22-20. 圧倒Ⅴ
アークの炎槍がアニキの胸を袈裟斬り。
胸を深く抉り、そして傷口を炙った。
「ぐうぁぁぁッ!!!」
切り込みは焼かれて出血こそ無いものの、激痛は相当。
傷口を押さえながらも必死に靱翅を羽ばたかせ、アークから距離をとる。
「ハァ、ハァ、ハァ、痛ってぇ……なんでだ。毒は効いてたんじゃ――――
「あぁそうそう、言い忘れてたけど」
そういや途中参加のアニキは知らなかったよな。
「僕達、毒効かないから」
「はぁ? 毒が?!」
「おぅ」
アニキの高速飛行には追いつけない。スピード負けは認めるよ。
けどその代わり……折角盛ってもらった毒は効かないんだよな。
爺やも思い出すのがギリギリ間に合わなかったな。残念。
「じゃ何だよ今の、まさか……演技か」
「大正解」
「そーそー! ウソだよーん!」
「ハッハッハ! ザマアねえぞ!」
ダンが見悶えてブッ倒れたのも演技。
僕が苦しがってブッ倒れたのも演技。
コースが絶叫しながらブッ倒れたのも演技。
そして……アークの苦しげな呼吸も演技だ。
しっかり皆息を合わせて演じてくれたよ。
「いやー、特にアークの演技は凄かったよな」
「うんうん! 女優さんだったね!」
「もう俺一瞬、アークにはマジで毒効いてんのかと思っちまったぞ!」
「えっ……そんなにかな?」
照れるアーク。
……やっぱり育ちの良いお方は何をやっても上手いんですわ。
「先生先生! 私の演技もどうでしたか?」
「えっ、シン? ……聞いちゃう?」
「教えて下さい!」
そうかー。
聞いちゃうかー。
「いや…………うん、アレも中々凄かったよ?」
「本当ですか!?」
「かなりドキドキもんだった。シンのアドリブ大根役者っぷりにはヒヤヒヤさせられたよ」
「えっ!?」
そうだよ。
何が『ちっ……力が入らない……! 全身に力が入りません……!』だっての。
毒を盛られた人の台詞にしちゃ少し厳しいだろー。
「まぁシン、次はアドリブ演技もう少し頑張ろうな」
「はい……頑張ります」
――――【恒等Ⅰ】の効果終了まで、あと7分。
シンの大根演技すらも見破れず、深手を負った副長アニキ。
そんな奴にトドメを……と思ったのだが。
「くっ、ふざけやがって……こうなりゃ」
腹の傷を押さえつつも体を捻り、誰もいない草原に叫ぶ。
「居るんだろ? 出てこいテメエら!」
「「「「「イェス! アニキ!!」」」」」
間髪置かず返ってくる返事、そして膨大な羽音。
そして、草原から飛び出してきたのは――――大量のトグジン・モスキート。
副長アニキの可愛がる忠実な子分だった。
「「「待ちわびたんだぜぃ!」」」
「「「オレたちの出番が回ってきたぜぃ!」」」
「「「やっと暴れられるぜぃ!!」」」
もうすぐ全滅にまで追い込んだハズの第二軍団が、再びガヤガヤと活気を取り戻す。
「うぇっ。まだこんなに残ってたのかよ」
「続々と出てきますね……」
「もーちょいで全滅だったのにーッ!」
そういえばコイツら、奇襲作戦の序盤で南門をブチ開けたっきり体力消耗だかで戦線離脱してたんだっけ。
完全に忘れてたじゃんか……。
「お前ら、たらふく血ぃ吸って来たな?」
「モチロンだぜぃ!」
「お腹いっぱいなんだぜぃ!」
「この辺にいた野良の魔物、カラッカラに干からびてるぜぃ!」
僕達に忘れ去られていた甲斐もあってモスキート達は準備万端。お腹にタップリと赤い液体を満たしている。
……ほぅ、やる気は満々か。
「毒無効だからって勝ち誇ってるんじゃねえぜ。白衣」
「勿論」
まぁ、コッチもノリに乗っているし負ける気はサラサラ無いけどね。
「んでアニキ副長、今度は手下を率いて何するおつもりで?」
「……搔き乱してやるぜ。白衣、お前らの白衣の脳みそを」
脳みそを掻き乱す?
