21-6-1. 『いざ参らん』
早速解説ページを捲り、次の練習問題ページへと進む。
今回も練習問題の構成はA問題が10問・B問題も10問で計20問。いつも通り安定のスタイルだ。
「ふむふむ……成程な」
パッと問題に目を通す。
どうやら、前半のA問題はsin ⇄ cos ⇄ tanの相互関係を使う問題。sinθ=⅖の時のcosθ、tanθを求めたりするヤツだ。
そして後半のB問題は……きっとアレだな。加法定理とか倍角・半角公式とかを使うヤツだ。cos15°とかtan22.5°とかが居るあたり間違いないだろう。
……うわっ、しかも途中からは通貨がラジアンになってやがる。sin7π/12とかもう謎だけど……まあ、なんとかすれば解けるんだろう。
この問題集は、難しい問題こそあっても解けない問題は無いからな。多分。
それにそれに……今回も人差し指にはいい予兆。問題文に吸引されつつあるのだ。
これはきっと、今回も新たな【演算魔法】が待っているに違いない!
「よーし、やるか!」
紙とペンを持ち、意気込んで練習問題に挑ん――――
――――バタン
「……ん?」
CalcuLegaの扉越しに届く、どこかのドアが閉じる音。
この重みのある音は……玄関のドアだろうか。
「こんな遅くに……誰だ?」
もう全員解散して個室に入ったハズだし、歯磨きやトイレにしたって玄関のドアは通らない。
まさか――――泥棒?
「……いやいや、流石にそんな訳は」
ちょっと考え過ぎたか。まるでシンの心配性みたいだ。
……あっ、そうか成程。心配性発動して寝付けなくなったシンが夜風に当たってる、って線もあるな。あり得るあり得る。
「……見てくるか」
もし泥棒だったらソレはソレだし、予想通りシンが居たら話だの悩みだのでも聞いてあげるか。
練習問題のページにペンを挟んで参考書を閉じ、CalcuLegaを出る。
靴を履いて玄関のドアを開き、半開きのドアをから顔を出す。
「誰か居るかー?」
……誰も居ない。
扉を更に開いてもう少し顔を出してみても、月光に照らされた庭に影は無し。
綺麗に刈られた芝生が夜風になびくだけだ。
「うーん…………」
庭先の空き家通りにも目を凝らすが、ココも特に居なさそうだ。
「【見取Ⅳ】! ……塀の裏にも輪郭は無し、か」
死角になっている塀の裏までしっかり視てみたが、誰も隠れていなかった。
「…………うん。気のせいだな。そういう事にしとこう」
そうだ。ココまで視ても見つからないんなら、きっと僕の聞き間違いだったに違いない。
ダン辺りがトイレの扉をバタンと閉めた音だったって可能性もあるしな。
「……それより練習問題だ練習問題! ココからが僕のお楽しみだからなー」
そうだそうだ。新たな【演算魔法】がすぐソコで僕を待ってるんだった!
早く迎えに行ってあげなくちゃ!
そうして、独り勝手に気分ウキウキになった僕は静かに玄関の扉を閉じ、CalcuLegaに戻ったのでした。
⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥⊥
そんな独り言と共に、ギイィと閉じられていく扉。
ゆっくりと旋回する扉の、その陰で必死に息を殺していたのは――――。
「「「…………ッたっ、ハァ、ハァ、ハァ……」」」
今やその外見を幼犬とされてしまった、3頭のフォレストウルフである。
「なんとか隠れきったか……大丈夫か、ゴーゴ、ナーゴ?」
「うむ。問題ない」
「危ういところであったな……」
ゴーゴもナーゴも、必死に止めていた息を取り戻さんと荒い呼吸を繰り返す。
……無論、我も例に漏れぬが。
「ともかく……白衣の勇者に感づかれこそすれ、なんとか気の所為と誤魔化せた」
「ひとまず、最初にして最大の難関は突破だな」
「「同意」」
我らの行動が白衣の勇者に悟られれば、早々に計画も全て台無しとなっていた。奴に気付かれず家を脱け出した今、事の始めにして峠を超えたと言っても過言ではなかろう。
とならば、後は彼処へ向かうのみ。もう慣れた道でもある故に迷う心配は微塵も無い。
……しかし油断は禁物。此処は人間の市中、周囲は我らの敵ばかりである。
「道中は伝えた通りの分担で行く。先導は我、ゴーゴとナーゴは後方を警戒。万一我らの後を追う気配を感ずれば直ちに伝えよ。遠回りして撒く」
「「同意!」」
遂に我ら3頭にも訪れた此の好機……逃す訳にはいかぬ!
