22-15-1. 『綿密に仕組んだ作戦は、ついに花開こうとしてい』
¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬
計介の必死の鼠返しも空しく、王都外壁を登り切って防衛網を突破したシニガマンティス。
外壁上から眼下に広がる王都を、そして聳え立つ王城を一瞥すると……彼らは何の躊躇いもなく地上へと飛び降り。
開いた背中の翅で風を受けながら、石畳の通りに着地。
球形の複眼で周囲を警戒しつつ、額から生える魔触角に神経を張り巡らせる。
……複眼と魔触角により近辺の存在を探知。
……視界に敵影なし。
……周囲に魔力の移動なし。
……周囲に敵性存在は無しと断定。
……魔触角により『白衣の勇者』の魔力を探知。
……奴等が接近する挙動なし。
……奴等の追行は無いものと断定。
……確認完了。
……王都侵入に成功と結論。
そう結論付けて身の安全を確かめたマンティス達は、続けて本題に移る。
……視界から周囲の建物情報を入手。
……記憶内の王都全図と現在地照合。
……照合完了。現在地:エリア1677-7216。
……現在地から目的地までの行程計算。
……完了。
……行動開始。
そして、マンティス達は意を決したように4本の節脚を踏み出すと。
黒殻を夜の闇に溶かし込むように……王都の路地に消えていった。
午前1時が近づく、深夜の王都。
家々の灯りは消えている。
市民は眠りに就いている。
酒場も暖簾を下ろしてある。
追い出された男共もふらふらと帰途についている。
そんな彼らに気を付けて帰れよと声を掛けて、夜回りの王都戦士団員が街を回っている。
静かな街には、酔っ払いの声と幾らかの足音が響くだけ。
普段ならばそんな頃合いである。
……普段ならば。
しかし、今晩は違った。
ドクモスが、王都上空から【眠鱗粉】をたんまりと振り撒いた。
あらゆる市民は、否応なく眠らされた。
元々眠っていた市民も、夜更かしをしていた市民も。
営業を終えて店仕舞いの最中だった、酒場の主人も。
帰途の道中だった、酔った男共も。
夜回りの最中だった、王都戦士団員も。
王都中の人間は、尽く深い眠りに落とされていた。
……そんな路地に転がる酔っ払いの身体を跨ぎながら、大鎌を携えた死神は真夜中の王都を闊歩する。
向かう先は、当初の作戦通り王国に集いし要人。
王城勤めの大臣をはじめ、各地の領主、貴族……その寝首である。
手筈は、完璧と言っていいほどに整えてある。
王都内の地図に、要人の滞在先リストに……ありとあらゆる機密情報は、王国大臣にしてスパイのバリーから入手した。
一般市民から王都戦士団長まで、王都市民は軒並み【眠鱗粉】で眠った。
これ以上の王都侵入は許さじと、白衣の勇者は侵入者の追撃を諦めて南門に張り付いた。
前に敵は居らず。
後ろからも追手は来ず。
そして標的は起きず。
残すは、我々が寝首を掻くのみ。
……この上ない状況。
1対の鋭い大鎌を月光に輝かせながら、黒殻の暗殺者は臆することもなく続々と王都内を進軍した。
ほどなく、彼らは目的地に到着。
要人の滞在先リストに挙げられた、地方貴族の滞在する旅館。
大臣の邸宅。地方領主の別荘。
王都に点在する各所に3、4匹のシニガマンティスが屯する。
そしてティマクス王城には、城門前に計20匹のマンティスが集結。
王都侵入を果たした内の半分弱、実に40%という戦力が注ぎ込まれていた。
その狙いは、無論――――王族。
王国の頂点に座する者、その一族の息の根を確実に止めるためである。
見上げれば、天頂を過ぎた満月と重なるように聳え立つ王城。
