21-9. 暗唱Ⅱ
という事で、アキの抜き打ちテストが始まってしまった。
「今から俺が言う問題に答えろ。全4問な」
「うす。……ちなみに合格ラインは何問?」
「あぁ? 決まってんだろ、全問正解だよ」
「えぇーッ!?」
何だよその無理ゲーは!
「1問でも間違えたら罰ゲーム執行だかんな」
「もうちょっとハードル下げて……」
「駄目。甘えんな」
「せめて1ミスはセーフに――――
「第一問!」
あああああ! 僕の必死の懇願がぁぁ!
……だが仕方ない。アキが折れてくれないのなら潔く受けて立つまでだ。
「クソッ、もう何でもやってやるよ!」
「その意気だ計介。――――では第一問、半径rの円の面積Sを求めよ」
頭を切り替え、数学モードに移る。
円の面積…………円か。となるとアレだ。πを使うヤツだな。
πの入る公式といえば――――ニーパイアールかパイアールニジョーだ。
確かどっちかが面積で、もう片方が円周なんだけど……どっちだ?
うーん……よし。賭けだ。
「頼むッ! πr²!」
「正解」
ヨッシャアアアアアァァ――――
「待て待て待て計介。何だよ『頼む』って」
「え? 決まってるじゃんか」
二択だよ。
「おん前っさぁ……円周と面積なんぞで二択使ってどうするよ。情けねぇ」
「……ごめんなさい」
アキに本気で呆れられてしまった。
溜め息が僕の心にグサリと突き刺さる。
「いやー、2πrとπr²まではスッと出たんだけどさ。……どっちがどっちか、毎回分からなくなるんだよね」
「そん位さっさと覚えろ」
「それが中々難しくてさー」
「ハァ、まぁ分からなくもねぇけどよぉ。……んじゃ想像してみろ計介、一辺rの正方形の周長は?」
「周長?」
それなら簡単だ。
四角形だから4倍、僕でも直ぐ分かる。
「4rだな」
「じゃあ面積は?」
「それも簡単じゃんか。r²」
「そういう事だ。rが周長、r²が面積」
……なッ!?
『r』が周長、『r²』が面積だから――――
「つまり2πrが円周、πr²が面積!?」
「あぁそうだ。コジツケだが覚えるにゃ丁度良いだろ」
そっ、そんな簡単な覚え方が有ったとは……。
「要は工夫だ工夫、何を覚えるにも工夫しなきゃ駄目なんだよ」
「成程、工夫か……」
語呂合わせはよく聞くけど、そういうコジツケで覚えるのも一つの手なんだな。
「納得だよ、アキ。これでもう忘れないな。多分」
「はい言ったな。じゃあお前今後一生、円周と面積で二択すんの禁止ー」
「えぇッ!」
二択禁止かよ! なんて酷い地獄のようなルールを作ってくれたんだアキ……。
……とはいえ、今のコジツケのお陰で2πrとπr²の見分け、僕の頭の中ではガッチリ覚えられたと思う。
コレは良い事聞いたぞ!
という事で。
1問目をギリギリで正解し、その挙句に円周と面積の見分け方というお土産まで頂いた僕は……すっかり活気づき。
次々と問題を正解していく。
「んじゃ第二問。2次方程式『ax²+bx+c = 0』の判別式Ðを求めよ」
「はいはい、コレは得意なヤツだ。『Ð=b²-4ac』」
「正解。即答じゃねぇか」
コレは勢いで覚えたからな。
「次行くぞ計介」
「おぅ!」
「第三問。底面積S、高さhの四角錐の体積Vを求めよ」
四角錐か。憶えてる、憶えてるぞ僕……。
「えーっと……サンブンノイチエスエイチ」
「お経読みやめろ。もうちょっと数式っぽく」
「(1/3)Sh」
「はい正解」
よしよしよし、3問連続正解じゃんか! 今日の僕イイ感じだぞ!
このまま行けば……もしかすれば、罰ゲーム回避かも……!?
「よっしゃラスト来い!」
「その意気だ。最終問題、2次方程式『ax²+bx+c = 0』の解の公式を求めよ」
うわ出たよ、解の公式かぁ。
んー、えーと……。
「……っ」
「厳しそうな表情してんな」
「…………」
出ない。
たしか分数で、ズラズラと長いってのは憶えてんだけど……。
「…………ヤバイ」
「あら? ココまできて計介選手失格か?」
「待って待って」
ちょっと待てよ、解の公式……だよな。
分数で、ルートもあって、であとプラスマイナスも入ってて……――――
「あーダメだッ!」
「はいあと10秒ー」
えっ!? 時間制限!?
「そんなん聞いてないよ!」
「黙れ。本来なら5秒でも十分なんだよ」
くぅッ! マズい、ダメだ出てこない!
突然のプレッシャーに頭の回転が急ブレーキを踏む。
「5秒前ー」
「ああぁッ!!」
折角今まで3問ノーミスだってのに……ココでミスは痛いぞ!
早く思い出せ、思い出せ僕!
早くッ!
「3、2、1……」
「ああちょちょちょっ!」
時間がない!
