21-14. 凶報
「えーと、確かこの辺に……」
会議を終えた後、僕は家を出て馬車の予約に向かった。
向かった先は、フーリエの市街地から少し坂を上った所に営業所を構える輸客会社。彼が勤める会社だ。
「あー有った有った」
玄関に『スタンダー輸客会社』と書かれた看板。……うん、ココだ。間違いない。
中の様子を窺いつつ、ゆっくり引き戸を開いてお邪魔した。
「どうもー」
「いらっしゃいませなのデス!」
中から響くこの声。特徴的なこの語尾。
正面のカウンターで待ち受ける、ぽっちゃりメガネさん。
僕と一緒に『この世界』へとやって来た、輸客商人の轟くんだ。
「あ! 誰かと思いきや数原くんじゃないデスか!」
「おぅ。昨日ぶり」
「早速会えて嬉しいのデス!」
実は昨日、港の朝市で買い物中に彼とバッタリ会ったばかりだったんだよね。
轟くんは王都からフーリエへの乗務を終えたばかりのようで、次の乗務までしばらくコッチに居るんだとか。
「ところで数原くん、今日は何のご用で?」
「あぁ、王都までの馬車便の席を予約しようと思ってさ」
「おお! 当社便をお選び下さりましてありがとうなのデス!」
「いえいえ」
それは当然、同級生のヨシミもあるし。
「では数原くん、いつ発の便で何名様かを教えて欲しいのデス」
「おぅ。4日後の便で、5人。座席空いてるかな」
「ちょっと確認するのでお待ち頂きたいのデス。……あ、どうぞ座って」
「あぁ、ありがとう」
勧められた椅子に腰かけ、予約台帳をペラペラと捲る轟くんを眺める。
……予約残ってるといいんだけどな。
「えーっと……大丈夫なのデス! ししあさっての便、丁度ラスト5席だったのデス!」
「おっ!」
ナイスタイミング! ぎりぎりセーフだったな。
「ちなみに席は2+2+1でバラバラになっちゃうのデスが……宜しいデスかね?」
「オッケー。勿論」
「分かったのデス!」
「――――と言いたいのデスが」
……ん?
「何か有ったのか? まさか実は予約一杯だったとか?」
「いや、そういう訳じゃないんデスが……」
何か言いづらそうにして俯く轟くん。
……ココに来てどうした?
「……折角ならその2日後、ししししあさっての便はどうデスか? ぼくが乗務する便なのデスが」
「2日後!?」
いやダメだダメだ! それじゃ夜襲作戦に間に合わないじゃんか!
あと勝手に『し』増やさないでくれ。多すぎて訳分からないよ。
「ちょっと予定があってダメなんだよな」
「そうデスか……」
「僕もその予定さえ無ければ轟くんのお世話になりたいんだけどね」
「……ちなみに数原くん、その予定ってのは受勲式のことデスか?」
「あぁ、まぁね」
「やっぱり! ならこっちの便でも余裕で間に合うのデス!」
「いや、そういう訳じゃ……」
受勲式には間に合っても夜襲攻撃にはアウトなんだよ……。
「えー、ダメなのデスか……?」
「あぁ。残念ながら」
「なんとかならないデスかね?」
「ダメです」
「何なら運賃割り引くのデス!」
「ダメです」
そこまでする?
「そこをなんとか!」
「ダメです」
「この際、運賃タダでもいいのデス!」
そこまでする?!
……ってかそもそも商売成り立たないだろ。
「ダメです」
「まさかここまで言っても断られるなんて……そんなに深い理由があるのデスか?」
「ある。言えないけど」
「…………なら仕方ない。分かったのデス」
ふぅ、ようやく轟くんが折れてくれたようだ。
「あぁ、済まんな。次は是非轟くんの便に――――
「まだ諦めるには早いのデス!」
「えっ」
「先輩と乗務予定を交代してもらうのデス!」
「……マジか」
そう言い残し、轟くんは僕を独りカウンターに放置して奥の事務室へと行ってしまった。
……そこまでする?!
