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21-1. 鯨○

挿絵(By みてみん)

あれから1週間が経った。

『津波』を乗り越えたフーリエの街は、今やすっかり平和を取り戻している。




津波による街の被害はあった。……とは言っても海沿いの建物が限定的に浸水しただけ。この前の第三軍団に街中ボロボロにされた時とは、もう比べ物にもならない規模だ。

市民が協力して水の掃き出しや壁の拭き掃除、水没した家具の運び出しを進めたらあっという間だったな。

数日後には新しい家具も届き、市民の生活は再び元に戻ったようだ。



朝市の屋台もすっかり流されてしまったみたいだけど……ソレについても問題無し。

僕達がブローリザードを定期的に狩猟してはドッサリ納めていたので、材料の皮はギルドにたっぷり溜まっていたようだ。

お陰でフーリエ朝市の屋台も2、3日後にはズラリと元通りになってたな。




ただし……今回、被害が大きかったのが港に係留された漁船だ。

波に揉まれて船同士がガリガリと削りあい、ボロボロになったり沈没したりと並々ならぬ損害が出ているらしい。

相棒ともいえる仕事道具を失って、嘆いている海の漢達も少なくないんだとか。


という事で、漁船の復旧にはちょっと時間が掛かりそうだ。

トラスホームさんも『屋台こそ直ぐに復旧しましたが、当分は漁獲量が減少しそうです。朝市も活気を失うやもしれません』とのこと。

早くあの元気な賑わいが戻ると良いな。






……だがしかし。

実際は真逆だった。


活気を失うどころか、トラスホームさんの予想に反して朝市は盛況も盛況。それどころか昼も晩もお祭り騒ぎなのだ。

どうしてこんな事に……とは思ったものの、よーく考えてみれば当然の事だった。





ソレもその筈だ。

なぜなら――――今のフーリエには、どれだけ食っても食いきれない程の『鯨肉』があるのだから。




ホエールを撃退すれば十分だったハズが、最終的には守護シンが怒りに任せてまさかの首チョッパ。

しかし、そのお陰で港町・フーリエには鯨肉という予想外の臨時収入がもたらされたのだ。


それからというもの、海の漢達は生き残った漁船で一日中鯨肉をピストン輸送。他の魚には一切目もくれず、ホエールを解体しては船一杯に載せて帰ってくる。

そうして港には次から次へと大量の鯨肉が荷揚げされ、破格の大セールで間髪入れずにやってくる市民へと売られていくのだ。




そんな大盛り上がりの朝市に、僕達も一度軽くお邪魔してみたけど……それはそれは凄い盛況っぷり。

数日前には存亡の危機だった街だとは思えない程だったよ。



『うわっ、めちゃくちゃ混んでんな』

『この人混み、進むのも一苦労ね……』

『コース、絶対に離れんじゃねえぞ!』

『こんな中で迷子になったら落ち合えませんから!』

『うん!』


そんな感じで朝市を一通り見て回った僕達だけど……驚いた事が一つ。



『……どこもかしこも鯨肉祭りだな』

『うそーッ! マグロ売ってないのー!?』

『ああ。全く無えみたいだぞ』

『それじゃー鉄火丼食べらんないじゃん!』


朝市に並ぶ屋台の看板、全部『鯨肉』モノに架け替えられてた。

……まぁ、仕方ないよな。海の漢達が期間限定で鯨肉しか獲らないようになっちゃったのなら、屋台もそうするしか無いよね。


という訳で、僕達が贔屓にしているたこ焼き屋もタコが手に入らない今に限っては鯨焼き屋に様変わり。いつもマグロを仕入れている屋台も鯨肉一点張りになっちゃったので、我が家の定番メニューも鉄火丼から期間限定で鯨丼になりました。




『ホエールの肉なんて料理した事がないから分からないけど……とりあえず、わたし流の鯨丼。作ってみたよ』

『『『『おぉー!』』』』


出来上がった丼ぶりの中を覗いてみれば……それはそれは美味しそうな鯨丼。

レアな焼き具合の鯨肉に、醤油と生姜の香るタレ。しっかり刻み海苔も掛けられていた。




『『『『『いただきまーす!』』』』』


……まぁ、美味しくないワケがないよね。



それ以降、それから最近の我が家では毎日鯨丼を美味しく頂いてます。

アーク、いつも美味しい料理をありがとね。






で、そんなフーリエの大鯨肉祭だが。

1週間経ってもその勢いは収まる事を知らない。……いや、それどころか最近は寧ろ加速し続けてるんだよね。


『フーリエで大鯨肉祭をやってるらしい』『滅多に味わえない鯨肉が大セールをやってるようだ』という噂が、フーリエから東街道を通って王国、そして国内の各街へジワリジワリと伝わり。

