21-6-3. 『内通の任』
「……良し」
回線が切れた事を確認し、釦を押下して回線を切る。
「……聞いていたか、ゴーゴ、ナーゴ?」
「「無論!」」
「此れで再び……再び、魔王様のお役に立てる!」
バリー殿は仰った。
魔王軍は我らを見捨てるどころか、寧ろ我らに内通の任を命ずるだろう、と。
矢張り、魔王軍は我らを見捨ててなどいなかった。
我らの誓った忠義が、魔王様に在る限り。
「此の任を遂行し、魔王軍に次こそ勝利をもたらすのだ!」
「目に物を見せようではないか、矜持を棄てた我らが同胞共に!」
「同意!」
我らが長・ククは、プライドを棄てて命乞いに走った。その下に付くナーゴもクーゴも、インチやサンゴもいった若手衆も盲従している。
……何故? 何故そうも容易く、命を乞える?
魔王様の理想の為ならば、死をも恐れず突き進むのが第三軍団でないのか?
死ぬ事など、恐るるに足らぬ筈ではないのか?
フォレストウルフの誇りは何処へ行ったのだ?
我ら3頭は違う。
魔王様の為ならば死すら厭わぬ。何でも致す。
身体は極端に縮められて白衣を討つ力こそ失えども、内通ならば障りない。
其の末に魔王軍が白衣を討ち取れば、戦死した軍団長はじめ第三軍団の英霊も未練なく成仏できるに違いない。
それこそが――――魔王軍としての矜持。
誇り高きフォレストウルフの矜持である。
「我ら3頭の矜持、見せつけてやる!」
「「応!」」
「「「全ては魔王様の理想のためにッ!!!」」」
かくして、秘密回線通信は恙なく終了した。
次回の明後日までの間、内通業務に勤しむのみである。
「……戻るか。ゴーゴ、ナーゴ」
「「同意」」
此れ以上の無駄な長居は無用。只でさえ長話になってしまった故に、早く戻るに越した事は無い。
通信機に袋を掛け直し、一通り証拠を隠滅する。
「帰路に於いても、一番の難所は玄関扉であろうか?」
「同意。扉の開閉音は僅かたりとも出してはならぬ」
「扉の音で誰か1人でも目を覚ませば、我らが計画も悟られかねぬ故に」
「同意。ゴーゴ、ナーゴ、以降は一寸たりとも気を抜くな。我らが同胞の下に戻って眠りに就くまでは」
「「無論!」」
「よし。それじゃあ家に帰るか」
「「「ハッ!」」」
――――ん?
何だ今の声は?!
思わず返事を返したが……まさかッ!?
「なっ…………」
恐る恐る首を後方に捻じる。
ゴーゴとナーゴも同様に振り返る――――
「随分と長話だったじゃんか」
「「「は……白衣ッ?!」」」
其処には、腕を組んだ白衣の勇者。
悠然と灯室の窓縁に腰掛けていた。
「待ちくたびれたよ。全く」
「「「……っ!?」」」
おもむろに立ち上がり、我らと梯子の間に入って立ち塞がる。
「はっ……白衣、何時から此処に――――
「んな事どうでも良いだろ」
「何処から灯室に入ってきた!? テレポートか!?」
「んな魔法使えねえよ。普通に梯子からだよ梯子」
きっ……虚言だ!
我らが灯室に入った時は確かに誰も居なかった! 通信中も常に梯子には気を配っていた!
なのに何故……ッ?!
「ふっ、ふふ不可能だ! 如何にして此処に入り込んだ――――
「そんなの教える訳がないだろ? スパイのお前達に」
我らの前にしゃがみ込む白衣。
「……大体、今まで僕にバレてないとでも思ってたの?」
「「「うぐっ――――
「甘いんだよ。数学者舐めんな」
その瞬間、一気に血の気が引いた。
腰がストンと抜けた。
「家に帰るは帰るでも――――生きて帰れるとは思うなよ」
「「「……っ!?」」」
――――不味い。殺される。
本能が脳内にけたたましく警報を上げている。
「「「ハァ、ハァ……ッ!!」」」
なりふり構わず必死に後ずさる。
「逃げんな。【外接円Ⅱ】……縛れ前脚」
「ぐうッ!?」
前脚の手首に現れた水色の輪がぎゅうと縮む。
左右の前脚が1本に縛り上げられる。
「うっ……動かぬ――――
「【外接円Ⅱ】……後脚も縛れ」
立て続けに後脚も縛り上げられる。
身体のバランスが保てず、横倒しになる身体。
「がはッ!」
「うくっ!」
視界が90°回転した世界で、同じくゴーゴとナーゴも床に転がされていた。
一瞬にして我ら3頭の身動きが封じられた。
……しかし、尚も白衣の勢いは止まらぬ。
「それとさ、お前達。平然と喋ってるけど……誰が街中で喋っていいと許可を出した?」
「「「あっ――――
「【内接円Ⅱ】……」
白衣が我らに掛けた三本目の輪は、口内。
上顎と下顎に接するが如く、輪が姿を現すと。
「……開け顎」
「あがッ!?」
じわりじわりと拡がる輪が、下顎をその可動域外へと押し下げる。
……ぐう、顎が外れるゥッ!!
