22-4. 血潮
「トグジン・モスキートの皆さん、次は君達の出番ですぞ!」
「「「「「イェス! サー!」」」」」
念には念をとばかりにドクモスが魔鱗粉を振り撒き続ける中、次に指令を受けたのは蚊の軍勢。
「血はたっぷり吸いましたな?」
「「「モチロンだぜぃ!」」」
「俺なんかもう腹一杯だぜぃ!」
「たっぷたっぷで苦しいくらいだぜぃ!」
腹部を赤い液体でぷっくりと膨らませて騒ぐ、トグジン・モスキート。
そんな彼らの足元に転がるのは……干からびた狼の死体。頭部を斬り落とされた挙句、その血の1滴まで吸い尽くされた哀れなエメラルドウルフの死体が横たわる。
「やっぱり進化したては新鮮な味なんだぜぃ!」
「エメラルドウルフの血美味しかったぜぃ!」
「それはそれは何より。……では、ご馳走にありついた分しっかり働いてもらいますぞ!」
「「「「「イェス! サー!」」」」」
「お行きなさい!」
爺やの号令と同時、重い腹を抱えながら何万という数のトグジン・モスキートが飛び立った。
鳥肌が立つほどの不快な羽音、その群れが向かう先は……王都南門の門扉。
蟻一匹たりとも外敵を通さんと頑丈に閉じられた門扉、その表面にモスキートがペタリペタリと張り付くように止まる。
「作戦通り頼みますぞ。シニガマンティスが今か今かと開門を待ち望んでいますからな」
「「「任せるんだぜぃ!」」」
「「「すぐにブチ開けてやるんだぜぃ!」」」
彼らに与えられた使命……それは彼らの言う通り、南門を力尽くでこじ開けることだ。
重く頑丈な黒殻の代わりに飛行能力を失ったシニガマンティスを街に通すための重要な役割である。
だが……鉄の塊ともいえる門扉、その重量はいうまでもない。
大柄の屈強な門番兵でも数人掛かりでやっと開ける程の物を、わずか人間の1/100サイズでしかない彼らが幾ら集まったところで到底開きはしないだろう。
……特に、虫系の魔物だから尚更である。
魔物の中でも虫系は押し並べて力が無い。というよりは大きな力を出せないのだ。
節足の形をした手脚では大きな力を加えられず、むしろ力を掛け過ぎれば節から脚がもげる。
――――だが、このトグジン・モスキートは違った。
虫系魔物共通の弱点を克服したのだ。彼ら独自の特徴……吸血で得た、血という莫大なエネルギー源を蓄えられることによって。
腹部に蓄えられた血は通常、少しずつ消費して体の成長や回復に充てる。……だが、非常時には蓄えた血を瞬間的に全消費。
急激に体内に沸き上がるエネルギーはトグジン・モスキートの全身を駆け巡り、脚がもげる程の爆発力を伴った怪力をもたらす。
……と同時に、それでもなお有り余るエネルギーが破壊された体を回復してまわるのだ。
怪力を得る代わりに壊れゆく体を、強引に急速回復で打ち消す。……一見、無理があるとしか思えない。
しかし、この能力こそがトグジン・モスキート、果ては第二軍団を猛者たらしめた。
吸血ついでに中毒性の唾液を置き土産するだけではない。
状態異常攻撃と力仕事に長けた第二軍団の実働部隊、それがトグジン・モスキートである――――
「それじゃあ……」
「「「「「行くぜぃ!!!」」」」」
揃って声を上げるトグジン・モスキート、その腹部にプックリと蓄えられた血液が赤く輝く。
門扉の全面に止まるモスキートが魅せるその様子は、まるで南門が赤熱するかの如く。
「美しい……! 血潮の輝き、命の輝きだわぁー!」
「仰る通りですな」
ギガモスも眼を輝かせて鑑賞する中、モスキートの血液消費が始まった。
赤く輝いていた腹部がキュッと萎み、光を失う。
湛えていた血液が丸ごとエネルギーに変換される。
「「「「「……くぅおおおぉぉぉッ!!!」」」」」
と同時に体の底から湧き上がる、丸焦げに焼かれる程のエネルギー。
灼熱の苦しみに耐えつつ、大量のエネルギーを全身に駆け巡らせる。
「「「「「ふんんンンンンンン!!!」」」」」
溢れんばかりのエネルギーは筋肉を活性化させ、限界を超えた活動を可能にする。
メキメキと体の至る部位が軋むのも意に介さず、脚に踏ん張りを込める。擦り切れんばかりに翅をうつ。
しかし、なお有り余るエネルギーが身体を同時修復し辛うじて繋ぎ止める。
「そうよ! その調子よぉー!」
「このまま行くのですぞ!」
軍団長と指揮官の声援が聞こえてか聞こえずか、更に翅の回転数が上昇。
その運動量は各々の翅から湯気を上がり、南門が局所的に霧がかるほど。
――――そして、時は満ちた。
「行くっすよォォォォ!!!」
「「「「「せーのッ!!!」」」」」
何万というトグジン・モスキートが、門扉をグイと押した。
――――その時の衝撃音は、重く厚い鉄板が地に打ち付けられたような爆音だった。
バアアアアァァァァンッ!!!
両開きの南門が一瞬にして押し開く。
余りの衝撃に門を留める蝶番が根元から弾け飛ぶ。
「……や、やった……!」
「「「「「やったっすー!!!」」」」」
「よくやったわぁー! 貴方達もう天才!」
「よくぞやり遂げましたな!」
歓声をあげるモスキートに、ギガモスも爺やも手放しに褒め称える。
……が、モスキート達は明らかにクタクタだった。
「それじゃあ、貴方達はしばらく休むのよぉ。元気が出たら王都の人の血を吸い集めると良いわぁ」
「「「「「分かったぜぃ!」」」」」
ギガモスの労いを受けてふらふらと草原に落ちていくモスキート。
……しかし、作戦は止まらない。
南門がこじ開けられれば次は彼らの出番である。
「さて。それじゃあ今度はシニガマンティス、貴方達の番よぉ!」
「準備は良いですかな?」
シニガマンティス、喋らない代わりに揃って頷く。
無表情といい、黒殻がコツコツと触れる音といい……その様子はさながら無慈悲の死神、もしくは殲滅ロボットである。
「王都内で要人が寝泊まりする所は事前に伝えた通り。王都に入り次第、分かれてそれぞれのターゲットの首を刈り取って来るのですぞ」
再び頷くマンティス軍。
そんな彼らを、爺やは王都へ送り込んだ。
「それでは君達、お行きなさ
その時。
爺やは気付いた。
ギガモスも遅れて気付いた。
「えっ?」
「なん、と……っ?」
爺やの脇腹に――――穴が開いていたことを。
プスプスと黒い煙をあげる、風穴が空いていたことを。
そして――――居る筈のない声が、耳に入った事を。
「……あっぶねあっぶね。ギリ間に合ったじゃんか」
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