また物騒な……どうするつもりだ?
「総員、やれ」
「「「「「イェス! アニキ!!」」」」」
そんな事を考えている間にも、号令を出すアニキ。
その声にモスキートが一斉に反応し――――腹を赤く仄めかせた。
――――そして気付いた時には、僕達は揃って耳を塞いでいた。
今の南門に音は無い。
誰も喋っていないし、これといった音源も無い。
にもかかわらず、必死に耳を塞ぐ僕達。
……しかし、それでも苦しみは和らがない。
「なっ、何ですかコレは!?」
「分かんねえ……けどなんか苦しいぞ!」
「うーんーッ!! あたまいたーい!!」
僕達を襲う謎の苦しみ。
……いっ、一体何が起きてんだ?!
――――だが、その解はアークが知っていた。
「こっ、この感じは……超音波……っ?」
「大正解だぜ。赤髪の女」
……超音波。
高い音よりも、さらに高い音。
高すぎて最早耳では聞き取れないほどの高音。
一般的に言う『キーン』という擬音語すらも超越した音波。
アニキとモスキート軍は膨大な血のエネルギーを以って翅を揺らし、発生した強烈な超音波を僕達へとジャンジャン浴びせていたのだ。
「ぐぅ……っ、苦しいです……!」
「耳がいたいー!」
耳を塞ごうと塞ぐまいとお構いなしに僕達を襲う超音波。
逃れようのない不快感が全身を苛む。
「んじゃ、正解のご褒美に超音波の強さを1段階アップしてやるぜ」
「「「「「な……ッ!?」」」」」
そんな中、ダメ押しとばかりに無慈悲な指示を出すアニキ。
超音波が一回りも二回りも強力になる。
「くぅ……ッ!!」
「うっ……ぅぁあああアアアアアア!!!」
大気すらも波打ち、陽炎のようにブレる視界。
背後の王都ではパリンパリンと割れる無数のガラス窓。
まさに脳みそを掻き回される感覚に発狂する。
「俺達の本気、20kHzの超音波は凄えんだぜ。耳鳴りに頭痛、吐き気に目まい……たとえ毒無効のお前でも苦しいだろ?」
「うっ……うえぇっ」
「駄目だ、ぞ…………っ」
「あっ、頭が痛いですッ! 脳みそが……脳みそが、ばっ……爆発しますっ……」
「やっ、やめて……おねが、い…………」
「うっ……く、くるッ…………」
「ハッハハハ! ザマァ見るがいいぜ!」
余りの苦しさに呻き悶える。
――――まぁ、この辺でいいっか。
「「「「「なーんちゃって」」」」」
はい。
もう皆さんもご存知の通り、今のは全部演技でした。
「……はっ、はぁ?!」
すっかり勝ち誇っていた表情のアニキ、飛び出るんじゃないかと思う程に目を見開く。
ハッハッハ、ざまぁ見やがれだ。
「なっ……なんで――――
「そうそう。途中参加のアニキには言い忘れてたけど……僕達、状態異常が効かないから」
「はぁ? 状態異常が?!!」
「おぅ」
耳鳴りも頭痛も、吐き気も目まいも、そんな状態異常は全部【恒等Ⅰ】がシャット・アウトなんだよ。
数学者舐めんな。
「毒無効……だったんじゃ」
「違う違う。そもそも状態異常が無効なんだよ」
「白衣お前ッ……嘘言いやがったな!」
「いやいやいや」
難癖つけられちゃ困るよ全く。
数学的に言うならば『 毒無効 ∈ 状態異常無効 』、別にウソなんてついていないさ。
……まぁ、演技がウソと言われたら素直に謝るしかないけどね。
「という事で」
折角だし、ココは意趣返しとさせて貰おうか。
「「「「「ヒィッ……!!」」」」」
「「「くっ……来るんじゃねえぜぃ!!!」」」
「「「やめるんだぜぃ!!!」」」
「「「この化け物!!!」」」
モスキート共のさりげない暴言には耳もやらず、右掌を眼前に突き出すと。
彼らのモノより何倍も強力な、お返し超音波をブッ放してやった。
「【正弦波形Ⅲ】・超超音波!!」




