22-15. 鼠
全ての眼を潰されて力尽きたスパイダー、キシシィと弱々しい呻き声を上げ。
再び足元に現れた魔法陣へと吸い込まれる。
「ざまーみろ!!」
「私達を襲ったお返しです!」
「くぅっ……」
シンとチェバ◦コースから追い討ちのような言葉を受けながら、力尽きたスパイダーは帰喚していった。
これで第二軍団、残す黒カマキリやドクモスといった蟲共の兵と……そして本丸のギガモスだけだ。
「オメエの大事なシモベ、追い返してやったぞ!」
「残りの魔物もみーんなまとめてヤッちゃうよー!」
「そうねぇー……それは困ったわぁー」
消えゆく魔法陣を眺めて唇をかむギガモス。
「私のスパイダーちゃんったら、予想以上に出来が悪くて失望しちゃったわぁー。アンタ達3人をコロすどころか、結局何もせず倒されに来ただけだしぃー」
不発に終わった奥の手に相当悔やんでいる様子……だが。
「折角の【虫寄せ】が惨敗だったのは痛いけどぉー……まぁ、役には立ったんじゃないかしらぁー。ねぇ爺や?」
「仰る通りですぞ。結果オーライでしたな」
その表情は悔しげ一色でもなく……どこか微笑が入り混じる。
不気味。
「……へえ。ずいぶんポジティブじゃない」
「そうよぉー。良い時間稼ぎにはなったからねぇー」
「「「「時間稼ぎ……」」」」
確かに、残り17分しかない【恒等Ⅰ】と【合成Ⅰ】の効果時間が削られたのは大きい。
とはいえ、あの中ボスを2分そこらで帰喚させたのだ。むしろ良くやった方だろう。
「たった2分で、ですか」
「ハッハッハ、甘えぞ! 俺らは時間どころか体力もそう使ってねえけどな――――
「十分よ、十ぅー分」
それでもギガモスは謎の余裕を見せ続ける。
「だって――――厄介な戦士達を、2分間も南門から引き剥がせたのよぉー?」
「……だから何ですか?」
「コッチには先生がいるもーん!」
「南門はケースケが守ってくれているわ」
あぁ。
前衛組3人もチェバ◦コースも居なくなっちゃったが、南門にはまだ僕が居る。
【定義域Ⅷ】の青透明のバリアで、門の左上から右下まですっぽり蓋をするように守っておいたのだ。
「南門は一匹たりとも通さない!」
門に張った【定義域Ⅷ】バリア、その内側に立つ僕。
バリア越しに見えるのは、何としてでもバリアを割ろうと大鎌のような刃腕を打ち付ける大量の黒カマキリ。
何度も刃腕を振るってカツンカツンと硬い音を響かせるが……勿論バリアに変化はまるで無い。
まぁ、【冪根術Ⅵ】を掛けられては傷を付けることすらままならないだろうし。
――――だが。
今回ばかりは、第二軍団に一歩先を行かれていた。
「いーやぁ。ちゃーんと後ろ、見てみなさぁーい?」
ギガモスが前衛組に語りかける。
怪訝に思いつつも、僕の守る南門へと振り返る4人。
……訝しげだった彼らのその表情は、一瞬で変わった。
「「「「……ッ!?」」」」
誰も声は聞こえなかったが……その見開いた眼が、開いた口が物語っていた。
何かマズい事が起きていると。
「どっ……どうした!?」
「先生ヤベえ!!!」
「ケースケ早く!!!」
「このままではッ!!!」
「何何何!! 何が起きてんだよ!!!」
焦る4人、肝心の答えが口から出ない。
……のだが、何が起きているかはギガモス自身の口から語られた。
「2分間もあれば――――空を飛べないシニガマンティスだって、垂直な外壁をよじ登れちゃうわよねぇー?」
「……外壁を、よじ登ッ!?」
ギガモスの言葉の真偽を疑うこともなく、即座に魔法を発動する。
「【見取Ⅳ】!!」
透視魔法が発動し、死角に隠れた物体の輪郭が点線で見えるようになる。
そんな視界をバリアで塞いだ南門の左右に振れば――――
「うげッ!!?」
街を囲む外壁、そのかなり高い所までビッシリと並んだカマキリの輪郭。
門のすぐそばから左右の遠くまで、垂直に高く建てられた外壁にしがみつくように登っていた。
ギガモスの言った通りだった。
「ヤバい……ッ!!」
前衛組の意識がスパイダーに向き、僕の意識も南門だけに向いていたのが隙だった。
ノーマークな時間さえあれば……彼らは南門が塞がれようとも、その鋭い刃腕を雪山登山のピッケルのように使って外壁を越えられたのだ。
そしてまさに今、最上段のカマキリ達の輪郭は外壁の上に手を届かせようとしていた。
「クソっ! 【定義域Ⅷ】・y<0!!」
反射的にバリアを張った。
今まさに外壁を登り切ろうとしていたカマキリ達、その頭上にせり出すように現れるバリア。
ギリギリで鼠返しバリアが間に合った!
