20-20. 馬鹿
「ちょいまちッ!!」
「「「「……っ!?」」」」
突然港に響いた、僕達を引き止める声。
「だっ……」
「誰ですか!?」
……いや、待てよ。
このちょっと古いワードセンス、知ってるぞ僕――――
「……加冶くん?!」
「おうよ!」
振り向くとソコには……いつも通り若オッサンの加冶くんが立っていた。
腰に手を当てて胸を張った仁王立ちだ。
「どうしてココに居るんだよ加冶くん!?」
「あれ? カジさんさっき、領主屋敷に避難したんじゃ……?」
「いやぁー、ちょっと気になって来ちゃいました」
「「いやいやいや!」」
まだ避難してないとダメじゃんか! 優勢とはいえまだホエールは撃退できてないんだし、海沿いに近付くのは危険だ!
「まだフーリエは安全が確保されてないんだし、ましてや1人で戦地にやって来るなんて――――
「……わたし達も来ちゃった」
「アーク!?」
そんな加冶くんの後ろから、赤髪を揺らしてヒョイと現れるアーク。
……アークも居たの!?
「……いや待てよ。アーク今『わたし達』って言ったよな? って事は――――
「うわぁーバレちゃった!」「わんッ!」
「俺も一緒だぞ!」
「お前達まで来てたのか……」
加冶くんの影から続々と姿を現す。
まさかコースにチェバ、ダンまで一緒だったとは……。
「という事で数原くん。アッシ、1人じゃないっすよ?」
「……分かった分かった」
皆と一緒に来ちゃったのならもう仕方ない。
これ以上は言うだけ無駄か。
「それは良いとしてっすよ、数原くん! どうやらアッシ、丁度良いタイミングで登場したみたいすね」
「丁度良いタイミング……?」
どういう意味だ?
丁度良いタイミングどころか、ついさっき滅魔砲弾が尽きて絶賛困り中なんだけど――――
「だからこそ! チョベリグなタイミングなんすよ!」
「……と言いますと?」
「滅魔砲弾、アッシが今から作っちゃいますから」
つッ……作るだって!?
「滅魔砲丸をか!?」
「しかしながらカジ様、今の私達には材料も時間も余裕は――――
「心配ナッシング!」
そう言って加冶くんが取り出したのは……純ユークリド鉱石。
つい昨日、僕が加冶くんの工房まで持って行ったヤツだ。
「アッシのスキル【固溶Ⅵ】と【鍍金Ⅲ】を2個同時に発動させつつ、この鉱石を砲丸の表面に塗り広げるようにしていけば……」
そう言いながら、普通砲丸に純ユークリド鉱石を擦りつける加冶くん。
掌中の鉱石が、熱した鉄板に乗る氷のようにジワジワと溶けていく。……と共に、真っ黒い表面だった普通の砲丸が蒼黒い輝きを帯びていき――――
「はい、イッチョあがり!」
「早っ! マジかよ!?」
「……此れは驚きました」
感動すら覚える程の手つきに見惚れること、約10秒。
僕達の前には1つの滅魔砲丸が出来上がっていた。
「製法はあのコマッタチャンから教えて貰ってたので、あとはコレを繰り返すだけ。余裕のヨッチャンっすよ」
「流石は鍛冶職人じゃんか! 凄いよ加冶くん!」
「いやいやー。サンキューベリマッチョ」
手放しで褒めると、若オッサンは顔を赤くして照れていた。
「……とにかく、コレならまだまだホエールに追撃を与えられるな!」
「左様です! カジ様、滅魔砲丸の量産を宜しくお願い出来ますでしょうか? 勿論、報酬は御支払いしますので」
「いや、お金なんて良いの良いの! アッシにも街を守るために協力させてちょーだい!」
こうして、滅魔砲丸を手に入れた僕達は再びホエールへの砲撃を再開した。
加冶くんのみならずアーク・コース・ダンも来たことで人手が増え、砲撃のスパンも更に加速。
滅魔砲丸の作成から運搬、装填、火薬の仕込み、そして発射と作業がスムーズに流れていく。
相変わらずホエールは巧みに体を動かし、外皮で滅魔砲丸を受け止めている。大ダメージは回避しているようだ。
そしてまだ逃げ去ろうとする素振りは見せない。
