22-8. ○○
「ならばギガモス様、お気付きくだされ!! 白衣の勇者共は、なぜ――――【眠鱗粉】の環境下でも無事なのですか?!」
「……はっ!?」
爺やの必死の叫びにハッと我に返るギガモス。
……やっと気付いたようだ。
「いっ、いやっ、そんな訳…………でも!」
「私めもそう思いましたがっ!」
「有り得ないわぁ! 第二の状態異常攻撃は世界一、それにステータスで防げる物じゃないのよぉ!?」
しかし、まだ受け入れられない様子。
よっぽど状態異常攻撃にプライドを持っているようだ。
「……さて」
仕方ない。
こうなれば僕達が身を以って分からせるしかないようだ。
「いつもの陣形!」
「「「「おう!!」」」」
前進するシン・ダン・アーク。南門を背に並び立つ。
長剣、大盾、炎槍、それぞれの武器を構える。
待ち受けるは、南門に押し寄せる蟲の軍勢。
「いつも通り眠らせてやるっす!」
「白衣の勇者でもコロリっす!」
「ぼくが昇格枠を頂くっす!」
そんな軍勢の中から抜きん出た、3匹のドクモス。
褒美に目を眩ませて先駆けてきたようだ。
……格好の獲物になるとも知らずに。
「さあ、おやすみの時間っすよ!」
「さっさと眠るっす!」
「そしてぼく達の踏み台になれっす!」
地対空の利を活かし、頭上まで飛び寄るドクモス。
地上の前衛組に向けて超強力眠り粉を振り撒く。
「「「【眠鱗粉】!」」」
――――だが、勿論効果は無い。
「効きませんね。私達には」
「「「は……はぁ!?」」」
超強力眠り粉が効かず動揺するドクモス。
シンの言葉が彼らの焦りに拍車をかける。
「なんで! なんで動けるんすか!?」
「有り得ないっすよ!」
「魔鱗粉が効かないとか謎っす――――
「じゃあ次は俺らの番だぞ!」
慌てる彼らの様子にダンが動く。
その場で膝をつき、大盾は頭上で水平に。
「シン! アーク!」
「分かりました!」
「そういう事ね!」
すぐさま察したシンとアークが、ダンの構えた大盾に飛び乗り――――
「うらァ!」
大盾に突き上げられて空中へと飛び上がった。
金髪と赤髪を靡かせて宙を舞う2人、その眼の前には無防備なドクモス。
「うぇっ!?」
「なんでココまで!?」
「そんなまさかっす!」
さっきまでの抜きん出ていた勢いはどこへやら。
棒立ち状態の彼らに、シンとアークは強烈な空中斬りと空中薙ぎをお見舞いした。
「「「来るなっすゥゥゥ――――
「【強斬Ⅷ】ッ!!」
「【強払Ⅹ】ッ!!」
6つに斬り分けられた、3匹のドクモス。
スタッと草地に着地するシンとアークに続き……ヒラヒラと茶色い翅が舞い落ちた。
そして――――僕達に状態異常が効かない事が、はっきりと証明された。
「なっ……なんで!! どうしてなのよぉ!」
「私めも嘘だと思いたいのですぞ……」
一部始終をしっかりと眼にしたギガモスと爺や。
やっと何が起きているかを飲み込んだようだ。
「有り得ない……絶対何か秘密がある筈よぉ!」
「あぁ」
その通りだ。
そうでもなければこんな超強力眠り粉の中で無事に居られるワケがないじゃんか。
「言いなさい……教えなさいよぉ!! この穢れクズ野郎!」
「あぁ、教えてやるよ。ギガモス」
まぁ別に隠す程のモノでも無いしな。
という事で、再びヒステリーに陥って言葉の美しさもドコへやらな彼女に――――僕は、タネ明かしをしてあげた。
「【恒等Ⅰ】……コレが【恒等Ⅰ】の力だ」
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――――【恒等Ⅰ】。
【演算魔法】の1つである【恒等Ⅰ】……それは、高校数学で学ぶ『恒等式』の力が籠められた魔法である。
恒等式とは何か?
……簡単に言おう。『xに何を入れても等しい』、そんな方程式の事だ。
例えば、方程式『x² = 9』。
これが成り立つのは言うまでもなく『x=±3』の時のみだ。
x=1 や x=2 では当然式は成り立たない。
しかし、例えば恒等式『(x+1)² = x²+2x+1』。
これはxに何を代入しようと、式は恒に等しい。
例えば、『(x+2)(x-2) = x²-4』。
例えば、『sin²θ+cos²θ = 1』。
究極的に言えば『2+3=5』だってそうだ。
計算してみれば分かる。
xに何を入れても、θに何を入れても『=』が『≠』になることは無い。
……何を真剣に語っている、と思うだろう。こんなの当然だと思うだろう。
だが、これもまた数学の世界には欠かす事のできない性質なのだ。
何があろうと、この等式は恒に等しい。
何があろうと、この等式に変わりはない。
恒に、等しい。
恒に、変わらない。
それこそが、『恒等』の名を冠した式。
恒等式である。
――――そして、この概念は【演算魔法】に新たな力をもたらした。
あらゆる生物が持つステータスプレート、その中に存在する『状態欄』。
具合や体調を示す、状態欄……【演算魔法】は、そこに力を与えたのだ。
猛毒、催眠、麻痺、裂傷、打撲、貧血、火傷、凍傷、疾病、感電、無酸素…………。
あらゆる生物を襲う、状態異常。
具合や体調を著しく阻害し、場合によっては命をも奪う……状態異常。
だがもし、その『状態』を……どんな環境下でも変わりなく保てたら?
どんな環境に曝されようと、普段通りの『状態』を保ち続けられたら?
普段と変わりない『状態』を。
恒に等しい『状態』を。
恒等的な『状態』。
それは即ち――――『状態異常に罹らない』。
そう。
僕が得た、新たな魔法……【恒等Ⅰ】。
それはまさに、『状態異常の無効化』を現実にした魔法なのだ。
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「これがアンチ状態異常魔法――――【恒等Ⅰ】だ」
「アンチ状態魔法!?」
「なん……ですと…………!?」
まるで第二軍団と戦うがために僕の下へとやってきたような魔法。
第二軍団にとっては絶望的な相性ともいえる魔法に、爺やの顔からサーっと血の気が引く。
「これは……ギガモス様、危険ですぞ……。ともすれば全滅も――――
「何なのよアンタ! コロス!! 本ッ当にコロス!!!」
だが、自慢の翅がバカにされたギガモスは未だ熱々。【恒等Ⅰ】が更に油を注いだようだ。
……いいねいいねー。最初の女王様な雰囲気とは打って変わって素が丸出しだ。
今この状態で『美しさとは?』って尋ねてみたいくらいだ。
「……けど」
残念ながら今の僕にそんな余裕は無い。
さっきの先駆け3匹に遅れて何万という蟲の兵が迫っているのだ。しかもギガモスから懸けられた昇格枠で益々やる気に満ちている。
「……ココからが本番だ」
長剣を振りかざすシン。
杖を突き出すコース。
腰を下げ大盾を構えるダン。
炎の槍を振りかぶるアーク。
そして……ナイフを抜く僕。
「行くぞ!」
「「「「おう!!」」」」
――――さあ、乱戦だ。




