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21-7. 二重

「ぐるっ……」


隣で眠る幼犬の1頭から唸り声が上がる。

どうやら目を覚ましたみたいだ。



「起きたな」

「……はッ!?」


目を覚ましてコチラを見るや否や、思い出したかのようにビクッと身体を震わすクーゴ。

そしてストンと腰が落ちる。



「ハハハッ、さっきのが効いてるみたいだな」

「……っ」


ビビッてるのか声も出ないご様子。

プルプルと震える身体はさながら本物の幼犬だ。



「落ち着けクーゴ、大丈夫だよ」

「……」


まるで凍ってしまったかのような無言。

……あちゃ、さっきの少しやり過ぎだったかなー。



「大丈夫だって。お前達の事は殺しやしないから」

「…………う、うむ」


そこまで言って、ようやくクーゴの身体から力が抜けたようだ。

右手でポンポンと僕の隣を叩けば、恐る恐る歩み寄ってきた。



「とりあえず座りな」

「……ハッ」


緊張感が抜けないまま、ちょこんと座る幼犬クーゴ。



「……此処は」

「展望回廊だよ」



そう。灯台の展望回廊。

あれから30分経って日付も変わった、夜中の灯台だ。


空を見上げてみれば満点の星。……なんだろうけど、残念ながら物凄く強い光源が頭上でグルグル回っているのであまり星は見えない。

北極星とオリオン座の7星しか見えない、東京の夜空とあまり変わらないか。




「クーゴ、どこまで憶えてる?」

「我が記憶に依れば……我ら3頭は背信行為を目撃され、散々縛られ嬲られた末に刺殺された」

「ほう」


……嬲られたって、まるで僕が悪者みたいな言い方で少し気に障るけど……まぁいい。

嬲ったのは事実だ。



「……しかし、何故我は生きている? 何が起きているのだ?」

「うん。まあ、そうなるよな」


クーゴがそう混乱するのも無理はない。




彼らの記憶は多分……手足を縛られ口も縛られた挙句、首まで絞められて刺し殺されるという中々猟奇的な最期を迎えて途切れたハズだ。

にもかかわらず、彼らは今しっかり生きている。目を覚ましたクーゴはもとより、ゴーゴとナーゴからもスーピーと鼻息が聞こえるのが証拠だ。



なんでこんな矛盾が起きたのか? ……ソレを解決する答えはただ1つ。




「お前達を殺そうとしてた、さっきのアレ……全部芝居だから」

「芝居……!?」

「そ。お前達を殺そうと見せかけてただけの、()()だ」



そうそう。

刺し殺そうとしていたのは飽くまで僕の芝居。狂気タップリだったのもお芝居。本当に殺そうだなんて思っちゃいないよ。


もし本当に殺す気でいたのなら、コイツら3頭が揃って失神したあの後にわざわざ絞めていた首を緩たりなんかしない。

ナイフもさっさと腰に納めて、脚と口に掛けていた輪を外したりもしないさ。

勿論、ダラリと脱力する3頭を背負って展望回廊に移り、夜風に当たりながら目覚めるのを待ったりもしない。



アレは全部、『3頭を殺す』風に見せ掛けた芝居だったのだ。




「……我らは真に貴殿に殺されるものと」

「ハハッ、そう思ってくれたんなら僕の芝居は成功だな」


まぁ、今回は割とシリアスさを狙ってた。普段の僕には無い残虐さというか、ちょっと狂気じみたギャップな一面を見せてトラウマを植え付けてやろうと思ってたからな。

上手くいったようだ。






すると、暫しの沈黙を経てクーゴが口を開く。



「しかし……何故、何故貴殿は我らを殺さなかった? わざわざ芝居まで打って」

「え、何? 殺されたかったの?」

「否。そう云う訳にはあらぬが……我らは内通、貴様の敵なのだぞ」


そう告げるクーゴの目に迷いは無い。

まるで何時でも死ぬ覚悟を決めているかのように、鋭い目をしている。



「んー、まぁ確かにそうではあるんだけどなー……」

「ならば――――

「いや、でも違う。僕はお前達を殺さない」


殺さない……というよりは、()()()()()()()

