21-10. 毛玉
なんだかんだ色々あった抜き打ちテストも終われば、久し振りに雑談タイムだ。
僕とアキそれぞれの最近の出来事だったりとか、ふと思い出した昔の出来事とか、色々喋ったな。
アキの方も、ここ1ヶ月はトラスホームさんと一緒に大きな案件を抱えていたんだとか。王都中を駆け巡ったり風の街・テイラーに弾丸出張させられたりで色々大変だったらしい。
で、そんな案件も無事片付いたところで今回のフーリエ出張。スケジュール的にも余裕があるみたいだし、仕事を済ませつつ色々と美味い物を食べたいなーって言ってた。
とりあえず今日の夕食は、屋台市で鯨肉料理と海鮮料理の食べ歩きで確定しているそうだ。「隙あらば先輩社員さんに集って、しっかり奢ってもらうぜ!」……とのこと。
流石うちのアキさん、そういう所も抜かりないですわ。
「俺はお前のモンじゃねぇから」
「スマンスマン」
で、話すことも尽きてきて会話も途切れ途切れになった頃。
「……よし。計介」
「ん?」
机に手をついたアキが、急にバッと立ち上がる。
「……どうしたいきなり?」
「なぁ計介。さっきも言ったが、トラスホームさん曰く『お前ん家で大量の幼犬を飼い始めたみてぇだ』って聞いたぜ」
「あー」
うちの幼犬隊の事だな。
アキはチェバの事なら見た事があるけど、新たに仲間に加わったククさんはじめ15頭の幼犬隊とはまだ会ってないハズだし。
「そうそう。見る?」
「当ッたり前だろうが。ぶっちゃけ、お前ん家に来たのも90%が幼犬目当てなんだぜ」
「えぇッ!」
……って事は、僕と会うのはたったの10%だけ!?
「いや。3%」
「少なっ! そして微妙!」
「済まん、一桁ぶん間違えたわ。3‰」
「何その単位!? 初めて聞いたんだけど!」
とまぁ、そんな冗談はさておいて。
僕も机から立ち上がり、アキをリビングにご招待することにした。
「普段はお出掛けや狩りに出かける時、僕達と一緒に着いてくるんだけどな。今日は誰も出掛けてないから15頭全員揃ってるハズだよ」
「ほぅ、15頭も居んのか」
応接間代わりに使ってたCalcuLegaを出て、隣のリビングへ。
ガチャッ
「お邪魔すんぞ」
「どうぞどうぞー」
扉を開き、リビングに入る――――
「えっ……」
「何だ……こりゃ…………」
その光景を見た瞬間。
僕とアキは2人して背筋を凍りつかせた。
まるで誰も居ないかのように、静まり返るリビング。
縦横無尽に床の上でゴロゴロ転がっているハズの幼犬隊が、1頭として姿を見せない。
そんなリビングの中央で存在感を放っているのは、見慣れぬ――――フワフワした塊。
服に出来る毛玉のような物でありつつも……しかし、そのサイズは毛玉の比じゃない。
「何これ……怖っ」
「デケぇ毛玉……?」
それはもう、巨大風船のような人ひとりもスッポリ入れるサイズ。
どこから現れたのかも分からない緑色のフワフワした塊が、リビングの中央に座していた。
「……んんっ」
「「毛玉が喋った!?」」
塊の中から唸り声が上がる。
「んんーっ……ふぅ」
「「動き始めた!!?」」
唸り声に留まらず、もぞもぞと動き始める毛玉の塊。
2人して動揺を隠せない。
ズボッ
「うおお手も生えやがった!!」
「何だコレッ!?」
更にはニョキッと生える白い両腕。
僕とアキを大混乱に陥れる。
「やべぇ!! やべぇよ計介何の魔物だコレは!!!」
「いやいや僕にも分からないって!!!」
鳥肌ビンビンにしてビビりまくる僕達を前に、ガサゴソと自らの身体を手探り始める両腕。
塊の一部を掴み上げると……今度は分裂した毛玉を周囲にバラ撒き始めた。
「うわあああ分裂し始めたァァ!!!」
「早く倒せ計介ェェ!!!」
アキの叫び声に右手を腰のナイフに掛ける。
ビビッて腰が引けつつも距離をとって警戒する――――
――――だが、その必要は無かったみたいだ。
バラバラと分裂する、毛玉の塊……もとい幼犬。
その中から、徐々に姿を現したのは……赤髪の女の子。
「んんーっ……ふぅ、おはよう」
「「…………へっ?」」
毛玉の正体は、お昼寝中のアークと幼犬達だったのでした。
その後僕とアキは、合流したアークと3人でダイニングテーブルに。
麦茶を啜って気を落ち着かせていた。
「……ったく、ビックリしたぜ」