……こうなったら徹底的に外皮を剥がしまくって、真っ白な皮膚に砲撃をブチ込むまでだ。
フーリエを怒らせたら怖いって事、その体に深く刻み込んでやる。
「ねーねー先生」
「ん、どうしたコース」
「この大砲ってさー……人間もブッ飛ばせんの?」
いきなりなんて事を尋ねるんだコイツ。
「もし人間をホエールの上までドーンって飛ばせたら、あとは外皮の無いトコをザシュザシュやり放題じゃーん!」
「ん、まぁ確かにそうだけど……流石に無理だろ」
火薬が爆発した衝撃で死んじゃうよ。
「でもさー、先生の【冪乗術Ⅲ】ならDEFを4乗にできんでしょ? それなら行けるくない?」
「うーん……」
それを考慮すると……どうだろう。
要はDEF⁴が火薬の攻撃力を上回れば行けるんだろうけど……試しにちょっと計算してみるか。
「トラスホームさん。この移動砲台って、どれくらいのダメージを与えるかって分かりますか?」
「はい、存じ上げておりますよ。確か設計規格に記されていた所によると、ATKの1万から2万に相当するとか」
「成程。ありがとうございます」
となると、大砲のATKは2万……いや、安全マージンを見積もって3万としよう。
この3万をDEFの4乗が上回れば、人間大砲も可能という事になる。
「試しに僕のDEFを4乗してみるか」
今の僕のDEFは18。相変わらずの残念ステータスだ。
で、この18を4乗すれば……。
18⁴ = 104976
答え:DEFは10万超え。
「……余裕過ぎるじゃんか」
大砲のATKなんて全然相手にならなかった。
なんだこのパワープレイは。【冪乗術Ⅲ】だけに。
ちなみに『DEF⁴ ≧ 30000』となるための条件を解くと、【冪根術Ⅲ】を使って『DEF > 13.16』。つまりDEFが14以上の人ならば問題なく人間大砲できるってワケだ。
「……よし、コース。その案で行こう」
「おっ!」
馬鹿みたいなアイデアだとは思ったけど、意外とそうでもなかった。行けると分かれば試すまでだ。
「人間大砲役には……シン。飛ぼうか」
「えっ!? 私ですか!?」
「おぅ」
だって、飛ばすのに適任なのは君しか居ないんだもん。
僕とコースは後衛組だし、前衛の戦士組の中でもダンは防御タイプだから不適任だ。となるとシンかアークって事になるけど……。
「ほら、アークは要人じゃんか。万一の事があったら大変だし」
「確かに、領主のご息女さんですしね――――って、それじゃ私はどうでもいいって事ですか!?」
「いやいやそういう訳じゃないけどさ……そこは大人の事情ってコトで、頼むよシンさん」
「もう……。分かりました、私が行きますよ先生」
「その言葉を待ってました!」
はい。
という事で、一度決まってしまえば話は早い。
「どうせ私なんて辺境出身のしがない男の子ですよ」
「まぁまぁ。……けど、シンのお陰でホエールを撃退出来たらお前英雄だぞ」
「英雄……悪くないですね」
多少グレながらもその気になってくれたシンを宥めつつ、移動砲台の砲口までご案内。
普通砲丸を詰めた上から、衛兵さんと3人掛かりでシンを装填。砲口の中ではシンが砲丸の上に立ち乗ってる形だ。
「【冪乗術Ⅲ】・ATK4、DEF4!」
魔法もしっかり掛けておく。掛け忘れたら本当に大惨事だからな。
「領主様! 発射準備完了しましたが……本当に大丈夫でしょうか?」
「問題御座いません。ケースケ様がそう仰るからには絶対です」
若干責任転嫁のようにも聞こえるけど、トラスホームさんがあっさり許可を出す。
「ケースケ様、発射の合図は貴方様がなさって下さい」
「分かりました。……シン、準備は良いか?」
「はい先生。いつでも」
「おぅ。頼んだぞ」
……良し、準備は整った。
火打石を持つ衛兵さんと眼を合わせ、お互いに頷くと……思いっきり号令を上げた。
「それじゃあ……撃てェッ!!!」
ドゥン!!!