どれだけコイツらを傷めつけようと、その一線だけは決して超えられない理由があるから。



「何故――――

「なぜならば……例え裏切られたとしても、()()()()()()()()()()()だ」

「裏切ったと、しても?」

「そう」


聞き返して首を傾げるクーゴに、僕はコイツらに対する今までの全部を話すことにした。











この話をしようとすれば、時は二度目のフーリエ鉱床地帯遠征まで遡る。

坑道最深部でウルフ隊と再会し、彼らと一緒に坑道から出発する……あの瞬間だ。


坑道最深部で出発の準備を済ませ、フーリエの街に戻ろうと出発する間際。

僕は改めて、ウルフ隊にこう問いかけていた。




∠∠∠∠∠∠∠∠∠∠




「……決して、人類に危害を加えない事。建物を壊したりとか、スパイ活動や僕への裏切りも含めた一切の危害だ。期間は一生。破ったヤツはマジで消します。……守れるか?」

「「「「「ハッ!」」」」」


「……破ったりしないよな?」

「「「「「いえ!」」」」」


「……本当に?」

「「「「「ハッ!」」」」」


「とかいって裏切りとか考えてないよね?」

「「「「「いえ!」」」」」


「よし。守れるんだな?」

「「「「「ハッ!」」」」」




∀∀∀∀∀∀∀∀∀∀




これ、傍から聞けば何でもない単なる1シーンだろう。これから街に戻るにあたって、本当にウルフ隊が悪さをしないか念を押しているところだ。

多少しつこい位に質問を繰り返してはいたけど、まぁ相手も元魔王軍。それを踏まえればこの程度は別に不自然でもない。


ただし……唯一僕にだけは、別に聞こえていたんだ。




¬¬¬¬¬¬¬¬¬¬




「……決して、人類に危害を加えない事。建物を壊したりとか、スパイ活動や僕への裏切りも含めた一切の危害だ。期間は一生。破ったヤツはマジで消します。……守れるか?」

「「「「「ハッ!」」」」」


――――【真偽判定Ⅰ】(ジャッジメント)

――――真:12、偽:3。



「……破ったりしないよな?」

「「「「「いえ!」」」」」


――――【真偽判定Ⅰ】(ジャッジメント)

――――真:12、偽:3。



「……本当に?」

「「「「「ハッ!」」」」」


――――【真偽判定Ⅰ】(ジャッジメント)

――――真:12、偽:3。



「とかいって裏切りとか考えてないよね?」

「「「「「いえ!」」」」」


――――【真偽判定Ⅰ】(ジャッジメント)

――――真:12、偽:3。

――――反例:ゴーゴ、ナーゴ、クーゴ。



「よし。守れるんだな?」

「「「「「ハッ!」」」」」


――――【真偽判定Ⅰ】(ジャッジメント)

――――真:12、偽:3。

――――反例:ゴーゴ、ナーゴ、クーゴ。


∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵






あの時は、念のためとも思って【真偽判定Ⅰ】(ジャッジメント)をコッソリ掛けていた。まぁククさんがウルフ隊をしっかり統率出来てるし、大丈夫だろうとは思いつつも保険程度に起動してたんだよな。


