22-3. 円錐
「さあ貴方たち! 生意気な彼らにお仕置きしてあげなさぁーい!!」
「「「「「イェス! ギガモス姐さん!!!」」」」」
ギガモスの宣戦布告を合図に蟲が蠢きはじめる。
蚊が飛び立ち、蛾が舞い上がり、蜂がその間を縫って進み、その下を蟷螂が駆ける。
王都に迫る蟲の軍勢。
豪雨のように無数の羽音が鳴り響く。
「こうなりゃ俺らが喰いとめるまで! 奴らを焼き尽くせェッ!!」
「「「「「ハッ!」」」」」
しかし門番兵も怯みを見せない。
頼みの綱だった戦士団は来ず、この真夜中では助けも求められず……そんな無援を悟るも、恐怖をおして一段と腹を括る。
「火矢構えッ!!」
一斉に火のついた矢を番える門番兵。
外壁の上、横一線に赤い光が並ぶ。
「射てエエエェェェェ!!!」
一斉に放たれる矢。
壁の如く立ちはだかる蟲の軍勢に轟々と燃える炎が襲い掛かる。
油をたっぷりと吸い込んだ矢の炎は、その勢いで消えることなく。
むしろ風を受けて一層強く輝く。
「ギャッ!?」
「熱いっす!!」
「ぐふッ!?」
軍勢の前線と炎が交錯。生まれる悲鳴。
矢を避け切れなかった蛾の翅が貫かれ、蜂の複眼を焦がし、そして蚊の腹部に突き刺さる。
怪我を負った虫は飛行能力を失い、周囲の仲間を巻き添えにしながら地に墜ちる。
「次射構え! どんどん射てエェ!!」
門番長の号令に次々と放たれる火矢。打ち込まれるたびに十数匹もの蟲が墜ちていく。
「くぅッ、やはり厳しいかっ……」
しかし、相手の蟲の兵力は数万。勿論抑え込める筈がない……とはいえ、それでも善戦していた。
「……へぇ。中々やるじゃなぁーい、人間も」
そんな予想以上の抵抗を見せる門番兵に、上空から戦況を眺めるギガモスも敵ながら感心を覚える。
……だが、その眼は戦に似つかわずどこかウットリとしている。
「それにしても、敵ながら美しい事をするのねぇー。まるで花火みたぁい」
その視線の先には……外壁から次々と打ち出される、火矢。
真っ暗な闇夜の中を次々と駆ける炎に見入っている。
「美しい、美しいわぁ。もっと見ていたくなっちゃう。――――けど」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべると。
茶色の長髪を右手でかき上げながら……呟いた。
「そんな攻撃じゃ私たちの脚元にも及ばないのよぉ。美しさも、強さも。……ドクモスちゃん達! 見せてあげなさぁーい!!」
「「「「「イェス! 姐さん!!」」」」」
一斉に翅を開くドクモス。揃って滑空の姿勢に入る。
「今だ! 無防備の奴等を撃ち落せェッ!」
「「「「「ウオオオォォォ!!!」」」」」」
見える面積が大きくなり、すかさず打ち込まれる無数の火矢。
茶褐色の翅が貫かれ、炙り縮れ、そして多くの蛾が地へ墜ちる。
……だがしかし、というべきか。
案の定というべきか。
僅か数十に対し、万という兵力の差が覆ることは無く。
夜空を滑空するドクモスの群れが門番の頭上に到達すると――――
「……おやすみなさぁーい。夜勤でお疲れの門番さんたち」
「「「「「【眠鱗粉】!!」」」」」
その翅から、水色の鱗粉が一斉に振り撒かれる。
「「「なっ……?!」」」
「こっ……これは…………?」
門番兵の頭上に降り注ぐ魔鱗粉。
投光器の光を受けてラメのように輝くその光景は、誰の目にも幻想的と言わざるを得ない。
「良い、良いわぁー! 美しい! 最っ高!」
褒めちぎるギガモス。
「……これは不味い! 吸うな! ハンカチで口元を覆え!」
門番長の咄嗟の指示に弓を下ろし、魔鱗粉から逃れようと走る門番兵。
だが、脅威から逃れることは出来なかった。
何故ならば……この魔鱗粉は吸うどころか、皮膚に触れるだけでも十分に効果を発揮するからだ。
「くうっ――――
「おい大丈夫か! 立ち上が――――
「駄目だ! 逃げ――――
水色の靄に覆い尽くされる、外壁上の通路。
バタバタと倒れる門番兵。
単なる兵力差の問題ならば『もしや』も有ったが……状態異常攻撃が相手では、もう為す術無い。
