22-22. 息Ⅰ
――――死の魔鱗粉・【虫の息】。
「「「「「……っ」」」」」
爺やの口から出た、悍ましい単語。
息をのむ。
「あらゆる魔鱗粉を操る第二軍団の長、ギガモス様の辿り着いた境地。それこそが……死の魔鱗粉・【虫の息】なのですぞ」
「「「「「【虫の息】……」」」」」
戦慄に言葉も出ない。
そんな僕達に爺やは静かに語る。
「……その魔鱗粉を吸った者は、状態異常『虫の息』に罹る。それは一度罹ったが最期、寿命が虫の息ほどに縮み――――そして間もなく息絶える。不治の病ですぞ」
「ウソだろっ!?」
「そ……んな…………」
――――曰く、如何に健康活発な人間でも10分と生き延びた者は居ないと。
野良の魔物では3分もすればほぼ全数が息絶えると。
植物においては立ちどころに枯死すると。
つまり、罹ったが最期。
魔鱗粉を浴びたが最期。
事実上、直接的に生物を殺す最凶の状態異常。
動物、植物、魔物、あらゆる生物を殺す最凶の魔鱗粉。
それこそが――――今まさにギガモスの放とうとしている、死の魔鱗粉・【虫の息】だった。
「……折角貴方がたが懸命に王都を護っておられた努力も、結局は無意味。死屍累々の地獄と化しますぞ」
「「「「「…………」」」」」
まるで今までの善戦が何だったのかと疑いたくなるような、形勢逆転。
頭からサーっと血の気が引くのが分かる。
「お、おい……冗談だろ?」
「うそ……嘘よね?」
「いえ、今の私めの発言に噓偽りはございませぬ。魔王様にもお誓いしましょう」
偽りであってくれと願うも……【真偽判定Ⅲ】の答えは冷徹だった。
「ただご安心なされ。状態異常無効化とやらで『虫の息』にならない貴方がたならば生き残れますぞ」
「…………黙っとけ」
僕達だけが生き残ったって、王都が陥落したらイコール王国の負けだ。
……それに、いずれにせよ4分経てば僕達も王都もろともなんだよ。
「何か、ギガモスを……ギガモスを止める方法はありませんか!?」
「チェバ◦コース! アーク! 何か使える魔法は無えのかよ!?」
「わたしだって何とかしたいけど……ッ!」
チェバ◦コースもアークも必死に頭をフル回転させるが、思いつく手は無い。
「【外接円Ⅱ】ッ……! 【冪根術Ⅵ】ッ……! 【合同Ⅴ】っ……! 【一次直線Ⅵ】……あぁクソッ!!!」
「「「先生……」」」
一縷の望みに賭けて思いつく限りの【演算魔法】を唱えるも……発動しない。
【演算魔法】も上空何百メートルが相手では圏外だった。
「ケースケっ……」
「…………済まん」
もはや僕達に手を出せない。
「……これはマズい」
……要人どころじゃない。
このままじゃ王都が全滅する。
ヤバい。
これは本当にヤバい。
ヤバすぎる。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい――――
――――終わった。
「おやおや、白衣もついに『詰み』ですかな」
「「「「「…………」」」」」
「しかし落ち込むべからず。あれ程負けず嫌いのギガモスから『降参』の言葉を引き出し、更に【虫の息】まで使わせたのですぞ。間違いなく第二軍団史上最強の敵、誇るべきですな」
「「「「「……くっ」」」」」
――――【恒等Ⅰ】の効果終了まで、あと3分。
それが、【虫の息】を前にした僕達の最後の言葉となった。
「おや……始まったようですな」
黙って俯く僕達に、上を見ろと言わんばかりに声を掛ける爺や。
「ご覧なされ。【虫の息】が降り注ぎますぞ!」
そして、満月に重なる大蛾のシルエットが……バサリと翅を大きく開いてしまった。
∩∩∩∩∩∩∩∩∩∩
「はぁー、危なかったわぁー。……ここまで飛べば奴らの攻撃も届かないわねぇ」
一心にバサバサと羽ばたかせていた蛾の大翅、その動きが静まり。
上へ上へと飛翔していたギガモスの身体が空中に留まった。
ティマクス王城、上空数百メートル。
第二軍団の兵が全滅した今、ギガモスはその高高度から最終兵器【虫の息】を発動しようとしていた。
「……やっぱりここまで高いと寒くなるわねぇー……」
上を見れば煌々と輝く満月、下を見れば端から端までが見渡せるほどに小さくなった王都。
深夜の草原でも涼しいほどなのに、高度も上げれば肌寒ささえ覚えるほど。
「さて。爺やも待っている事だし……さっさと始めちゃおうかしらぁー?」
だが、それも意に介することなく。
ギガモスは自身の魔法に集中し始めた。
全身の魔力を大翅に集める。
翅の表面に魔鱗粉を生成する。
鱗粉の一粒一粒に状態異常『虫の息』を付与する。
それを何度も繰り返す。
体中の魔力が尽きかけようとも、何度も。
「……はぁーあ。これでまた明日から丸1ヶ月は王城で寝込み確定、気が沈むわぁー」
その効果の強力さ故に、死の魔鱗粉・【虫の息】が消費する魔力は甚大。副作用もそれなりに強く、翌日からは魔力切れの症状が長く続くのだ。
ギガモスの文句も無理はなかった。
「……限界ねぇー」
そうして独り愚痴を吐きながらも、ギガモスは【虫の息】の準備を終えた。
過重な魔力使用で体は過熱し、ホカホカと湯気が出て全身汗だく。
額からは幾筋もの汗が流れ落ちる。
しかしその甲斐もあり、大翅表面には魔鱗粉が何層にも何層にも積み重なる。
その一粒一粒が、否応なく命を奪う……最凶の魔鱗粉・【虫の息】。
「……さぁーて、それでは本番よぉー!」
そして、深呼吸を1つして息を整えたギガモスは――――
両翅を思いっきりバサリと羽ばたかせ。
「王都の人間たちぃー……死になさぁい。――――【虫の息】」
目下の王都に、ありったけの【虫の息】を浴びせた。