「我ら灯台へ……いざ参らん!」
「「応!」」
3頭1列となり、深夜の通りを駆ける。
僅かでも証拠を残さぬよう、道を選んで灯台を目指す。
「……海岸通りでは鯨肉祭で賑わう。夜でも人目に触れぬよう路地を行く」
「「同意」」
幸い、港の屋台市さえ避ければ街に人影は無い。
そう遠回りを強いられることもなく、屋敷のある丘の麓に辿り着く。
この坂を上り、途中で道から逸れて林の中の獣道に入る。
「此処を左である」
「此の獣道か。……間違いは無いのか、クーゴ?」
「無論。幾度となく灯台に通った我を疑うのか」
「否、そういう訳では無いが……」
「まるで道ならぬ道だ。我らフォレストウルフには造作も無いが」
梟と虫の鳴き声が響く夜の獣道を駆け抜ければ、灯台はもう間もない。
一時は薄らいでいた潮の香りが戻れば、道は開けて月夜に照らされた岬の草原に辿り着く。
そして、其の奥に建つは淡い黄色の光をぐるぐると放つ白い巨塔。
「おお……高い」
「此れがクーゴの言っていた……?」
「うむ。フーリエ灯台である」
我はここ最近、シンに連れられてこの灯台を訪れていた故もう見慣れていたが……今初めて目にするゴーゴとナーゴならば、光を吐く巨塔に恐怖さえ感じるのも無理はなかろう。
「灯台の内部も把握済みである。件の機器はこの最上階、行くぞ」
「「同意」」
内部の螺旋階段を1段1段跳び上り、灯台の頂上を目指す。
我らも少し息が切れてきたところで最後の1段に飛び乗り、螺旋階段が終わりを迎える。
「ハァ、ハァ、……着いた」
「してクーゴ、機器は何処に?」
「此の上である」
前脚の爪で梯子を指す。
灯台の展望回廊から更に一階上がる、灯室への梯子。
「まだ上るのか!?」
「安心せよナーゴ。此れが最後、梯子を上がった先に目当ての物は在る」
「……分かった」
爪を上手く使いつつ、梯子に傷を付けぬよう慎重に上る。
我が灯室に上りきり、続いてナーゴ・ゴーゴも灯室に上がる。
「……揃ったな」
軽く息を整え、一通り灯室を見回す。
部屋の中心には巨大な光源器に、回転する巨大なレンズ。発した光を海へと投げかける。
……鯨油が燃えて室内が脂臭いが、我慢する他ない。我らの計画遂行の為である。
その灯室の中に置かれた、埃避けの袋を被った赤い機器に歩み寄る。
「此れだ」
「「おお……!」」
袋を咥えて取り去れば、中から姿を現す赤い機器。
我らが待ち望んでいた魔導通信機である。
「この釦に調節螺子の並びに……魔王城に有った機器に近い!」
「魔力入力端子も付属、此れならば我らでも扱える!」
現物を前に、ゴーゴもナーゴも目を輝かせる。
「……しかしクーゴ、どうやって此の存在を知った?」
「白衣の勇者の散歩に付いていった時だ。其の日は偶々この灯台に足を運ぶ日だった」
「ほう」
「同時に領主が機器点検をしていたが故に、其れを見て機器の扱い方は頭に入れた」
「流石だ」
早速、領主の取り扱っていた通りに機器を起動。
魔力入力端子に魔力を流し、前脚の爪で釦を押下する。
「……ところで確認。ゴーゴ、ナーゴ、道中で怪しい者は無かったか?」
「是。我らを追う気配は無し」
「うむ、良し」
肉球で調節螺子を回し、回線を選択する。
通常ならば聴取できない、我らが魔王軍限りの回線。
魔王軍内でいう、王国と魔王城とを繋ぐ『機密回線』である。
「最後に此の釦を押下すれば、機密回線通信が開始する。……準備は良いか?」
「「同意」」
揃って頷くゴーゴとナーゴ。
「……ならば」
「「「全ては魔王様の理想のために!!!」」」
我らが3頭の希望を託して、発信釦を押下した。