「本当だよ」
「ごめんね計介、アキさん。驚かせちゃって」
毛玉の塊とかしていた幼犬達も、今やリビング中を縦横無尽にゴロゴロウダウダ。
いつも通りの様子に戻っている。
「アークさん、あんな格好で何やってたんだ?」
「あっ、えーと……ちょっとモフモフに包まれたいなーって、ね」
アキから目を逸らし、恥ずかしげに答えるアーク。
「まぁ、アークにしちゃ普段通りか」
「ええ。そう」
「そうなのか!?」
1、2頭をだっこしながらお昼寝したり、幼犬に顔を埋めてボーっとしてるのはザラだからな。
今回の毛玉は第一印象の衝撃が大きかったけど、要はいつも通りだったのです。
「……ところで計介、前回会った時のペットはチェバ1頭だったのにな。いつの間にかこんな大所帯になっちまって」
「あぁ」
幼犬隊が仲間になったのは、前回アキと会った後の事だからな。
「どうしてこんなに増えちまったんだよ。チェバが子供でも産んだんか? 増殖したんか?」
「え、いや……そういう訳じゃないんだけどさ」
「そこはちょっと言えないの、アキさん」
「……ふーん、そうか」
仲間になった経緯はちょっと訳アリなんでね。
済まんな。
「まぁともかく、よくこんなに頭数揃えたな計介」
「んー、まぁ成り行きでこうなっちゃっただけだけど」
「こんだけ居りゃあ……ドッグカフェでも営業できそうだな」
「あ、確かに面白そう。ワンチャンあるな」
犬だけに。
「「…………」」
冷たい視線。
「…………でだ。計介、アークさん」
えっ、スルー!?
「2人にちょっと一つ、頼みたい事が有んだけど……」
「何かしら?」
「どうしたアキ、そんなに改まっちゃって」
頼みたい事か。
僕に出来る事なら何でもいいけど……なんだろう?
「……俺にもモフモフさせてくれ」
あらっ。
どうやらアークの同族がココにも1人居たようです。
で、そこからは2人の少年少女が15頭の幼犬に囲まれてじゃれ合うという、楽園のような光景が広がっていた。
リビングの床にペタン座りのアークと、胡座のアキ。二人の膝上ではそれぞれ幼犬が横になり、優しく撫でられて目を細めている。
その周囲には、我こそは我こそはと次の順番を狙うウルフ隊。……ただ、互いに隙を窺い合うその様子もまた可愛い。
「よしよし……」
「くぅん……」
優しく撫でるアキ。
目を細めるインク。
「……はい、じゃあインチの番終了ー」
「わん」
アキが膝の上からインチを抱き下ろす。
名残惜しそうに一鳴きして、インクがアキの下を離れる。
「次は……――――
「わん!」
「おっと、お前か」
アキの膝上に幼犬が自動リロード。
「計介、コイツの名前は?」
「ん、そいつは……サンク」
「サンクか。はいはい」
優しく撫でるアキ。
目を細めるサンク。
「……気持ち良いか?」
「くぅん」
「おーよしよしよしよし」
……普段のスマート感溢れる雰囲気とは打って変わった、幼犬にデレデレなアキ。
小学校以来ずっとコイツとは一緒に居るけど……こんな様子は初めて見た。
可愛いは正義、きっとそれが全てなんだろう。
「……計介、コイツら凄ぇな。全然暴れねぇし、大人しい。ちゃんと躾けてあるじゃねぇか」
「おぅ」
まぁ、躾けたというよりは……コイツらには『忠誠』を誓わせてあるからな。
そりゃ暴れもしない訳です。
「……はいサンクの番終了ー」
「くぅん」
「次はどいつだ?」
「わん!」
続いてアキの膝に上がるのは……クーゴ。
「……おっ、此奴だけ首輪してやがる」
「あー、そうそう」
流石アキ、目聡いな。
「えっ、そうなのアキさん?」
「あぁ。見ろよアークさん、コイツ」
「……本当だ、全然気付かなかったわ」
まぁ、ソイツこそが『忠誠』を誓ってなかった裏切り者なんだけどね。
「なんだかクーゴはオシャレしたい年頃のようでさ。この前、その水色の細い首輪を買ってあげたんだよね」
「ふーん」
……勿論そんな話は無い。偽だ。
昨晩の話はまだ僕とクーゴ達だけの秘密なので、そういう口実にしている。
「ちなみにゴーゴとナーゴもお揃いでな。結構満足してるみたいだし、良い買い物だったよ。……な、クーゴ?」
「わん!」
「へぇー。ワン公にもそんな年頃があんだな」
……とまぁ、そんな感じで再会したアキとの一日は過ぎていったのでした。