「があアアアアァァァァァァァッ!」
耐えがたい激痛。絶叫。
身体はそれを誤魔化そうと四肢にも力を込める……が、既に掛けられた2本の戒めは藻掻く事さえ許さない。
地獄のような激痛に、数刻という時間が無限にも感じた。
「がっ……がはッ…………」
やがて輪の拡大が止まった頃には、我らは既に憔悴していた。
上がり切った呼吸。
縛られたまま力なく放り出される、四肢。
余りの激痛に、ピントも焦点も合わぬ眼。
開いたまま固定され、零れた涎が床まで糸を引く。
声も出ない。
こっ……此れが、白衣の本気…………。
我らは、触れてはならぬ白衣の逆鱗に触れてしまったのやもしれぬ。
「ん、3頭とも何だか言いたげな眼をしてんな。……ちなみに言っとくけど、別に謝る必要はないから。僕は全然怒ってないし。むしろ気分が良いんだ」
おっ、怒っていない?
我らが背信したと云うのに……何故?
「ククさん達とは違って、『数学者の勘』で魂胆見え見えだったお前達は最初から信じちゃいなかったからな。……それよりさ。さっき勉強してきた三角関数の単元で新しい【演算魔法】を2個もゲット出来ちゃったんだよねー。しかも両方ともチート級に強い能力でもう最高」
嬉々として語る白衣。
……その笑顔が我らの恐怖心に拍車をかける。
「……って事だから。今から特別に1つだけ、タネ明かしをしてあげようか」
「「「……ぐッ」」」
「内容は、さっきお前達が必死に聞き出そうとしてたコト。何処から灯室に入ってきたかだよ」
そう言うと、白衣のポケットから緑の液体……MPポーションを取り出し。
一気に飲み干すと、魔法を唱えた。
「【消去Ⅰ】」
白衣がそう唱えるや否や……我らの視界から白衣の姿が消える。
と同時、脂臭い灯室の中微かに感じていた白衣の匂いすらも消え失せる。
「「「がはッ!?」」」
「ビックリしてるみたいだな。……コレこそが灯室まで上がって来られたタネ、【消去Ⅰ】だ。一度使えばその姿、形、匂いや気配まで全てを消すことが出来る。……連立方程式を解く時に足し引きして消される、xやyのようにな」
「……あがっ…………」
「この魔法自体は以前から持ってたんだけどね。この前のホエール戦でLv.アップした時に最大MPが上がってさ、やっと使えるようになったんだよ。待望の【演算魔法】だ」
虚空から声が響く。
……が、白衣の姿は僅かも見えぬ。景色が歪むことも、灯台の明かりに影が掛かる事も無い。
「という訳で……【消去Ⅰ】・解除」
そんな言葉と同時に、白衣が魔法を解くと。
空気が形を持ち、色づくかのように再び姿を現した白衣は……腰のナイフを抜き、我らの首元に突きつけていた。
それを見た我らは、驚きと恐怖を覚えると同時……深く納得した。
此れこそが、白衣の突如灯室に姿を現した理由であったと。
そして――――我らでは白衣相手には仇を討つどころか、内通の任すらも務まらぬと。
そう、納得した瞬間だった。
「そんじゃあ楽しいお話はこの位にして……約束通り、違反者にはマジで消えて貰おうか」
我らの恐怖と諦観に染まる眼を見てか、白衣がナイフの握った手を振り上げる。
「【外接円Ⅱ】……絞れ首」
「「「がはァ――――
4本目にして最期の輪が、我らの首元に掛かる。
その直径がぎゅうと縮み、頸動脈と気管を絞る。
「「「……………………っ!!!」」」
息が出来ぬ!
脳に血が行き渡らず、思考も急激に、ぼんやりと……なって…………。
――――そして、眼と耳が機能停止する間際に捉えた、最後のシーンは。
「そんじゃあ――――死ね」
狂気じみた笑顔で、持ち上げたナイフを我らの首元に振り下ろす……白衣の姿だった。
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