバの『メグミの雨』がぜぇーんぶ洗い流したよー!」
「イヤアアアァァァァァァァァ!!!」
最後にして最凶の武器を失ったギガモス、頭を抱えて上げる甲高い悲鳴。
それさえも大雨は吸収し尽くし、僕達の耳には届かなかった。
こうして、ギガモスのばら撒いた【虫の息】も、ついでに序盤でドクモス達のばら撒いた【眠鱗粉】も――――第二軍団のばら撒いた武器を何もかも全部、大雨が洗い流し。
丁度今、60分間の【恒等Ⅰ】――――その残り時間が0を迎えた。
僕達の身には、何一つ変化は無かった。