ヤバいヤバいヤバいヤバい――――
「幾百幾千ノ唱ウルハ万物掌中ト為ス――
――――【暗唱】」
頭が真っ白な僕の口から、謎の呪文が飛び出した。
「……は、はぁっ?」
突然の出来事にアキもきょとん。
そんな首を傾げるアキに、僕の口は更に言葉を続ける。
「……ニエーブンノ」
「何っ!?」
不意に口から出た答えのひとかけらに、ハッと我に返るアキ。
……そして、今の答えのひとかけらが呼び水となったようで。
「ニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビーニジョーマイナスヨンエーシー」
「……ちょい待て、もう一度」
「ニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビーニジョーマイナスヨンエーシー」
「……数式っぽく」
「(-b±√b²-4ac)/2a」
ダラダラと長いハズの『解の公式』が、ズルズルと引き摺り出され。
「…………せっ、正解だぜ計介」
「おっ、マジで!?」
晴れて全問正解した僕は、罰ゲームを免れたのでした。
「イェーイ! 罰ゲーム回避! やったね!」
「……俺も驚きだぜ全く」
「ヨッシャァ――――
「だがちょっと待て待て」
両手を挙げて勝利を喜ぶ僕に、アキが水を差す。
「ん、何?」
「最終問題でお前が呟いた訳分かんねぇ詩、ッつーか俳句? ポエム? あれ何だったんだよ。説明しろ」
「あぁ、アレか」
さっきも出たね。謎の呪文。
「実はさー。……最近よく出るようになったんだけど、僕も良く分からなくて」
「はぁ!? 冗談いえ」
いや本当なんだって。
「どうしようもなくなって頭が真っ白になると急に出てきて、助けてくれるんだよ」
「何だそりゃ。夢遊病じゃねぇの?」
「いやいや。夢遊病ではないんだけど」
「じゃあ何だよ」
「一応、ついこの前に原因が分かってさ。……どうやら【詠唱】っていう魔法と関係があるみたいで」
「ほぅ。お前の魔法か」
そうそう。
この前のホエール戦の時に、その関係が薄っすらと分かったんだよな。
∠∠∠∠∠∠∠∠∠∠
『――如何ニ内容煩雑ニシテ憶ウル事能エドモ
――如何ニ緊張焦燥絶望ニ精神侵サレドモ
――幾百幾千ノ唱ウルハ万物掌中ト為ス
――【暗唱】・詠唱強化』
∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀
今まで幾度となく出てきた謎の呪文が、その正体を明かした瞬間だった。
謎の呪文の正体は、【暗唱】の詠唱強化。
『詠唱強化』という字面から察するに……謎の呪文は魔法の『詠唱』。その『詠唱』によって【演算魔法】が無意識にも発動したり、パワーアップが起きたりしたのかもしれない。
この直後にシンの100倍巨大化魔法が発動したタイミングからも考えて、きっとそうだろう。
謎の呪文、それは僕達を守ってくれる【暗唱】の『詠唱』だったのだ。
「……らしいよ。さっきの謎の呪文に関しては」
「ふーん。不思議な事もあるモンだ」
いまいちピンと来ていないようだけど、僕の話を聞いてアキも小さく頷いていた。
……と同時に、アキの口角がクイッと上がる。
「ッつー事は。さっきの最終問題……ありゃあ、解の公式を思い出せねぇ計介のピンチに【暗唱】が手を貸しちまったって事か」
「多分。……って、まさか!?」
「じゃあ、4問目は不正解! よって罰ゲーム執行!」
「ええええええええええ!!!」
なんでだよおおおおおぉぉぉぉ!!!
「だが……分からなくねぇな。その【暗唱】の『詠唱』ってヤツ」
一頻り笑ったところで、アキの表情が何か深く考え込むような物に変わる。
「考えりゃ考える程、面白ぇなって思うぜ」
「そうなの?」
「あぁ。……俺は思ってんだ。語呂合わせやらコジツケやらってのは、意味が分かんねぇほど逆に頭に残りやすいってな」
意味が分からないほど……?
「例えば……計介、お前三角関数やったか?」
「おぅ」
昨日の夜にやったばっかりだ。
「良し。sin(θ+α)の加法定理、言ってみ」
「えーと…………」
やっべぇ。
忘れた。
「1:2:√3、的な?」
「全然違ぇよバカ。覚えとけ、『sinθcosα+cosθsinα』だろうが」
「あー」
そうだったそうだった。
「で、重要なのはsinとcosの順番だ。その覚え方の語呂合わせで有名なのが……『咲いたコスモスコスモス咲いた』」
「何それ」
「意味なんて要らねぇんだよ。sinとcosの順番さえ分かりゃ良いんだ」
へー……。
「他にゃあ……『○子小林小林○子』」
「あー」
聞いた事あるし、参考書にも載ってたヤツだ。
「もっと印象に残る物も有んぞ。特に頭の悪ぃ男共がこぞって好きなやつ、『△ね□す□す△ね』」
「急に不穏」
「だろ? けど却ってこっちの方が頭に残んだよ」
確かに。一度耳にしたら忘れられない破壊力がある。
「意味不明でパワーワード抜群な覚え方ほど、ビッチリと脳に焼きつくんだ。その点で考えりゃ……訳分かんねぇ詠唱でパワーアップするッつー【暗唱】は、ある意味で的を射てんのかもしれねぇ。俺はそう思うぜ」
「成程」
そうか。そうだったのか。
確かに納得かも。
「まぁ、飽くまで俺の推測だ。詳しい事は【演算魔法】に聞きやがれ」
「はい」
……とまぁ。
守ってくれるハズの【暗唱】に却って嵌められてはしまったものの、今までの謎が1つ解けてスッキリしたよ。
【暗唱】の『詠唱強化』、これからも僕達を護ってくれよ。
「ちなみにだ、計介。今の4問だが、この前に出題したのと全く同じだかんな」
「えっ!? ……あ、あれ? そうだったっけ?」
「あぁ。気付いてなかったのかよ」
「……スンマセン」
「はい、という訳で罰ゲーム・暗唱の刑な。今の4問の答えを一日100回、3日間繰り返す事」
「…………なんだか今になって思い出した気がする」




