21-12. 辻褄
それからというもの、僕は通信傍受(という名の二重スパイ)とそれに対する作戦立案でドタバタな日々が続いた。
重大案件の緊急会議を閉会した後、昼前になると我が家にトラスホームさんが来訪。
機密通信で聞いていた通り、王国側が手配した馬車と宿泊先について伝えに来てくれた。
「ケースケ様。まずは輸客馬車についてですが……此方の輸客馬車に乗って王都までお越しください、との事です」
「分かりました。ありがとうございます」
「座席確保は5人分、支払いも王国側が既に済ませてありますので」
そう言ってトラスホームさんから手渡された手紙には、手配して貰った輸客馬車の情報が纏めてあった。
フーリエ出発は受勲式の6日前。そこから5日かけて王都を目指し、受勲式2日前に到着する行程だそうだ。
早めに王都入りできるので結構時間が有るし、万が一のトラブルが起きても多少の遅れなら取り戻せる。
「続いて御宿泊についてですが、皆様には王城の客室が御用意されているようです。此方も1人1部屋、合わせて5部屋分です。勿論、朝食夕食付きで」
「おぉ! あの部屋ですか!」
王城の客室といえば、日本から異世界転移してきた僕達が泊まった個室だ。
眺めも良かったしベッドもフカフカだったし個室の割にはまぁまぁ広かったし、さながら高級ホテルだったな。
その上朝食夕食もついているのだから文句は無い。
「以上が王都からの連絡となりますが……馬車と宿泊先につきまして何か御不満が御座いましたら、早めに私経由でその旨知らせてほしいとのことです。5人分ともなりますと予約の変更やキャンセルも大変だそうで、出来るだけ今日中にはと」
「ふむ。成程……」
不満は無い。もともと王国が用意してくれた通りの馬車に乗って宿に泊まるつもりだったからな。
――――が、懸念点が1つ。
この手配をしたのはバリーさんだ。そしてバリーさんは魔王軍のスパイだ。そして魔王軍は、僕達を王都に近付けさせないようにと企んでいる。
となるとコレ……罠、じゃないか?
バリーさんが言っていた『白衣を退場させる』という言葉。
アレはもしかして、僕達を王都に入れさせないって意味だったんじゃないか?
「…………ふむ」
可能性はある。
というか、もし僕がバリーさんの立場ならそうする。
途中でワザと馬車を魔物に襲わせたり、そんで故障させたり。もしくは、勝手に街道から逸れて知らない所で降ろされたり。
そうすれば僕達は王都とフーリエの間で立ち往生だ。やりようは幾らでもある。
「んんー……」
「……ケースケ様、何か御不満でも?」
「あぁ、いや。そういう訳じゃないんですけど……」
罠だぞ、この馬車。絶対何かが起こる。
ここは不満を唱えて馬車を替えてもらうか?
それとも敢えてコレに乗るか?
どうする、僕。
どっちにすれば――――
「…………いや」
いや、待てよ。
ココは変に断っちゃダメだ。大人しく用意された馬車に乗ろう。
そもそも僕は元から『乗る馬車や泊まる宿は王国側に任せる』と言っていた。それなのに好き嫌いを言えばバリーさんの気に留まる事は間違いない。
ましてや、バリーさんは罠としてこの馬車を嗾けたのだ。ソレが断られたというのなら……バリーさんに魔王軍の内部情報が洩れていると感づかせることにもなりかねない。
……そう。僕達は二重スパイなんかやっていないんだ。二重スパイやってない。退場させられるだなんて聞いてない。何も知らない。
その体で考えれば、僕達に断る理由なんてコレっぽっちも無いのだ。
「トラスホームさん、コレでお願いします」
「承知しました。では、ケースケ様方が了承されたとの旨、王都に返信しておきます」
「はい。よろしくお願いします」
そう言って、トラスホームさんは再び領主屋敷へと戻っていった。
……くぅっ、辻褄を合わせつつ動くのも大変だ。
隠し事や秘密を沢山抱えることがこんなにもキツい物だったとは。知らなかったよ……。
そんな苦労を味わった日をから2日が経った晩。
日付が変わって、受勲式まであと14日から13日になった頃。
「クーゴ、勇者殿。通信機の準備が完了」
「発信釦を押下すれば通信が開始する」
「承知。忝い」
「ありがとなゴーゴ、ナーゴ」
僕とゴーゴ、ナーゴ、クーゴの3頭は、またも灯台の灯室に来ていた。
第3回目の機密回線通信だ。
「それじゃあクーゴ、今回も宜しく」