「……よし!」
登頂目前に刃腕がカツンと弾かれ、白点線の輪郭ながらもカマキリ達の戸惑う様子が見て取れた。
……しかし、【演算魔法】も万能ではない。
【定義域Ⅷ】の鼠返しバリアが届いたのは、せいぜい南門から左右100m。
それよりさらに奥から登っていたカマキリ達は……何事もなく外壁の頂上によじ登ると。
外壁上の通路を横切り――――ズシンと、王都の中に飛び降りた。
「しまったッ!!!」
ついに、黒カマキリの進入を許してしまった。
「アーッハッハハハハハハハハハハハハハハハ!!! いい気味ねぇー! さあシニガマンティスの貴方たち、王国のお偉い人間共をコロしに行きなさぁーい!」
南門周辺の黒カマキリは鼠返しバリアに阻まれるも、左右奥からは次々と外壁上まで登ってくる黒カマキリ。
ギガモスの高笑いに背中を押されるように、1匹また1匹と王都の闇に紛れていく。
……が。
「【強斬Ⅹ】!!!」
「【氷放射Ⅵ】!!!」
「【硬叩Ⅷ】!!!」
「【火弾Ⅲ】!!!」
そこに響く仲間の声。
外壁越しに透視すれば……左側にダンとチェバ◦コースが、右側にはシンとアークが。
無防備状態で壁にしがみつく黒カマキリめがけ攻撃を放ってくれていた。
「済まん、皆! 黒カマキリを防ぎ切れなかった!!」
「全ッ然大丈夫だよ!」
「黒カマキリから目を離しちまったのは俺らも同じだぞ!!」
壁に刃腕を掛けていた黒カマキリが次々と引き摺り下ろされる。
鼠返しに行く手を阻まれた黒カマキリも、隙を曝すまいと自ら降りていく。
「南門といい、鼠返しといい、先生はしっかりガードしてくれました!」
「残りを引き摺り落とすくらい、わたし達に任せてよね!」
「あっ……ああ!」
そんな彼らの必死の追撃の甲斐もあり……一時は続々と王都に飛び降りてきた黒カマキリも、合わせて40匹ほどの侵入を許したところで流れが止まった。
「良いわぁ良いわぁ! あれだけ入れれば十分ねぇ!」
「白衣の勇者は南門に張り付き、しかし王都は軒並み【眠鱗粉】の餌食。今の王都はシニガマンティスの独壇場ですぞ! これは風が吹いてきましたな!」
「そうねぇー!! アーッハハハハハ!!!」
南門に響くギガモスと爺やの歓声に、苦虫を噛み潰す僕達。
「くぅっ…………」
「マズいですね……」
――――だが、もう過ぎた事は仕方ない。
僕達は僕達の出来る事をやるまでだ。
「……この際、侵入を許した黒カマキリ50匹はいい。眼の前の敵に集中しよう」
「「「「はい!」」」」
【恒等Ⅰ】は残り14分、チェバ◦コースの【合成Ⅰ】状態もその位。
それが効いているうちに蟲共を全滅させる。
チェバとコースが体力切れで動けなくなり、更に僕達もドクモスの【眠鱗粉】の餌食になる前に。
「……ですが先生。本当にあの黒カマキリ、大丈夫でしょうか?」
「まーたお前は心配してんのかよ。シン」
「はい。少し……」
っと、またシンの心配性が出ちゃっているようだ。
「大丈夫、アイツらならやってくれるさ。僕が保証する」
「……はい」
「だから行ってこい。派手に動けない僕の分までしっかり暴れてくれ」
「……分かりました。先生」
そう言って、シンの背中を押してやると。
「仕切り直しだ! 行くぞ!!」
「「「「おう!!!」」」」
前衛4人のアグレッシブ隊形で、再び蟲共へと駆け出した。




