20-22. 守護神
「ふぅッ!!!!」
ホエールの口から飛び出すシン。
その身長は、元の160cmから100倍されて160m。
タワーマンションのような巨体が宙を舞い、スタッと海底に両足をつく。
ザッパアアァァァァァン!!!
着地と同時に立ち上る大飛沫。
水滴が虹をつくり出し、その背中を7色に照らす。
「……やってくれましたね、ホエール!!!!」
膝から下を海に沈め、堂々とした仁王立ちで聳え立つ。
港町・フーリエを背にしてホエールと対峙する、その姿は――――まるで、海の守護神。
「「「「「シン!!!」」」」」
シンは、死んじゃいない。
ご覧の通りの健在だ。
「信じてたぜ、シン!」
「良かった……ほんとに良かった!」
「ばんざーい! ばんざーい!」
それも、首が痛くなるくらい見上げるほどに大きな――――海の守護シンになって帰ってきたのだ。
「済まんな、シン……ありがとう」
枯れに枯れきった僕の声は、シンには到底届かなかったけど。
シンが生きていてくれた……それだけでもう、十分だった。
で、だ。
ちょっと色々な事が一度に起こったので、半ば頭が混乱している。少し深呼吸して現状を把握しよう。
人間大砲でシンをホエールの背中へと送り込むハズが、予想外の馬鹿力でホエールが拘束を破ると。
そのままシンをパクッと呑み込んでしまった。
フーリエ中が絶望に包まれる中……そこで突然、2つの【演算魔法】がひとりでに発動。
やたら長い謎の呪文がついてるわ、未だに原因不明の『100倍魔法』が再び現れるわ、一体何が起こっているか僕にはサッパリだけど……まぁとにかく、結果としてシンに【相似Ⅴ】・100倍 が掛かった訳だ。
そして、シンがホエールの体内から脱出。
今、港町・フーリエを望む海には2つの巨体が対峙している。
タンカー船ほどの躯体でフーリエを襲う巨体・サファイアホエール。体長350m。
滅魔砲丸の集中砲火で外皮は所々剥がれているものの、未だに逃げる素振りを見せない。
対するは、フーリエとホエールの間に割り入って聳え立つ守護シン。身長160m。
まだ体長的にはホエールの半分にも及ばないが、二足で直立できるぶん高さの利がある。
フーリエ防衛戦は、最終局面。
まるで特撮モノのような、巨人と巨体の戦いに移ろうとしていた。
『【共有Ⅴ】……聞こえるか、シン!』
「はい、聞こえます!!!!」
声が枯れて叫べないので、【共有Ⅴ】越しにシンに呼びかける。
「私の身体……私今、巨大化してるんですか?!!!」
『あぁそうだ! 僕の【演算魔法】でな!』
「やっぱりそうですよね!!!! 分かりました!!!!」
さすがシン、理解が速くて助かるよ。
「ちなみにこの身体、何倍になってるんですか?!!!」
『それがちょっとね……何か不具合があったみたいで、100倍』
「ひゃっ、100倍ですか?!!!」
うん、そう。ごめん。
その辺は僕も良く分かってないんだ。
「……いえ、むしろ好都合です!! これでホエールとも互角に戦えます!!!!」
『あぁ、頼んだぞ! ホエールを撃退してくれ、フーリエの英雄――――いや、守護神!!』
「しっ、守護神…………っ!!!! やってやります!!!!」
そう鼓舞してやると、俄然やる気を出す守護シン。
響きの良い肩書きに眼を輝かせ、鼻息を荒げてホエールに向き合う。
「これ以上フーリエを荒らさせません!!!! 私が追い返してやります!!!!」
ゥォオオオオオオオオオオオォォン!!!
お互いの威勢を轟かせる両者。
そして――――スケール100倍の、最終決戦の火蓋が切られた。
「ぶった斬ってやります!!!!」
腰の長剣を抜く守護シン。ユークリド含有鋼製の蒼く輝く長剣を、ガバッと大きく振りかぶる。
それを見たホエール、水中の機動力を利かせてくるりと90°ターン。外皮の残る背中をシンに向ける。
「外皮で受けるつもりですか!! ……でもッ!!!!」
お構いなしに長剣を振り落とす守護シン。
体を二分してやらんとホエールの胴体を叩き切る。
「ハアァァッ!!!! 【強斬Ⅸ】ォォ!!!!」
――――カァンッ!
「ふっ……防がれましたッ!!!!」
しかし、多少のヒビは入ったものの刃は通らない。
長剣が弾かれ、シンの身体が仰け反る。
ガブッ!!
「ぐぅッ……!!!!」
その隙にホエールがシンの右脛に喰らいつく。
顔をしかめるシン。
……あれ、でもホエールには歯が無いから喰らいついても――――
「痛痛痛痛痛い!!!!」
……違う、喰らい付くんじゃない。吸い付いている。
大量の海水を一気に取り込む吸引力で、シンの脛を皮膚から引っ剥がそうとしている。
「このッ!! 【強突Ⅶ】!!!!」
痛みを堪えつつ、長剣を逆手に持ち替える守護シン。
そのまま足元のホエールにブスブスと突き刺す。
――――カツッ!