「ハッ」
クーゴの前脚が通信機の赤いボタンへ。
灯室にプルルルと呼出音が響く。
そのまま待つこと2分弱、ふと呼出音が止まり王都のバリーさんと回線が繋がった。
プルルルルルッ――――
『……もしもし、誰かね?』
「此方、第二軍団のフォレストウルフ。定時報告である」
『うんうん。待っていたんだね』
……さて、今回はどんな情報が引き出せるだろうか。
『それでは報告してもらうんだね。最近の白衣の動きと、今後の奴の受勲式までの予定、この2点を教えて欲しいんだね』
「ハッ。……一点目、前回報告時からというもの白衣に目立った行動は無し。時折砂漠に赴いては、野良の魔物を狩り腕を磨いている模様」
『うんうん』
この辺りは事実そのままだ。
別に知られてもどうって事ない内容だからな。
『それで?』
「二点目、予定に関しては未だ殆ど空白。受勲式6日前に手配の馬車便にてフーリエを発ち、2日前に到着。以上」
『そうかそうか、まだプライベートな予定は特に決まっていないんだね?』
「左様。受勲式の日程が近付き次第、奴も計画を立てるかと」
『分かったんだね。……ただ、此方としては手配した馬車便にさえ乗ってくれるのならば問題は無い。なんたって5席分、頑張って手配した甲斐があるね』
「成程」
馬車……あの疑惑の馬車か。
あの馬車にどんな罠が仕掛けられているか今直ぐ聞きたいくらいけど、今は我慢だ。
「……ただ、奴の個人的な願望として"王都を訪れた際にはアキに会いたい"と呟いているのを耳にした」
『アキ……あぁ、ディバイズ商会のアキウチ君のことだね。成程』
「奴はアキという勇者とも仲が良く、フーリエでも度々会っている模様。王都でも接触する可能性は高い」
『そうだね。そこは要チェックだね』
……ちなみに、この情報は敢えて僕からクーゴに喋らせたモノだ。
相手から情報を引き出す為には、ある程度コッチからも情報を差し出した方が都合が良い。そう思って、とりあえず当たり障りのない情報を提供してみたんだよね。
「但しバリー殿、此れは飽くまで奴の願望水準。正式な予定には非ず」
『勿論承知しているんだね。不確定情報だとしても、奴の行動を把握するのには十分良い情報なんだね。ありがとね』
「ハッ!」
さて。
コチラからの情報提供も終われば、お待ちかねの魔王軍からのリークタイムだ。
『では、今度は魔王軍の動きについて此方から報告するね』
「ハッ、宜しく頼む」
『今、第二軍団では2つの作戦が組まれているんだね。1つがメインの"王都夜襲作戦"、そしてもう1つがサブの"白衣退場作戦"だね』
ふむふむ。
サブで僕を王都から引き剥がしつつ、メインで王都を狙う。痛い所を突かれた、敵ながら良い作戦だと思う。
『その内、メインの王都夜襲作戦については鋭意計画中。あと3、4日位は掛かりそうなんだね。……ただ、白衣退場作戦についてはもう決まったんだね』
「御聞かせ願えるか、バリー殿?」
『ああ、構わないね。……ただ、奴等には絶対バレないようにするんだね』
「無論」
そして、バリーさんはアッサリとその作戦を喋った。
『先に"白衣退場作戦"の前提を伝えるんだね。……今回はメインの王都夜襲作戦の成功確率を上げるために、戦力は極力そちらに集中させたい。つまり、サブの白衣退場作戦には力を回さないようにしたい極力使いたくないんだね』
「同意」
『そこで、私は閃いたんだね。……白衣は、王国が馬車を手配するならそれに乗ると言っていた。ならば、それを逆手に取れば良いとね』
「即ち、貴殿の手配した馬車に細工を仕掛けたと云う事か」
『まあ、そういう事だね』
……やっぱりそうか。あの馬車こそが罠だったんだな。思った通りだ。
となれば、どんな罠が仕掛けられているんだ。魔物に馬車を襲わせるか? もしくは街道上でワザと故障して立ち往生か? それとも……。
「して、その細工とは如何なる罠か?」
『罠? ……いやいや、そんな物は仕掛けていないんだね』
えっ? 仕掛けてない!?
じゃあどうやって――――
『私も第二軍団も、最初はそう考えていた。だが、どう頑張っても白衣の前には敵わないんだね。……そこで私達は考え方を改めた。剛から柔にね』
「剛から柔に……?」
『そう、いわゆる逆転の発想だね。つまり……――――
『奴の移動中のタイミングで、夜襲作戦を起こす。それだけなんだね』




