22-6. 答合せⅡ
「家が何者かに盗聴されてたってのは知ってたけど……まさか僕達の出発後に留守番のウルフ隊が処理されるなんて思ってなかったからさ」
「「……えっ」」
敢えてこちらからバラしてみれば、口をぽっかりと開くギガモスと爺やのコンビ。
手本のような図星だ。
「いやー、本当大変だったんだからな。僕達が家を出たと見るや、眠り粉をたんまりバラ撒いてくれちゃってさ。お陰でうちの留守番ウルフ達は一向に起きないし、家中が小麦粉ひっくり返したみたいに鱗粉まみれだし」
「「…………」」
「まぁ、出発したと見せかけて家の外で待機していただけの安いトラップにも引っ掛かるとか、とんだ凡ミスだよな。ハハハッ」
「「…………っ」」
まさにぐうの音も出ない様子。
思わず笑ってしまった。
「…………あの子の存在に気付いてたのかしらぁ?」
「勿論。とっくに」
「……どうして分かったのよぉ?」
「『数学者の勘』ってヤツだよ」
「「数学者の……勘…………」」
※勿論、そんな都合のいいモノは実在しません。
CalcuLegaでの作戦会議の度に【判別Ⅵ】Ðで周囲にいる魔物の存在を数えていたお陰だ。
普段ならÐを使うと返ってくる数字はウルフ隊15頭にチェバを足した和の『16』なのに、ある日を境にずっと『17』なのだ。そりゃ気づくよな、作戦会議が盗聴されてるって。
「あとちなみにソイツだけど、拷問に掛けたらペラペラ話してくれたよ。な、コース?」
「うんうん!」
話を振ってみれば、うちの拷問係長が無邪気な笑顔で頷く。
「……なんですってぇ?」
「えっ、知りたいのー? 教えてあげるよ!」
ギガモスの一言にコースが喰い付く。
「……いっ、いや――――
「ねーねー! どーゆー意味か知りたいんでしょー!」
ギガモスも思わず引くほどに激しい喰いつきっぷりのコース。
「……いえ、やっぱり大丈夫だわぁ――――
「オッケー! じゃー教えてあげる!」
今まで尋ねていた意味とは。
そして、そんな理不尽拷問係長はギガモスに当時の状況を事細かく教えてあげるのだった。
「あの蛾ちゃん、私が拷問にかけて脚も翅も触角もモギ取っちゃったのー!」
「はぁっ……」
「なんと……」
いきなりの中々なサイコパス発言に、一瞬で凍りつくギガモス。
爺やなんて腹の傷の痛みと相まって白目をむきかけている。
「脚も、翅も、触角すらも、ですと……っ!?」
「なんて残虐なのぉ……美しくない、美しくないわぁっ!」
「だってしょーがないじゃん! あの蛾ちゃんが『命だけは!』って言うんだもん、それって命以外の全部モギモギしなきゃダメじゃなーい?!」
……いやダメじゃないよ。別に全部はしなくても良いんだよ。
ってかする必要もないんだよ。
とは立ち会っていた僕達も幾度となく伝えたが、残念ながらコースには聞き入れてもらえず。
そして結局……理不尽拷問係長の唱える謎理論の下、この世に悲しき蛾のダルマが1匹生まれてしまったのでした。
とまぁ、そんなショッキングな話を聞いてしまったギガモスと爺や。
さすがに衝撃が大きかったようで、呆然と黙り込んでいた。
が、そんな中静かに口を開いたのは……ギガモスに抱えられた爺やだった。
「ぎっ、ギガモス、様…………」
「……なぁーに、爺や」
「此処は、一旦……退きましょうぞ」
「そぉーね。私も丁度そう思っていた所だわぁー……」
カラカラに枯れた声が搾り出したのは、どうやら退却についてのようだ。
「白衣が居る……その時点でこの夜襲作戦は、前提を失しておりまする。ここは一旦、魔王城に戻って立て直しましょうぞ」
「そうねぇー。本当は腹の虫が治まらなくて堪らないけれど、仕方ないわぁ……」
爺やの言う通りだった。
僕が言うのもなんだけど。
その後も二言三言話すと、どうやら彼らの意思は決まったようで。
爺やを抱えたギガモスは、背中の巨大な翅を靡かせ……南門に並び立つ僕達に振り向いた。
「白衣の勇者くぅん、聞こえるかしらぁー?」
「ん?」
「私はとっっっても気に喰わないけれどぉ……停戦よ。ここは一旦、退却してあげるわぁー」
苦虫を噛み潰すような表情ながらも、平静を装う口調のギガモス。
今にも爆発しそうな感情を必死に抑えている。
「王国中から集まった要人も、今日はみぃんな見逃してあげる。……貴方だって、そっちの方が都合いいでしょー? 命拾いしたわねぇー」
……確かにそうだ。
何万という数の蟲に対し、コッチの戦力はたったの5人+チェバ+ウルフ隊15頭、その数わずか21。
その上、こう言っちゃ可哀想だけどぶっちゃけチェバは戦力にならない。実質20だ。
そんな僕達だけで何十人と王都に集まっている要人は到底守り切れない。
ウィンウィンというべきか。
「白衣の勇者くんも、せいぜい楽しい受勲式を迎えるがいいわぁー」
そして捨て台詞を吐くギガモス。
どうやらコレが彼女の怒りの為せる最大限の抵抗だったようだ。
「……さぁ貴方たち、集まっていらっしゃい! 退却よぉー!」
「「「「「イェス! ギガモス姐さん!」」」」」
彼女の号令とともに四方八方から集まる蛾。蚊。蜂。そして黒カマキリ。
ブンブンと羽音を唸らせる彼らを連れて――――
「それじゃぁねぇー!」
ギガモス率いる第二軍団は、悠々と王国の南に広がる深い森へと飛び立っていった。
の、だが。
「【定義域Ⅷ】・x ≦ 100m」
背を向ける第二軍団、その先に現れる水色のバリア。
王国の南端に位置する南門、そこから丁度100m先に聳え立ったバリア。
左右に広く、空高く――――それはまるで、第二軍団の退路を断つかのように。
退却する彼らを、王国から逃さないかのように。
――――勿論、誰の仕業かは言うまでもない。
バリアを前にピタリと止まる蟲の群れ。
その先頭、振り向くギガモス。
「……何か用かしらぁ?」
「あぁ」
とぼける彼女に、僕は一言……声を掛けてやった。
「誰が停戦を受け入れた? ――――逃さねえよ」