――――カァン!
「コレでも刃が立ちませんかッ……!!!!」
しかし、それでもホエールの外皮は貫けない。
それどころか段々と強くなる吸引力、激しさを増す痛みに守護シンも焦りを覚える。
「くぅッ……どうすれば!!!!」
……強引にホエールを引き剥がせば、脛の皮膚ごと持っていかれかねない。
両手でホエールを脛から引き抜くのは勿論ダメ。右足を動かして振り払うのもダメ。左足でホエールを蹴飛ばすのも良くない。
まるで詰んでいるかのように見える……が、守護シンは止まらない。
痛みを堪えつつ、左掌でホエールの頭をガシッと掴むと。
右手を水中に沈め――――
「ブッ潰します!!!!」
外皮の無いホエールの胸部へ、突き上げるように掌底をブチかました。
ブグゴゴゴゴッ!!?
「フンッ!! ざまあ見ろです!!!!」
左掌と右掌に勢いよく挟まれたホエール、体内を襲う強圧に思わず体内の海水を吐き出すと。
さっきまでの調子から一転、シンから大きく離れて距離を取る。
どうやら仕切り直すつもりのようだ。
――――が、守護シンはそれを許さない。
「させません!!」
距離を取ろうとするホエールに詰め寄る守護シン。
ビシュッ!!!
「おっと……その攻撃は見切りました!!!!」
ホエールが水レーザーで必死に抵抗するも、そつなく躱す。
ピシュッ!!
ピシュッ!!
「もう効きません!!!!」
立て続けに襲う水レーザーを華麗に避けつつ、じわりじわりと近付く守護シン。
……間合いに入った。
「その外皮、刃が通らないと言うのなら……!!」
両手で握った長剣を、おもむろに振り上げると。
海底を思いっきり蹴って跳び上がり。
「……殴り割るまでッ!!!!」
ホエールの背中を――――全体重を乗せた柄の先で思いっきり殴りつけた!
「ハアァッ!!!!!!」
ガツゥゥン!!!
陶器製の洗面台に鉄球が落ちるような、全身がゾワッとする衝撃音。
と直後、ピキピキと亀裂の進む音がそこかしこから響き……――――
バリバリィィィン!!
ホエールの背中を護っていた水色の外皮が、丸ごと割れて剥がれ落ち。
頭から背中まで、真っ白な皮膚が露わになる。
苦しげな鳴き声がフーリエ中に轟く。
キイイィィィィィィィィィ!!!
「お返しはまだまだです!!」
しかし追撃は止まらない。
納刀した守護シン、今度はホエールの真っ白な背中に馬乗りになると――――タコ殴りにした。
「ふん!!!! ふんッ!!!! ふんッ!!!!!!」
怒りを発散するように、ホエールの背中を何度も殴りつける。
何度も何度も。
「ふん!!!! ふんッ!!!!」
グギキィィッ!! キイイィィッ!!!
今まで外皮がその身を守っていたぶん、ホエールにとっては1発1発の拳が未だかつてないダメージとなる。
その口元からは、殴られる度にジワリジワリと赤く染まった海水が滲み出る。
次第にホエールからは反抗心が消え、その体からも力が抜けていく。
それを感じ取った守護シンは……タコ殴りの手を止めると。
両手を組んで頭上に持ち上げ――――ブンと一気に振り落とした!
「フーリエを襲った……お返しだァッ!!!!」
キュウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ!!!
ホエールの真っ白な皮膚が、グニャリと陥没。
搾り出したような悲鳴が港町・フーリエ中に響き渡る。
――――そして、ついにコレが決定打となったようだ。
ホエールが最後の一撃で体勢を崩したシンを背中から振り落とすと、必死に水中で180°旋回し。
背後の港町・フーリエやシンに眼もくれず、バシャンバシャンと大きな水飛沫を上げてひたすらに外洋へと逃げ泳いでいった。
「…………まだ終わってませんよ」
しかし、守護シンの怒りは収まらなかった。
「フーリエのお返しは済みましたが……私個人のお返しがまだです」
そんな彼の右脛には、真っ青な楕円形。
ホエールに強力吸着されたアザがくっきりと残っている。
「それだけじゃありません。丸呑みされた時には、もう……死んだと思いましたから」
そう言い、一目散に逃げるホエールの背中をキッと睨みつけると――――
「絶対逃がしません!!!!」
……キュウウゥゥッ!?
猛追を始めた。
背後からの殺気に感づいたホエールも、死に物狂いで尾びれをバタつかせるが……差は広がらない。
それどころか一瞬で縮まった。
「……追いつきました!!」
ホエールの尾ビレを掴み、そのまま背中へと飛び乗る守護シン。
またしても馬乗りの姿勢になる。
それでもなおホエールは逃げ延びようと泳ぎ続けるが……守護シンは振り落とされない。
「…………さあ」
腰の長剣を抜き……右手で柄を、左手で刃身を握る。
その刃を突き付けるは、外皮を失ったホエールの首元。
――――そして。
「この戦い…………終わりです」
ホエールの柔らかい皮膚の上を、長剣がスッと滑り――――
サファイアホエールの首は、バッサリと斬り落とされた。