爆発の勢いに乗って砲口から飛び出すシン。砲丸と動きを共にしながら上昇を続ける。
……怪我や異常は見られない。
どうやら人間大砲は無事成功したみたいだ。
「よし! 上手くいったぞ!」
「おお……此れは凄い」
「うおおー! シンが飛んでるー!」
「やるじゃねえかシン!」
ロケットのように空を飛ぶシンに、僕達も思わず興奮する。
さて、あとはシンがホエールの背中にしっかり着地できれば――――
「ケースケちょっと待って!」
「どっ、どうしたアーク!?」
「ホエールの動きが……急におかしく…………」
そう言われて目をやると、ホエールがガムシャラに藻掻き始めていた。
気が狂ったかのように暴れている。
「何だ……僕達の企みに気付いたのか?」
僕達が何か企んでいたのを知ってか知らでか、とにかくホエールは感づいたんだろう。その身に迫る、脅威に。
……嫌な予感がする。
「【外接円Ⅰ】、【外接円Ⅰ】! 縛り上げろ!」
自分自身の勘に従って、急遽外接円を2本追加。計4本の円で胴体と口元を縛り上げる。
これでホエールの動きも少々抑えられるだろう……と思っていたのだが。
「ヤバいヤバい! トチ狂っちゃってるよー!」
それどころか、拘束を増すほどホエールの暴れ具合も激しさを増す。
全身に力を込める余り、外皮に入ったヒビが広がるのに……それさえも気に掛けていない。
本当にトチ狂っているようにしか見えない。
しかし、対するシンは今放物線の頂点付近。ここから下降が始まるというのに、このままホエールを暴れさせておいてはシンの身体が危ない。
着地に影響が出るし、万一海に振り落とされようものなら呑まれてお終いだ。DEF⁴もクソも関係ない。
「クソッ、早くホエールの動きを鎮めなきゃ……【外接――――
しかし――――火事場の馬鹿力というのは、中々恐ろしいもので。
バリィンッ!!!
「何ッ!?」
「しまった、ホエールの拘束が!」
ホエールがフンと力を掛けた途端、4重の外接円はついに耐え切れなくなり……バリバリと音を立てて外接円は崩れ去った。
ホエールの戒めが解かれてしまった。
ゥォオオオオオオオオオオオォォン!!!
「「「「「ぐぅッ!?」」」」」
久し振りの自由とばかりに口をバカッと開き、ホエールが怒りの咆哮を上げる。
思わず一斉に耳を塞ぐ僕達。
「うくッ……」
「「「「「シン!」」」」」
それだけでなく、強烈な音波は空中に居るシンの体勢をも揺るがす。
「マズい! あのままじゃシンの着地が――――
――――だが、シンを襲う不運はこれだけでなかった。
自由になった胸ビレを器用に動かして、ホエールがシンの着地地点に入り込むと。
まるで外野フライに狙いを定めるグローブのように、ホエールがパッカリと口を開いた。
……もはや着地どうこうの問題ではない。振り落とされて海にボチャンの問題でもない。
操りようの無い慣性が、シンの身体をホエールの口へと導いてしまっていた。
「……ヤバい! おいシン逃げろ!」
「射線から外れるのです!」
「ダメエエェェッ!!」
しかし、そう言われてもシンには翼もなければ魔法が使える訳でもない。
為す術はなかった。
シンの身体は、共に空を舞った足元の砲丸もろとも……巨大で真っ赤な舌へと、一直線に下降していった。




