21-8. 大人
翌日。
昨晩は灯台で盛大に夜更かしをしてしまったのもあり、今日は久し振りに寝坊をしてしまった。昼起きだ。
その所為でアークお手製の美味しい鯨丼朝食も逃してしまった。とても残念です。
……とまぁ、そんな事は置いといてだ。
時刻は今、昼下がりの午後3時。
フーリエの街は今日も平和だ。
一時は狂ったように賑わっていた屋台市の大鯨肉祭りもだいぶ落ち着き、そのお陰か屋台に並ぶ品物には久し振りに魚介類が戻り始めている。
僕達が贔屓にしていた屋台でも再びマグロを売り始めたりと、だいぶ屋台市も元の雰囲気を取り戻しつつあるところだ。
……だからと言って鯨肉の人気が無くなったかといえば、そうでもない。今度は鯨肉の終売セールが行われているのだ。
滅多に手に入らない鯨肉を、また味わえなくなってしまう前に――――そんな思いが人々の心を突き動かし、屋台市にとってはこの終売セールが最後の稼ぎ時なんだってさ。
となれば、そんな商機を商人達が見逃すハズがない。
最後の一塊の鯨肉まで仕入れんと躍起になった商人達たちが、再び王国中からフーリエへと集結している。
そして――――今回はその流れに乗って、彼もこの港町・フーリエへとやって来たようです。
ガチャッ
「ねーねー先生!」
「ん?」
作戦会議室CalcuLegaの椅子に座って独り考え事をしていると、ノックも無しに開く扉。
勢いよくコースが部屋に入ってきた。
「どうしたコース。そんなに急いで」
「お客さん来てるよー!」
ほぅ、来客か。
「誰だ?」
「それは会うまでヒミツだって!」
「秘密って……」
「でもダイジョーブ! 先生も私も知ってる人だよ!」
名乗りもしない人は迂闊に家に上げちゃダメなんだけど……まぁ良い。
僕のみならずコースも知ってる人だと言うんだから、信頼しよう。
「分かった。じゃあココにお通しして」
「オッケー!」
そう言い、扉を開けっ放しにしたまま部屋を出るコース。
……そして、その来客はスーツケースをガラガラと引き摺りながらCalcuLegaに入ってきた。
「よぉ計介、久し振りだな。元気してるか?」
「出たあああああああァァァァァァァァァァ!!!」
「他人を幽霊みたく言うんじゃねぇ」
再会して早々に鋭い切り返しを決めてくれた、そのお客さんとは。
僕の一番の親友――――雑貨商人のアキでした。
「はい。麦茶」
「おっ、サンキュー」
とりあえずお茶を出し、会議机に座ってもらう。
机を挟んだ反対側、アキに対面するように僕も腰掛ける。
「アキは今回も出張でフーリエに?」
「あぁ。商会内で『鯨肉が終売セールらしい』ッつー話が回ってきてな、今回は俺とシーカントさんの他にも5人の先輩方と一緒だぜ。総勢7人、馬車も4台編成とかいうディバイズ商会の本気具合よ」
「へぇー」
馬車が4台、要は仕入れ量も普段の4倍だ。それは中々力が入ってる。
こりゃ終売セールも賑わうワケだ。
「で、今日の仕事はついさっき終わってよぉ。明日の朝までは各自自由時間ッつー事だから、折角だしお前の顔を見に来たんだぜ」
「わざわざありがとな、アキ。……ところで、よくこんな空き家通りのド真ん中まで辿り着いたな。アキには家の住所とかどの辺にあるとか、全く教えてなかったのに」
「本当だぜ。お前にとっちゃ数少ねぇ親友なんだから家の場所くらい先に言っとけ。……まぁ、朝市で偶々すれ違ったトラスホームさんに聞けたから良かったけど」
それはスマンスマン。
「そこまでしてウチを訪ねてくれるだなんて、やっぱ流石うちのアキさんですわ。まるで蛇口を閉めても止まらない優しさ」
「俺はお前のモンじゃねぇ。……あとそのダッセェ比喩やめろ」
それもスマンスマン。
「……まぁ、タダの生存確認ついでに訪ねただけだよ。神谷からも『数原君を宜しく』と頼まれてっからな」
「そっか」
……とは言ってるけど、そういうアキも心なしか嬉しそうだ。
やっぱり世界が変わっても親友は親友のまま変わりない。
さすがうちのアキさんですわ。変わらない優しさをいつもありがとう。
「……今心の中で言ったろ? 俺はお前のモンじゃねぇからな」
「なんで分かるんだよ!?」
「顔見りゃ一発だわ」
「そんなに顔に出てる?!」
……恐ろしや、アキの読心術。
優しさもそうだけど、鋭い読心術も相変わらずだったみたいです。
「でだ、計介。前回会ってから1ヶ月半が経った訳だが……お前、あれから色々変わっちまったな」