その最上階に……奴等は居る。
20匹のマンティスは、一度顔を見合わせると……2人の門番兵が倒れる城門を素通りし、敵地の本丸へと足を踏み入れた。
王城の大広間となった入口を抜け、中央の廊下に入る。
……複眼と魔触角により近辺の存在を探知。
……視界に不自然な箇所なし。
……周囲に魔力の移動なし。
……周囲に敵性存在および罠は無しと断定。
……行動継続。
周囲を警戒しつつ、廊下から階段に入って2階へ。
……複眼と魔触角により近辺の存在を探知。
……視界に不自然な箇所なし。
……周囲に魔力の移動なし。
……周囲に敵性存在および罠は無しと断定。
……行動継続。
更に階段を上がり、3階へ。
彼らの複眼に映る窓からの街並みは小さくなり、満月は心なしか大きくなる。
……複眼と魔触角により近辺の存在を探知。
……視界に不自然な箇所なし。
……周囲に魔力の移動なし。
……周囲に敵性存在および罠は無しと断定。
……行動継続。
なおも階段を上がり、4階、そして5階。
いよいよ最上階まで残すところ1階分に迫った。
……複眼と魔触角により近辺の存在を探知。
……視界に不自然な箇所なし。
……周囲に魔力の移動なし。
……周囲に敵性存在および罠は無しと断定。
……行動継続。
6階へと上る階段を見ると……そこには、『関係者以外の立入を禁ず』の立て看板。
と、階段を塞ぐように掛けられた3本の太い鎖。
更には、鎖の前に横たわる2人の兵士。
得物を握ったまま、ドクモスの魔鱗粉にやられて眠りに落ちていた。
今までの階とは明らかに異なる、他人を入れさせない雰囲気。
今でこそ無力と化すも、この頑丈な護衛こそが……この先に何があるか、誰が居るかを如実に物語っていた。
……最上階への階段、並びに敵影を発見。
……複眼と魔触角により敵の状態を確認。
……確認完了。呼吸あり、魔力に動きなし。
……睡眠状態と断定。
兵士が目覚めないのを確認すると、6階への階段へと歩み寄る先頭のマンティス。
彼らの身体を跨ぎながら、刃腕で鎖を挟み込むと――――3本纏めて一気に断ち切った。
バギバギッ!!!
ジャラジャラジャラジャラ……
抗う事もなく切断され、力なく床へと垂れる3本の鎖。
深夜の王城に響く金属音とともに、最上階への階段が開かれてしまった。
……だが、無論王城の人間は誰一人として駆けつけやしない。
【眠鱗粉】の効果は、絶大だった。
……複眼と魔触角により近辺の存在を探知。
……視界に不自然な箇所なし。
……周囲に魔力の移動なし。
……周囲に敵性存在および罠は無しと断定。
……行動継続。
そして再び、20匹のマンティスは周囲の状況に気を配らせつつ。
立入禁止の立て看板を蹴倒し、ティマクス城の最上階へ悠々と階段を上がった。
第二軍団の綿密に仕組んだ作戦が、ついに花開こうとしてい
「シャアアアアアアアアアァァァァッ!!!」
階上から響く獣の雄叫び。
階段の途中、一斉に身構えるシニガマンティス。
……複眼と魔触角により存在を探知。
……1体の魔力移動を確認、前方より接近中。
何の魔物か、もしくは動物か。
何処から迫ってくるのか。
大きな複眼をじっと凝らし、刃腕を前面に構える。
だが――――彼らの予想は外れていた。
その声は、獣声ではなく――――気迫。
士の道を極めた男の、気迫だった。
その声の主が、階上から瞬間移動のごとくマンティスの眼前に現れると。
……視界にて対象を捕捉。
……対象は人間。
……何故人間が此処に――――
「ォア面ダアアアアァァァァァァ!!!」
考える時間も与えることなく。
剣術戦士の勇者……神谷は、先頭のシニガマンティスを一太刀に斬り伏せた。