そうしたら、まさかまさかの『偽』が3頭混じっているという衝撃。


何かの間違いだろうと思って質問を繰り返してみるも、結果は尽く同じ。

しかも4回目の質問からは、偉大なる【真偽判定Ⅰ】(ジャッジメント)様によって誰が偽を出したかさえも炙り出してしまう始末。




その時点だったんだ。彼らの中に裏切り者が居ると、僕が知ったのは。




「……斯様にも早く見抜かれていたのか。我らの思いは」

「ああ。だからいつも言ってんだろ? 『数学者の勘』を甘く見ちゃダメだって」


まぁ、それもこれも偉大なる【真偽判定Ⅰ】(ジャッジメント)様のお陰なんだけどね。



「……ならば、何故その時に我らを殺さなかった?」

「お前そんなに殺されたいの?」

「否、そうではない。正体を暴かれた密偵の行く末は、拷問か処刑が常套であるが故に」

「成程な。……だとしたら答えは1つ。常套じゃないからだよ」



勿論、僕だって悩んださ。危険因子をさっさと処分して行くか、それとも拷問に掛けちゃうか。坑道に3頭置いて行くかも考えた。

けど……僕が見出した解は、その常套手段のどれでもない。




「お前達を泳がせて、()()()()させて貰う事にしたんだ」

「……成程。我らは貴殿に泳がされていたか」

「そう」


今でこそ作戦会議室CalcuLegaの棚にはファイルが少しずつ入り始めてはいるけど、それでもまだ魔王軍に関する情報は乏しい。そこでイチかバチか、お前達を泳がせていた。

そして今この瞬間、その泳がせていた成果が花開いたってワケだ。


――――つまり。




「という事で、だ。お前達の魔王軍スパイ生活が始まって1時間しか経ってないけど……僕はお前達を『2()()()()()』に任命します」

「…………成程」


そう呟いたクーゴの顔は、観念したかのようだった。






……あと、これはクーゴには伝えられないけど。

実はもう1つ、お前達を……特にクーゴを殺せない理由が有るんだ。


クーゴお前、シンと仲良いんだろ? この前シンから聞かされたよ。

最近、1人と1頭でよく灯台に行くんだってな。それと同時に……今までウルフ隊を信頼しきれなかったシンに、信頼するきっかけをくれたんだとも。


だからさ。シンのウルフ隊に対する心が開けてきたってところでお前を殺す訳にはいかないんだ。

じゃないと、今度こそシンがウルフ隊の事を信頼できなくなっちゃうから。



だから……ニ重の意味で、()()()()()()()()なんだ。

二重スパイになってもらい、また信頼の架け橋にもなってもらうよ。



「頼んだぞ、クーゴ」

「……ハッ」
















「ちなみにだけど、次こそ背信行為は許さない。僕もマジで消す覚悟で行くからな。……例えば」


そう言い、右掌をクーゴの前に差し出す。



「……右手が如何にした?」

「これを、こう」


握る。

クーゴの首がギュゥッと絞まる。



「ぐっ!? ……息、がッ…………!!」


その首を絞めているのは、【内接円Ⅱ】(インスクライブ)の首輪。

クーゴも必死に両前脚で首を掻くが、勿論首輪は外せない。



「どうなるか分かった?」

「…………っ!!」


プンプンと小刻みに頷くクーゴを見て、右手を開いた。




「かハっ、はぁ、はぁ、はぁ…………」

「さっき身体を縛り上げていた【外接円Ⅱ】(サーカムスクライブ)【内接円Ⅱ】(インスクライブ)の輪のうち、首輪だけは残しておいた。ソレこそが今日の出来事を忘れさせない戒めだ。良いな?」

「ハァ、ハァ……承知した」

「だから、二重スパイの方もしっかりよろしくね」

「……承知」

「ゴーゴとナーゴにもちゃんと言っといてね」

「承知」


……もしコレが日本で行われてたら強烈なパワハラかつ動物虐待なんだろうけど、生憎ココは異世界。

これ位やっても全く問題は無いのだ。




とまぁ、こうして僕は従順なる仲間にして二重スパイを3頭ほど手に入れたのでした。

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本作は、以下リンク(後編)に続きます。
以下リンクからどうぞ。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで eˣᴾᴼᴺᴱᴺᵀᴵᴬᴸ

本作の『登場人物紹介』を作りました。
ご興味がありましたら、是非こちらにもお越しください。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
本作品における数学知識や数式、解釈等には間違いのないよう十分配慮しておりますが、
誤りや気になる点等が有りましたらご指摘頂けると幸いです。
感想欄、誤字報告よりお気軽にご連絡下さい。
 
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そして————数学嫌いの克服を目指す皆様の心に
 
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