「では予約承ったのデス! 5名様でししあさって出発、ぼく・轟が乗務員の便なのデス!」
「……はい」
結局、轟くんは先輩と交渉して僕達の乗る便の乗務員枠を手に入れたようでした。
恐るべし、彼の意地。
……とはいえ、僕としては希望日の座席を確保できたワケだ。問題無い。
これで王都夜襲作戦にも間に合う。
「それじゃあ轟くん、当日は宜しくな」
「勿論なのデス!」
こうして着々と準備を進めていくうちにも、時間はどんどん過ぎていき。
日付は今、受勲式まで11日から10日に切り替わった頃。
僕とゴーゴ・ナーゴ・クーゴは、再び灯台へと来ていた。
「……今回が最後の二重スパイになるな」
「同意」
通信準備を進めるゴーゴとナーゴを眺めつつ呟く。
……今晩寝て、明日寝たらもう出発。CalcuLegaで作戦会議する時間も実質あと丸1日しかない。
「今日で色々とオイシイ情報が手に入れば良いんだけどなー」
「我も努力しよう」
「あぁ、頼んだよクーゴ」
まぁ、手に入らなかったらソレはソレで仕方ない。それよりも情報を盗み出すことに焦るあまり二重スパイがバレたりする方がよっぽどマズい。
ここは慌てず動じず、一層気を引き締めていこう。
通信機の扱いもお手の物となったゴーゴとナーゴが、パパッと操作を済ませて準備完了。
クーゴが発信ボタンを押せば、灯室に鳴り響く呼出音。
頭上でグルグルと回る灯台のランプとレンズをぼーっと見ながら待っていると、ふと呼出音が止まった。
『……もしもし。誰かね?』
……さぁ、最後の二重スパイだ。
沢山情報を置いていってくれよ、バリーさん。
『……もしもし。誰かね?』
「此方、第二軍団のフォレストウルフ。其方はバリー殿だな?」
『うんうん、やっぱり君だったか。そろそろ来ると思っていたんだね。……諜報員として、白衣監視にも慣れてきたかね?』
「ハッ。恙なく」
『そうかそうか、それは良いね』
まぁ、実際は恙なくどころか筒抜けなんだけどね。
『ではまず、いつも通り白衣の状況を教えて欲しいんだね』
「ハッ。最近の白衣の挙動には際立った異常は無し。……但し、此処数日は奴が友人らしき人物と面会する機会有り」
『はいはい、成程ね。友人……一緒に召喚されてきた勇者の事だね』
コレは事実。最近はフーリエ工房の加冶くんをはじめ、アキや轟くんとも会ってるからな。
ただし、轟くんの馬車で王都に早入りするのは勿論口止め済みだ。
『王都への移動日も近付いてきたことだし、受勲式ついでに王都で遊ぶ予定でも立てているのだろうかね』
「恐らく」
『ハッハッハ。まあ、叶わぬ計画をせいぜい楽しむと良いんだね。王都が狙われているとも知らずに』
……言ってくれるじゃんか。
こうなったら今の言葉をソックリそのままお返ししてやるからな。待ってろよ、王都で。
とまぁ、僕の心に火を点けられたものの……今は我慢だ我慢。
通信機越しでも僕の存在を悟られないようにしなくちゃな。
すると今度はお待ちかね、バリーさんからの本隊の報告タイムが始まった。
『一先ず、白衣退場作戦の方は現状良好のようだね。これからも引き続き白衣の監視、宜しく頼むね』
「ハッ」
『では今度は、此方から魔王軍の様子を教えるんだね』
「頼む」
『まず、予てより君達に伝えていたメインの"王都夜襲作戦"なんだが……実は、少し急な予定変更が入ってね』
何ッ!?
「予定変更、であるか?」
『そうだね。……と言っても心配は要らない。なんたってプラスの方向の変更だからね』
「おお。其れは朗報」
バリーさんにとってプラスという事は、僕から見てマイナスか。
それはちょっと厄介だな……。
「して、その内容とは?」
『それがそれが、なんと魔王様が兵隊として大量の魔物を私達に賜ったんだね! これには第二軍団もビックリだったね』
「ほう。……大量とは如何程なるか?」
『その数2万。それも実戦型のヤツだね』
実戦型の魔物、そして2万……。凶報でしかないじゃんか。
聞いただけでも嫌になっちゃうな。
『いやあ、戦力アップは本当に助かるんだね。……元々第二軍団は毒や眠り・麻痺・痙攣といった状態異常系の攻撃に長けた軍団。いわば"力の第三軍団"に対する"巧の第二軍団"ってのは、君達も聞いた事が有るよね?』
「左様」
『しかし、だからこそ技巧派揃いの第二軍団には実戦力に欠ける。……それを見た魔王様が、今回の一大作戦に向けて下賜してくださったんだね』
「成程」
『これで万が一王都の戦士団から反撃を受けたとしても、力尽くで押し返すことが出来る。勝率がグンと跳ね上るんだね』
……チッ。魔王様、無駄な事しやがって。
しかも中々厄介だ。コレは困ったぞ……。
――――しかも凶報に凶報が続く。
バリーさんがポロっと口走るには、『第二軍団の戦闘スタイルは状態異常』とのことだ。
……これはマズい。状態異常に対する手立てなんて僕達はロクに用意していないぞ。思わぬ弱点だ。
今の装備で対応できるのはせいぜい毒に対して解毒薬と、魔傷風に対して滅魔剤くらい。眠りやら麻痺やら痙攣なんて喰らったらお終い、折角【冪乗術Ⅴ】でステータス強化したって無意味だ。
ってか、そもそも麻痺とか痙攣とかに効く薬ってあるのか?
どう対処すれば良いんだよ……。
『……さて、報告事項はこれくらいかね』
そんなこんなで、オイシイ情報が来ぬまま今晩の二重スパイ活動も終わってしまった。
まさかの凶報揃いという残念な最終回を迎えてしまったけれども……まぁ、ぶっつけ本番で知らされるよりは今このタイミングで知れて良かった。
1万の戦力アップはともかく、状態異常攻撃なんてマジで詰むからな。
『第二軍団の作戦内容についても、今日君達に教えるつもりだったんだけど……さっき伝えた通りの予定変更があって第二軍団内では立案し直し中なんだね』
「承知」
ソコが一番知りたいところだったんだが、まぁ仕方ない。
……それでも僕達には、数回にわたる二重スパイ活動で掠め取った魔王軍の情報がある。
第二軍団の攻撃スタンスも聞いたし、どう対策すれば良いかもある程度予測できそうだ。
そもそも白衣退場作戦なんて聞いていなかったら確実に嵌まっていた。
あとは僕達がその情報を基にどう動くかに掛かっているか、だな。
明日1日を貴重に使おう。
『では、作戦の修正版が決まり次第君達にも伝えるね。……それと、白衣達が手配した馬車に乗り込むまでは目を離さないようにね』
「ハッ」
『それでは』
『「全ては魔王様の理想のために」』