「くぅッ……これまでか――――
門番長が意識を失って倒れたのを最後に、外壁の上に立つ者は居なくなった。
「……やれやれ。随分と大口を叩いていた割には一瞬だったわねぇー」
深い眠りに落とされた門番兵が並ぶ、外壁上。
そこにギガモスがふわりと舞い降りる。
「とにかく、これで南門は制圧したわぁー」
「さぁーて、……爺や」
「ははっ、お嬢様」
すぐさま横に駆けつける、1匹の蚊。
年季が入った針。
白く染まった触角。
そして長年飛び続けて擦り減った翅。
爺やと呼ばれた彼こそが――――この作戦の指揮官である。
「夜襲作戦の第一ステップ、こんな感じでいいかしらぁー?」
「ははっ、勿論。取っ掛かりにしては上々でございまする」
「本当? 良かったわぁー!」
「此方の被害も、私めが思ったよりだいぶ少なく収まりましたぞ」
爺やに持ち上げられて上機嫌のギガモス。
「それじゃ、あとは作戦を進めてちょーだい。私は上から様子を眺めてるわ」
「ははっ。仰せのままに」
彼女がそう命じ、爺やは軍勢の指揮に乗り出した。
「聞かれよ、皆の衆! 最初の壁、門の制圧は完了しましたぞ!」
「「「「「イェス! サー!」」」」」
「此処までくれば、後は第二軍団の十八番芸を披露するまでですぞ!」
「「「「「イェス! サー!」」」」」
外壁の上、ギガモスに並び立つ爺や。
その声はひどく嗄れつつも、不思議と軍を一つに纏める貫禄がある。
「幾度となく魔王軍に恥を見させてきた王国、今こそ目に物見せてやるのですぞ!」
「「「「「おおおおぉぉぉぉ!!!」」」」」
「所詮人間共なんてあんなモンだぜぃ!」
「ボク達には敵うワケないっす!」
「このまま王国中の人間もブッ殺してやるぜぃ!」
「やってやるっす!」
士気を上げる蟲。
そして、爺やの声と共に王都夜襲作戦が進められた。
「まずはドクモス。上空から王都中に【眠鱗粉】を撒くのですぞ!」
「「「「「イェス! サー!」」」」」
「幸いにも今宵は無風、魔鱗粉が風に流されることもございませぬ。たんまりと撒いておやりなさい!」
「「「「「イェス! サー!」」」」」
爺やの指示に飛び立つドクモス。
2万の対をなす翅が、王都の中心に位置取る王城の天辺……その更に上を目指す。
雲一つない夜空に、無数の蛾が集ってできた雲のような塊が浮かぶ。
やがて、その塊は天頂に昇りきった満月を遮る。
王都を照らしていた月明りが、南から徐々に影に覆われていく。
ゆっくり、じわりじわりと。
闇の何かに侵食されていくように。
「「「「「【眠鱗粉】!!!」」」」」
そして、位置取りを終えたドクモスは一斉に魔法を発動。
王城のずっと上、空高くからありったけの魔鱗粉を放った。
上空の一点から振り撒かれた魔鱗粉の靄は、徐々に拡散してその直径を増し……地上に降り注ぐ頃には王都を丸ごとすっぽりと覆う程にまで拡大。
美しい円錐形をとって、水色の靄は王都を包み込んだ。
「んー美しいっ! 今日も最高だわぁー!」
まるで王都を取り囲む水色の結界のような様子に、傍から見ていたギガモスも感嘆する。
……しかし、その実は言うまでもなく眠りを誘う魔鱗粉。
王国中の人という人はそれに気付く事もなく、深い深い眠りに落とされる。たとえ異変に気付いていたとしても、気密性の低い石造りの建物では抗いようもない。
夜なべをしていた母親も、居酒屋帰りの男も、深夜まで勉強に努める若者も、王城に住み込む重役も、国王も、果ては家畜の馬までも、皆等しく魔鱗粉の餌食となり――――ものの数分で、ティマクス王国の王都は完全な静寂に包まれた。
抵抗する者など居ない、独擅場。
第二軍団の十八番――――それが決まった瞬間だった。
「完ッ璧! やっぱり血生臭さを排除してこそ真の美しさだわぁー!」
興奮を極めるギガモス、爺やの下に舞い降りると。
勢い衰えぬまま爺やに指示を飛ばし。
「さぁーて。このまま美しい首斬り殺戮ショーをやっちゃいなさぁーい! 爺や!!」
「ははっ、かしこまりました」
王都夜襲作戦は、次のステップに進んだ。




