22-10. 癖
「……よし」
南門に迫る魔物、それを押し返す勢いで反撃する前衛シン・ダン・アークと後衛コース。
彼らの攻勢を見つつ、記憶の中から目当ての魔法を選び出す。
使う魔法は勿論、【演算魔法】の誇るエース的存在。
累乗レベルで仲間のステータスを爆上げする【冪乗術Ⅵ】だ。
……――――と言いたいのだが。
「ねー先生! ホントに【冪乗術Ⅵ】ダメなの?」
「あぁ。残念ながら」
「えーッ!」
そう。実は今、【冪乗術Ⅵ】のステータス強化が使えないのだ。
しかも掛け算強化の【乗法術Ⅷ】も足し算強化の【加法術Ⅵ】でさえもダメ。一切のステータス強化が効かない。
というのも、理由はもう明らかになっている。
【恒等Ⅰ】との干渉だ。
前に一度試してみたんだが……【冪乗術Ⅵ】のステータス強化を【恒等Ⅰ】が状態異常と見做して弾いているらしい。
そんなまさかだよね。最強かと思われた【恒等Ⅰ】にもその欠点が露わになった瞬間だった。
そのお陰で今の僕達は素のままステータスで戦闘中。状態異常にキャパを全振りしたような相手だからこそ、この多勢を相手にもなんとか戦えているところだ。
「ステータス強化があればパパっと片付けられるのにー! 融通きかないとか【恒等Ⅰ】ポンコツじゃん!」
「ポンコツ言うな」
その気持ちにはゴモットモだけどさ。
「じゃあどーすんの?」
「勿論、代替案は考えてあるさ」
眠り粉と猛毒が飛び交うこの戦場で、【恒等Ⅰ】を手放す訳にはいかない。
しかしステータス強化は使いたい。
この選択肢、二者択一のようにも見えるが……実はどうって事ない。
簡単なコトだ。
自分達を強化できないのなら――――敵を弱体化すれば良い。
「【冪根術Ⅵ】・all7だよ」
「おーッ! なるほどー!」
出ました。今こそコイツの出番。
【冪乗術Ⅵ】に圧倒的存在感を奪われていた伏兵・【冪根術Ⅵ】です。
使うのは全ステータスの弱体化、その下げ幅は衝撃の『7乗根』。
分かりやすく言えば……128のステータスが、たったの2になるレベル。2184が3に、16384が4に、そして仮に10000000あっても僅か10。
使う僕が言うのもなんだけど、理不尽も良い所だよね。
けどまぁ、どうせ相手は魔王軍だ。
多少の理不尽は否応なく受け入れてもらおう。
「んくっ……んくっ…………プハッ。よし」
MPポーションを一発キメて魔力を回復。
そして、例の魔法を唱えた。
「【冪根術Ⅵ】・all7 for {x| x∉ ens.CalcuLega } !」
理不尽7乗根魔法が発動。
【集合】による魔法の一斉同時付与も相まって、CalcuLegaのメンバー以外が地獄の弱体化の餌食となる。
事実上、僕達が第二軍団に対して7乗のステータス強化を得た訳だ。
これで流れは完全にコッチのもの。必然的に戦闘のペースも一気に加速する。
「あっ、あれ……?」
「魔鱗粉の出が悪くなったっす……?」
「急にどうしちゃったんすか、この体……っ!」
大量の眠り鱗粉をバッサバッサとばら撒いていたドクモスから、水色の粉がピタリと止まる。
羽ばたいても羽ばたいても、出るのは僅かにキラキラと輝くほんの僅かな鱗粉だけ。
ムキになって翅を動かしても結果は変わらない。
「あっ……アレを見ろっす! シニガマンティスが!」
「ああぁぁ! スパスパ斬り伏せられるっす!」
「ぼくたちの希望の星がぁァァッ!!」
自身を襲う異常に戸惑う彼らの足元では、シン・ダン・アークの前衛組が黒カマキリ相手に絶賛フィーバー中。
【冪根術Ⅵ】の下では堅い黒殻もまるで紙。鋭い刃腕も競り合いさえままならず、黒カマキリが次々にバッサリと斬り伏せられていく。
「ポイズンビーも大量撃沈してるっすよぉ!」
「うわああぁぁ大変っすー!!」
前衛組の頭上を飛び回るポイズンビーもコースの【氷放射Ⅵ】を前に大量撃沈。
ガタ落ちした機動力では難なく躱せるハズの氷礫も避けられない。
そして、機動力自慢のポイズンビーでさえこの有様ということは。
「ってことは、まさか……」
「「「ぼくたちも……――――
「そうだよー!」
「「「ヒィッ!?」」」
満面の笑みのコースに目を付けられてしまったドクモス達。
もう、逃げ場は無かった。
「【氷放射Ⅵ】ー!」
「「「ぎゃああアアァァァァ…………」」」
「……よしよし」
ドクモスの翅を蜂の巣にするコースを眺めながら頷く。
【冪根術Ⅵ】はしっかり効いているし、シン達の戦うペースも桁違いに上昇しているし、順調と言っていいだろう。
「この調子で行けば……ワンチャン間に合いそうだな」
「うんうん! 間に合いそーだね!」
間に合う……【恒等Ⅰ】の効果時間の事だ。
ステータス強化魔法の【冪乗術Ⅵ】とかと同じく、【恒等Ⅰ】にも効果時間がある。1回1時間しかもたない。
「ちなみに先生、あと何分残ってんの?」
「えーと……残り29分。半分切ってる」
「うわっ! 意外と短いじゃーん!」
そして更に厄介な事に、実は【恒等Ⅰ】は連続使用が出来ない。
【冪乗術Ⅵ】とかは効果終了前に重ね掛けしておけば切れ目なくステータス強化を維持できるのだが、まさかの【恒等Ⅰ】は重ね掛け不可。
効果が切れて、しかも10分間のクールタイムが過ぎてやっと次が使えるというタチの悪さだ。
つまり――――効果終了後の10分間は、状態異常に対して無防備状態になる。
それまでに第二軍団を潰し切れればなにより……だが、間に合わなかった時にはクールタイムの10分間を自力で凌ぎ切らなければならない。
勿論対策もそれなりに打ってあるが、そこが正念場であるのは間違いないだろう。
「……まぁ、今はとにかく第二軍団をガリガリ削る事に集中しよう」
「そーだね! 私ももっとヤッちゃうよー!」
「おぅ。頼んだ」
状態異常無効化という超強力な効果といい、しかし【冪乗術Ⅵ】と干渉する点といい、再発動の条件が厳しめな点といい、色々と癖強めな魔法・【恒等Ⅰ】。
ただ、状態異常専門の第二軍団を倒すのには必要不可欠だ。
なんとか使いこなしてやろうじゃないの。