「変わった? そう?」
「あぁ」
……自覚は無いけど。
そんなに変わったかな。
「まず、何だよこの立派な庭付き一軒家は」
「あー」
「ちゃっかり人生最大の買い物済ませてんじゃねぇよ」
確かに。そういやアキが僕達のお家に来るのは今日が初めてだもんな。
「良いでしょー。このお家」
「最高だわ。二階建てで庭付きで、しかもこんなにしっかりした会議室付きとか羨まし過ぎんだろ。俺の王都の1LDKと代わってくれ」
「えー」
5人と16頭で1LDKはちょっと厳しいかな……。
「冗談だよ冗談。……ところでトラスホームさんから聞いた話によりゃ、この部屋は魔王軍と戦う秘密基地なんだそうだな」
「あぁ」
「部屋名は、えーと……CalcuLega、だったっけか?」
「そうそう」
演算と隠れ家を足し合わせて出来た名前だよ。
「ほぇー……『Calcuration』に『カクレガ』が掛かってたのか、確かに。計介のくせにシャレた名前考えるじゃねえか」
「あざっす!」
僕だってやる時ゃやるんですよ。
数学者舐めんな。
「でだ。その他にもトラスホームさんから色々聞いたぜ、お前の活躍。あの魔傷風の男性を救ったり、訳アリのペットを飼い始めたりしたそうじゃねぇか」
「うんうん」
「果ては撃退すればお手柄モンの大鯨を、お前ん所のシンくんがブッ殺しちまったとか。シンくん、王都でもそこそこ話題の人になってたぜ」
おぉ、マジか!
やったねシン。有名人じゃんか!
「シンがホエールにトドメを刺すところ、アレ本当に凄かったんだからな。アキにも見せたかったなー、あの瞬間」
「ほぅ」
「【相似Ⅴ】でシンが100倍に巨大化して突撃するあの姿とか、まさに進撃だったわ。超進撃してた。もうリアル進撃のきょj――――
「ああああ言うなッ!」
「んんーんーッ!」
机越しに口を塞がれる。
「どっ、どうしたんだよアキ。いきなり口塞ぐなんて」
「大人の事情だ」
「大人の事情……」
成程。そういう事ね。
「……でさ、アキ、本当凄かったんだって! 【相似Ⅴ】のシンが巨大化して大暴れするところ! あの姿はもう本当にさながらウルトラm――――
「あああちょちょだからダメだっつの!」
「んんーーッ!」
またしても口を塞がれた。
「大人の事情だ」
「……はい」
なんとも大人の世界ってのは難しいようです。
「ってな訳でだ、計介。さっきも言った通り、お前は色々変わっちまったよ」
「あぁ」
「なんつーか……対面していて雰囲気が違ぇんだ。日本に居た頃の勉強も出来ねぇ授業中も起きれねぇ遅刻もギリギリなド底辺糞野郎とは、まるでな」
「……そう?」
「マジで」
……なんだかアキからそんな事言われると照れちゃうな。
「この異世界に独り放り出されたお前の事が、最初はずっと心配でならなかったけどよぉ……まさかこんなにも沢山功績を挙げて頼もしくなるとはな。大人になったじゃねぇか、計介」
「……おぅ」
「これからも応援してるぜ」
「…………おぅ」
久し振りの親友からの激励、ちょっと嬉しかった。
しかし、そんなアキの激励はタダで貰えるほど安くはない。
それなりの『対価』を払わなければならないようです。
「……そんじゃあ、計介」
「ん?」
「ちゃんとお前の数学知識も大人になってるか、今から抜き打ち確認テストを実施しまーす!」
「うわあああああああァァァァァァァァ!!!」
やっぱりそうなるかー……。
ご報告します。
本話を投稿しました5月26日にて、本小説『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』が3周年を迎えました。
と同時に、タッチの差で 150万文字 & 約150万PV にも到達いたしました。
数学とラノベを掛け合わせたらどんな小説が出来るのか? ……そんな思いから始まったある種のネタみたいな物語が、まさかまさかこんなにも長く続くとは僕自身も驚きです。
とともに、ここまで書き続けてこられたのは皆様の応援あっての事です。
日頃より頂いたご感想やご評価は勿論のこと、読者が居るという事実が何よりも続けてこられた理由だと思っております。
筆の才も語彙力も乏しく、まともに書けるのは論文だけというなんちゃって理系小説家が認める物語ではありますが……これからもどうぞお付き合いください。
よろしくお願いします。
2021年5月25日 ほい