王国中の商人という商人が、鯨肉を目指してフーリエへと押し寄せているのだ。


今やフーリエの西門は、朝6時の開門から夜9時の閉門まで商人の馬車がひっきりなしに出ては入っての繰り返し。

朝から晩まで、屋台市は溢れんばかりの市民と商人で絶えることなく賑わっているよ。




まぁ……総じて言えば、港町・フーリエはすっかり平和を取り戻した。

それが今の現状かな。











という事で。

あれから1週間が経った日の、夜7時。



「……そんじゃあ加冶くん。フーリエ防衛、お疲れ様でした」

「お疲れちゃんでした! それでは!」

「「カンパーイ!!」」


僕は加冶くんの工房にお邪魔して、2人で勇者同士のお疲れ様会を開催。

湯呑みをコツンとぶつけ、温かい緑茶を頂いていた。




「グッ、グッ、グッ……カハーッ! やっぱ茶は美味いすね!」

「良い飲みっぷりだな」


……なぜだろう。

このお腹ポッチャリな若オッサンが飲むと、温かいお茶もキンキンに冷えたビールにしか見えない。



「早速だけど、お土産開けてもいいすか?」

「勿論。食べて食べて」

「サンキューベリマッチョ!」


そして僕が買ってきた鯨肉の串焼きに手を伸ばす若オッサン。



「んーッ、美味い! 鯨肉チョベリグ!」


……ココは居酒屋かと一瞬勘違いしてしまった。






「いやー、それにしても頑張ったっすね! アッシ達」

「あぁ、本当だよ」


あそこで加冶くんが現れなければ、滅魔砲丸の乱れ撃ちも出来なかったしな。

戦いの結末も変わっていたかもしれない。



「まさか非戦闘職のアッシもこんなに活躍する場が訪れるなんて! びっくらこいた!」

「やったな加冶くん」

「……けど、最終的にはシンさんが美味しいトコ全部持ってっちゃったんすけど」

「いやアレは仕方ない」


思い出しても見ろよ、あの姿を。

身長100倍になって腰から下を海に沈めつつ、長剣を握って沖合に堂々と立つあの背中を。

あの画に勝てる奴は居ない。海神ポ○イドンもビックリだ。



「……折角ならアッシも、もう少しシンさんみたいにチヤホヤされたかったすねー」

「仕方ないさ。なんならシンの身長が100倍になったのも僕の【相似Ⅴ】(シミラリティ)なのに、もう僕の事なんて誰も見向きもしない」

「それは涙がちょちょぎれ」



思わずちょっと笑ってしまった。




とまぁ、そんな感じでノンビリと2人で食事に雑談に楽しんだな。

ホエール戦の話はもとより、『この世界』に来て感じたあるある話、うちの幼犬ズが可愛いって話、それに異世界転移前の日本での話とか、本当に色々と話した。


ぶっちゃけ言うと、加冶くんとは元々話したことも殆ど無かったくらいだった。……けど、今じゃお互いに非戦闘職というのもあってか他の同級生と顔を合わせる機会が少ないのもあってか結構仲が深まった気がするよ。






――――で、そんな話に花を咲かせること2時間。



「……おっ、気付いたら夜9時まであと2分じゃないっすか!」

「本当だ。危ね危ね」



箸と湯呑みを置いて立ち上がり、そそくさと工房の外に出る。




「……相変わらず凄い盛り上がりだな。屋台」

「本当っすねぇー」


フーリエ工房沿いの道から海岸沿いに視線を下ろせば、今夜もお祭り騒ぎの屋台市。一列に並んだ魔導電球の明かりが煌々と輝いている。

あの灯りの下ではきっと今頃、商人がドッサリと鯨肉を買い占めたり海の漢達が鯨肉を肴に一杯やったりしてるんだろうな。




「さーて、あと1分すよ」

「あぁ。遂にだな」



……そして、カウントダウンが始まる。





「「3、2、1……ゼロ!!」」



その瞬間――――闇夜の中に聳え立つ巨大なロウソクに、暖かい黄色の光が灯り。

真っ暗な夜の海を、明るく照らした。




「「おぉー!」」


プータロウ灯台が、光を取り戻した瞬間だった。






――――そう。


ホエールの亡骸が港町・フーリエにもたらしたのは、大鯨肉祭だけじゃない。

その体からは、鯨肉だけじゃなく……『鯨油』も大量に採れた。


古くから照明用の燃料とされていた、鯨油。

そんな鯨油が――――燃料不足で仕事を失っていたプータロウ灯台に、再び光を与えた。



今夜は、そんなフーリエ灯台の点灯式だったのだ!






「キレイっすね。灯台の光」

「ああ。そりゃもう、僕達の戦果の光だからな」

「アッシ達の……!」


そうだ。

僕達がホエールに打ち勝ってこそ、灯った光だからな。



「勿論、()()()だ。シンみたいにチヤホヤされなくても、それは変わりないさ」

「……最高っすね。超うれピー」

「だから言う事が古いんだよ」




この後も、僕達はしばらく灯台の灯りを見ながら雑談を楽しみ。

久し振りに同郷の士と過ごす夜は更けていくのだった。

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ご興味がありましたら、是非こちらにもお越しください。
 
『数学嫌いの高校生が数学者になって魔王を倒すまで』巻末付録

 
 
 
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